緑の丘の銀の星

ひろみ透夏

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第3話 ステネコ

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 リリリリリ……。リリリリリ……。

 狂ったような昼間の熱気から、ようやく落ち着きを取りもどした夕風が草原をなでる。

 鈴のように鳴く地球の虫のは涼やかで、なんとも言えないゆったりとした気分にさせてくれる。

「この服は少々時代考証じだいこうしょうを間違えたようだが、むし暑い地球の風土にはぴったりだな」

 キモノのえりをぱたぱたとさせながら、わたしは小型宇宙船の上に大の字に寝転んだ。

 藍色あいいろの空はさらに濃くなり、小さな星が点々と姿を見せ始める。


 早く迎えが来ないかな……。
 でも、そのときはトモミやアユムともお別れだ。ふたりには、ちゃんと挨拶をしてから帰りたいけど、そんな時間はあるだろうか……。

 そんなことをうつらうつら考えながら、いつのまにか、わたしは眠っていた。


         *


 目を覚ましたとき、あたりはまっ暗だった。

 ガサリ、ガサリと草をかきわける音に気がついたわたしは、小型宇宙船からすべり降りて、音のする反対側にすばやく身を隠した。

 少しずつ音が近づいてくる。そっと顔を出してのぞいてみると、草かげのあいだに、きらりとふたつ、光るものが見えた。

「あれは獲物えものを狙う肉食獣にくしょくじゅうの目だ。この星でわたしを襲う可能性のある生き物は……」

 再び宇宙船のかげに身をひそめ、銀河的に有名な生物博士の頭脳をフル回転させた。

「ライオン、トラ、クマ、ええと、それから……」

「ネコです」

「いやいや、ネコは人を襲ったりしないよ」

 そうこたえてはっとした。わたしは誰と話しているんだ?

「安心してください。わたしはネコです」

 とっさに声のするほうに目を向けた。
 いつのまにか小型宇宙船のてっぺんに、まっ黒なネコが座り、黄緑色に光る目で、ぴたりとこちらを見おろしている。

「こんばんは博士。おはつにお目にかかります」

 ネコはそう言いながら、うしろ足ですくっと立ち上がり、ていねいにおじぎをした。

「きみは地球のネコじゃないね? 地球のネコは言葉を話したり、二本足で立ったりしないはずだよ」

「さすがは銀河的に有名な生物博士。おっしゃる通り、わたしは純粋な地球のネコではございません」

 ネコはくるりと背を向けて続けた。

「博士。あなたがここに不時着したときから、わたしはあなたをずっと観察していました。見極みきわめたかったのです。話をしていい相手かどうか……」

 わたしは話を聞きながらも、目の前にいる生物の正体を頭の中でけんめいに探っていた。

 この銀河にはネコ科の生物がたくさんいるし、言葉を話すネコもいる。
 しかし彼らは、長いしっぽが退化していたり、おなかに袋を持つ有袋類ゆうたいるいだったり、このネコとはだいぶ違う姿をしている。銀河でも四本の指に入るほど有名な生物博士のわたしでも、こんなネコは見たことがなかった。


「わたしは捨てられたのです! この未開の惑星に!」


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