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01 案の定迷いました
しおりを挟むぬばたまの闇を駆け抜けて行く。
蛍が放つ明滅する光を、真凛はただひたすらに追い続けた。
翼があるわけではないのに、どうして飛べるのだろう。
闇の中には蛍の光の他に、ごくたまに星の輝きが見えた。
(どこまで行くのかな?真っ暗でこのスピードじゃ、はぐれたら最後だよね)
必死で着いていく真凛の視界が、ふいに開けた。
眼下に広がる深い森ーーー。
夜のとばりに包まれてはいたが、月や星の光に照らされて、神秘的な美しさに彩られていた。
鬱蒼とした樹木に覆われた渓谷には川が流れ、水面はキラキラと輝いている。
それは元の世界の海に棲む、夜光虫を思い起こさせた。
この世界にも、よく似た何かがいるのだろうか。
渓谷の一角に、チラチラ不自然な光が見える。
焚き火か松明か、誰かの手によって作り出された灯火だ。
人がいるのか、身を乗り出そうとして、真凛は大変なことに気づいた。
「え、えーと!蛍ちゃん、どこ!?」
蛍の姿は消えていた。
(どうしよう・・・)
周囲を探し尽くして、真凛は途方に暮れた。
あれほどはぐれるなと注意されたのに、この体たらくである。
少し前なら真っ暗で探しやすかったのだが、ここは星の光や様々な明かりに満ちていて、わかりにくいのだ。
真凛はフラフラと、渓谷の灯火に近づいた。
心細いとき、明かりに引き寄せられるのは人の性だ。
真凛は膝を抱えて座り込んだ。
(どうしようどうしよう。おじいちゃん・・・じゃないアルファ様に怒られちゃう。ていうか、はぐれたからそれどころじゃないか。もう、誰にも会えなくて、見つけてもらえなくて、このままかも・・・)
亡者になるぞ、と脅してきたアルファの声が蘇ってきて、真凛はじわりと涙を浮かべた。
その時。
藪をガサガサとかき分ける音がした。
思わず真凛も、腰を浮かせた。
「誰だ!」
目の前に突きつけられたのは、夜目にも白く光る刃だった。
「お前・・・人か?亡霊か?」
剣を突きつけた男―――良く見ると少年と言っていい年頃の―――は呟き、目を細めた。
今までの人生において、もちろん真剣を突きつけられたことなどない真凛は身体を震わせた。
抑えようとしても身体は言う事を聞かず、カタカタ震えた。
肉体を持たない真凛が見えるのもおかしな話だが、少年はこちらに武器や戦意がないのを見て取ると、剣を腰の鞘に戻した。
「お前、迷ったのか?」
迷った、と言う意味が違うかもしれないが、真凛は頷いた。
もちろん迷子という意味でだが。
「私が、見えるの?」
「ああ。半分透けているから、おぼろげにだが」
少年はクルリと背を向けると、焚き火らしき炎の元へと歩いて行く。
真凛もなんとなく着いて行った。
「・・・俺に憑いても、冥界へと送ってやることはできない。行け」
「あの、人に取り憑いたりはしないですよ。案内してくれてる人とちょっとはぐれてしまって」
真凛が言うと、少年は振り向き、大きく目を瞠った。
「生きてる者のように話すんだな」
「うーん、まだ死んではいないというか・・・」
知らない人だが喋ってしまっていいのだろうか。そういえば口止めはされていないが。
「別にいい。聞き出そうとは思わない」
少年は焚き火のそばに座った。
炎の明かりに照らされると、彼がとても綺麗な顔立ちをしていることが分かった。
黒い髪に黒い瞳。真凛にはとても親しみの持てる色合いだが、顔の彫りが深い。
全体的にあまり大柄ではなく、身体も細いというより、しなやかでしっかりした筋肉がついている。
思わずまじまじと見てしまったが、同時に真凛は気になる点を見つけてしまった。
彼はとても凝った細工の鎧―――胸当てと言うのだろうか?―――をつけているが、それがひどく傷だらけなのだ。
戦帰り?若そうに見えるけど、歴戦の猛者なのか?
それともお父さんの形見とか・・・?
考え込む真凛に、彼は自分の座っている隣を指差した。
不思議に思ってのぞくと、藁のようなもので編まれた円座が敷かれている。
「私が座っていいの?」
「ああ。特に危険はなさそうだしな」
どういう判断基準なのか。よく考えると失礼な発言だが、真凛は許すことにした。
迷子は誰かのそばにいるだけで安心するのだ。
「腹が減ったり、喉が乾いたりはしないのか?」
「しない。自分でも、不思議だけど」
「・・・行くところがないのか?」
「ううん。でもこのままだとそうなるかも」
それだけは避けたい。
いきなり死んでしまって絶望しそうになったけど、やっと生きる希望を見いだせたのに。
イケメンとデートとか、婚約とか、逆ハーレムとか、味わわずにこのまま死んでたまるか。
「あなたは、何をしてる人?」
「あー、人を探してる、かな。色々あるんだけど妹みたいだった子がさらわれて・・・取り返しに行くところ」
「えっ!?大変じゃない!あなた一人で行くの?危ないよ!」
思わず『私も行ってあげる!』と叫びそうになったが、自分の惨めな境遇を思い出して黙り込んだ。
「大丈夫、一人じゃない。今日は偵察に来ただけだ」
そう言いながら彼が、ふっと頬をゆるめた。
今までのほぼ無表情から一転。美形の微笑はすごい破壊力を持っていた。
(わぁー笑うと幼くなってかわいい~)
真凛の持っていた乙女ゲームソフトには、彼のようなキャラクターはいない。
だとすると彼は一般人?
それでも世の中にはこんな素敵な人もいるんだなぁ、と今まで男性と縁がなかった真凛は感心した。
「幽霊が人の事を心配するとは意外だな」
「幽霊じゃない・・・いや、幽霊なのかな?私」
真凛は首を捻った。
今現在は幽霊ではないかもしれない。
しかし分かっているのは、このままでは確実に本物の幽霊に近づくということだ。
真凛は今まで通って来た、星さえまばらな漆黒の空間を思い出して震えた。
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