緑の丘の銀の星

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
20 / 63
第7話 洞窟で見つけたものは?

01

しおりを挟む


「あの話、信じる?」

 いつになく弱々しいトモミの声が、まっ暗な洞窟に響く。トモミはわたしの背中に手をあてながら、ぴったりと張り付くように、うしろを歩いていた。

「あの話って?」

 道が悪いうえに下り坂になっているので、わたしは足もとだけを照らして注意深く歩いていた。背中にトモミの手のぬくもりを感じている以外、お互いの顔すら見えない。

「だからその、龍の玉のタタリ? 城が一夜で燃えつきたとか、工事が謎の事故で中止になったとか……」

「あんなの作り話だよ。トモミだって笑い飛ばしていたじゃないか」

「そうだけど……」

 それからトモミは黙りこんでしまった。口には出さないが、かなり怖がっているようだ。

 できることなら、わたしだってトモミの恐怖を吹き飛ばすような科学的な説明をしてあげたい。伝説や言い伝えには、必ずもとになった『何か』があるからだ。だが、その証拠がまだ見つからないのだ。


 洞窟は奥へ行くほど広くなり、ごつごつとした黒い岩肌から、なめらかでしっとりとれる、黄土色おうどいろの岩肌に姿を変えていく。

 わたしは懐中電灯で天井を照らしてみた。さっきとは打って変わって高くなった天井から、太い石の柱が何本もつららのように垂れ下がっていた。
 石のつららから落ちる水滴すいてきの音だけが、洞窟の中に静かに響いている。


「……そうかっ!!」

 不意ふいにに叫んだわたしの声が、すさまじい音で洞窟の中を反響はんきょうした。

「きゃあ! な、なに? 急に大きな声ださないで!」

 トモミがわたしのキモノのそでを引っぱりながら叫んだ。

「ここはたぶん、鍾乳洞しょうにゅうどうなんだ」
「ショウニュウドウ?」

「うん。この丘の地質は、おもに石灰岩せっかいがんでできているんだ。石灰岩せっかいがんは酸で溶ける性質をもっている。だから弱い酸性をふくむ雨水なんかが地面にしみ込むと、長い年月のあいだに地下に大きな空洞くうどうができるんだ。それが鍾乳洞しょうにゅうどう

「ふうん……」

 わたしは懐中電灯で洞窟の天井を照らした。

「きっとこの丘に家やマンションが建たないのも、地下にこんな大きな空洞を見つけたからなんだよ。この空洞はたったいまも、少しずつ広がっているからね」

「そっか……。じゃあ、タタリのせいじゃなかったのね」

「アユムには悪いけど、さっきのコンクリート製の入り口も遺跡なんかじゃなくて、この鍾乳洞しょうにゅうどうを研究するためか、地質調査に使われてた入り口の名残なごりだと思う」

「なぁんだ、ちょっとがっかり!」

 そう言いながらも、トモミの声はさっきよりも明るくなっていた。タタリの原因がわかって、気が楽になったのかもしれない。


「じゃあ龍の玉なんてないのね」
「それは……」

 わたしは言葉につまってしまった。この鍾乳洞しょうにゅうどうを見つけたことが、一夜で燃えつきた城や、工事現場での謎の事故の説明になるわけではなかったからだ。

「せっかくだから、もう少し進んでみよう」


 この洞窟のどこかに、龍の玉伝説のもとになった『何か』があるに違いない。わたしはどうしても、それを見つけたかった。


しおりを挟む

処理中です...