緑の丘の銀の星

ひろみ透夏

文字の大きさ
上 下
17 / 63
第5話 はじめてのツナ缶

04

しおりを挟む


「とにかく掘ってみようよ」

 わたしはスコップで穴の入り口をひろげるように掘り始めた。草の根が張った土はなかなか掘りずらく、三人で交代しながら掘り進めていく。

 かたわらでステネコが、のんびりとあくびをした。

 真夏の熱気と刺すような陽射ひざしが、容赦ようしゃなくわたしたちに降り注いでいる。


「あー、もうやめたぁ!」

 意外にも最初にを上げたのはアユムだった。アユムは草原にばたんと大の字に倒れ込むと、顔の上にヘルメットを置いて寝てしまった。

 わたしもいいかげんへたばりそうだった。スコップを持つ手にも力が入らない。

 なにしろこの星に来て一度も食事をしていない。もともと一週間に一度しか食事をしないわたしだが、もう十日間、何も口にしていなかった。


「なんか、おなかへっちゃったな……」

 誰にでもなくつぶやいた、わたしの目の前に、トモミが何かをさし出した。

 わたしはそれを手に取り、まじまじと見つめた。円筒形えんとうけいの缶に描かれた地球の魚らしきイラスト。地球の文字でマグロの油漬けと書かれている。


「これがあの有名な『ツナ缶』か……」

「初めて見るみたいに言わないでよ」

 トモミがちょっと、すねたように言った。


 ツナ缶を裏返すと、そこには『父』と書かれていた。素知そしらぬ顔でトモミは草原をながめている。

「いいの? もらっちゃって」

「パパが出て行って、分け前が増えたからね。そんなものでよければ、どうぞ」


 わたしは再びツナ缶を見まわして、缶の上面に取っ手を見つけた。引っぱっると、小気味のよい音をたてながら、きれいに缶のフタが取れた。

 なかなかよくできた構造だ。

 缶の中には油にひたされてきらきらと輝く、フレーク状にされた加熱ずみの魚肉が入っていた。

「はい」と次に渡してくれたのは、五ミリ角、二十センチほどの長さの木材でできた棒が二本。

 不思議そうにその物体を見つめるわたしのことを、わたし以上に不思議そうな顔でトモミが見つめている。


 これは……食べ物ではない。
 たぶん、この物体は食材をつかむための道具だ。

 まずい! 使い方が、まるでわからない!


「見られていると、ちょっと恥ずかしい……」

 本当は全然そんなことなかったし、せっかくもらったツナ缶を、トモミの目の前で美味おいしそうに食べて見せたかった。
 たとえ口に合わなかったとしても、そうすることが異文化に対する礼儀だからだ。

 トモミがくすりと笑って背を向ける。

 それを確認してから、木の棒をスプーンのようにしてつかみ、ツナ缶の中身をすくった。
 たぶん間違まちがった使い方。この方法が正しければ、棒が二本に分かれている必要がないからだ。

 おそるおそる口に入れてみる。とろんとした植物油の味が口の中にひろがった。

 もう一度、今度は多めにすくって口に入れてみた。どこを見るでもなく、視線は鮮やかな緑の地平線から、にょっきりと生えた入道雲をとらえていた。

 よくかむ。味に集中する。ごくりと飲みこみ、はぁと息をはいた。

 これは……。


美味おいしい……」
「そう、よかったね」

 トモミが背を向けたまま、気のない返事をした。


 わたしは缶に口をつけ、大量に口の中にかき込んだ。
 夢中になって食べる。
 脳を埋めつくしていた疲れや暑さといった感覚が、強烈に吹き込んださわやかな風に一掃いっそうされた。

美味おいしい! 美味おいしい! ツナ缶ってやつは、とっても美味おいしいぞ~!」

 思わずわたしは、立ちあがって叫んでいた。


「そう?! よかったねっ!!」

 トモミはさっきと同じ言葉を、今度ははじけるような笑顔で言った。


 びっくりして起きあがったアユムが、ぼんやりとした目でわたしを見ていたが、またヘルメットを顔の上に置いて寝てしまった。




しおりを挟む

処理中です...