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第5話 はじめてのツナ缶
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しおりを挟む「とにかく掘ってみようよ」
わたしはスコップで穴の入り口をひろげるように掘り始めた。草の根が張った土はなかなか掘りずらく、三人で交代しながら掘り進めていく。
かたわらでステネコが、のんびりとあくびをした。
真夏の熱気と刺すような陽射しが、容赦なくわたしたちに降り注いでいる。
「あー、もうやめたぁ!」
意外にも最初に音を上げたのはアユムだった。アユムは草原にばたんと大の字に倒れ込むと、顔の上にヘルメットを置いて寝てしまった。
わたしもいいかげんへたばりそうだった。スコップを持つ手にも力が入らない。
なにしろこの星に来て一度も食事をしていない。もともと一週間に一度しか食事をしないわたしだが、もう十日間、何も口にしていなかった。
「なんか、お腹へっちゃったな……」
誰にでもなくつぶやいた、わたしの目の前に、トモミが何かをさし出した。
わたしはそれを手に取り、まじまじと見つめた。円筒形の缶に描かれた地球の魚らしきイラスト。地球の文字でマグロの油漬けと書かれている。
「これがあの有名な『ツナ缶』か……」
「初めて見るみたいに言わないでよ」
トモミがちょっと、すねたように言った。
ツナ缶を裏返すと、そこには『父』と書かれていた。素知らぬ顔でトモミは草原を眺めている。
「いいの? もらっちゃって」
「パパが出て行って、分け前が増えたからね。そんなものでよければ、どうぞ」
わたしは再びツナ缶を見まわして、缶の上面に取っ手を見つけた。引っぱっると、小気味のよい音をたてながら、きれいに缶のフタが取れた。
なかなかよくできた構造だ。
缶の中には油に浸されてきらきらと輝く、フレーク状にされた加熱ずみの魚肉が入っていた。
「はい」と次に渡してくれたのは、五ミリ角、二十センチほどの長さの木材でできた棒が二本。
不思議そうにその物体を見つめるわたしのことを、わたし以上に不思議そうな顔でトモミが見つめている。
これは……食べ物ではない。
たぶん、この物体は食材をつかむための道具だ。
まずい! 使い方が、まるでわからない!
「見られていると、ちょっと恥ずかしい……」
本当は全然そんなことなかったし、せっかくもらったツナ缶を、トモミの目の前で美味しそうに食べて見せたかった。
たとえ口に合わなかったとしても、そうすることが異文化に対する礼儀だからだ。
トモミがくすりと笑って背を向ける。
それを確認してから、木の棒をスプーンのようにしてつかみ、ツナ缶の中身をすくった。
たぶん間違った使い方。この方法が正しければ、棒が二本に分かれている必要がないからだ。
おそるおそる口に入れてみる。とろんとした植物油の味が口の中にひろがった。
もう一度、今度は多めにすくって口に入れてみた。どこを見るでもなく、視線は鮮やかな緑の地平線から、にょっきりと生えた入道雲をとらえていた。
よくかむ。味に集中する。ごくりと飲みこみ、はぁと息をはいた。
これは……。
「美味しい……」
「そう、よかったね」
トモミが背を向けたまま、気のない返事をした。
わたしは缶に口をつけ、大量に口の中にかき込んだ。
夢中になって食べる。
脳を埋めつくしていた疲れや暑さといった感覚が、強烈に吹き込んださわやかな風に一掃された。
「美味しい! 美味しい! ツナ缶ってやつは、とっても美味しいぞ~!」
思わずわたしは、立ちあがって叫んでいた。
「そう?! よかったねっ!!」
トモミはさっきと同じ言葉を、今度は弾けるような笑顔で言った。
びっくりして起きあがったアユムが、ぼんやりとした目でわたしを見ていたが、またヘルメットを顔の上に置いて寝てしまった。
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