カンチGUY

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街中での戦い

月姫

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「おいおい、なめた服着て大通り歩いてんじゃねーよ!!」

街中でいきなり背後から怒鳴られた俺は、舌打ちして、溜め息を吐く。

俺を誰だと思って、喧嘩を売っているのか、わかっていない様だな。百戦錬磨を物語るこの俺の背筋が、目に入らない様だ。

俺はゆっくりと振り返り、軽視の眼差しを後ろの奴に向けた。

「南雲センター街っちゅうのは、どこかいや?」

何処かの婆さんが、俺に道を聞いている。

まさか、お前か。

皺(しわ)という皺を集めた皺の集合体の様な存在である年を重ねた婆さんが、この俺に喧嘩を?

この百戦錬磨の鍛え抜かれたこの肉体が見えないのか?

確かに裸になって歩いている訳ではないから、直に見える訳はないのだが、いやしかし、服からこの隆起した肉体が感じられるはずだ。

婆さんよ。

「南雲センター街は、どこかと、聞いちょるんやが」

ok、婆ァ。そこからテンションあげて俺を威嚇するつもりの様だな。外見に騙されるとは、俺もまだまだだな。構わない、全力でやってやるよ。

かかってきな、婆ァ。

鋭い視線を俺に向け、悠然と俺に歩み寄る婆さん。地面に体重を押しつける様に、岩を引きずる様な音を立てて。

ズリリ。

ズリリ。

来るッ!!

俺は今まで発した事のない雄叫びを上げ、拳を力一杯握りしめた。この渾身の一撃を、このムカつく婆ァの顔に突き刺してやるぜ。

食らいやがれ!!

その瞬間、婆さんは、ふっと笑い、頷いて見せた。

何だ。

一体、、、

「ゴメンな、目が悪くて。迷子かや?6才位かの」

俺が、6才だと?

婆さんは、俺に急に優しげな笑みを見せて、そう言葉を発した。

迷子な訳ねぇだろうが、この婆ァ!俺は今、確かにな。

確かに。

向かっているんだよ。

ほら。

あそこ。

どこだ。

あそこ。

うーん、名前忘れたか。

「迷子かや?」

婆さんの言葉の追い討ちに、俺は後退る。

俺は、そうだな。

何処に向かっているんだ。

俺は迷子、なのか?だとすれば、この婆さんの言った6才というのも、あながち間違いではないのかも知れないな。

いや、間違いだろう。

婆さんを見下ろす6才なんていない。

しかし、最近牛乳をたくさん飲んでたしな。急成長を果たした6才というのも、有り得なくはないな。

さっきはこの隆起した筋肉が何とか言ってしまったが、かなりの失言をしてしまったか。6才じゃあな。弱いだろう。

「おまわりさんの所まで、一緒に連れて行ってあげようかね」

この婆さんは、愛玩(あいがん)動物を見つめる様な目をして、俺にそう言った。

戦意喪失だ。

この婆さんの申し出を受けるべきなのだろうか。

迷子のままではまずいしな。

俺は、取り敢えず、頷いて見せた。だって、このままだと、泣いてしまうかも知れないからな。泣く気はしないが、客観的に冷静に考えると、泣くかも知れない。

くそっ、当たりようもない怒りが込み上げてきて、吐き気がしてくる。

婆さんの申し出を受けようとする、まさにその時、背後から威嚇する声が聞こえてくる。

「威勢良さげな兄ちゃんじゃねぇか。貴様、何を道の真ん中で壁張ってんだよ!?」

振り返ると、金髪でオールバックの髪型、黒ずくめの服。20代半ば位の男が、三白眼で睨みつけている。

馬鹿かこいつは。

何を6才児の俺に喧嘩売ってんだ。この生まれたての天使みたいなベビーフェイスが見えねえのか、コラ。余程喧嘩弱いんだな。勝てそうな相手であれば、誰でも構わない訳だ。この婆さんみたいに、威勢よく見えたとでも言うつもりか。

「お兄ちゃん、止めてくだちゃい」

よく言えました。我ながら、感服する。俺がかなりの年下だからといって、間違いを正す志は失ってはいけないものな。

そう言った俺目掛けて、お兄ちゃんは、味わった事のなさそうな怒りを身体一杯に表現し、狂った様に殴りかかってきた。

0℃の水が一気に沸点の100℃まで達したかの様に。瞬間湯沸かし器としての性能は抜群で、すぐに商品化したら、飛ぶ様に売れるだろう。いや、売れないな。100℃じゃあ、火傷する。

お兄ちゃんの腕と俺の腕が交差する。

残念でちた。お兄ちゃん。

俺の拳がお兄ちゃんの顔面を捉え、お兄ちゃんはバランスを崩す。

「俺は、ピカチュウ並みに強えからよ」

ナイス、発言。年相応のセリフだ。ピカチュウは、大人気だから、受けがいいだろう。見た事ないけど。

苦悶の表情を浮かべたお兄ちゃんは、膝を笑わせながら、俺の顔を見る。

そして、こう言った。

「まさか、ウエインか?」



大きく目を開き、驚きの表情を見せるお兄ちゃん。ウエインときたか。

生粋の日本人である俺に、ウエインとは馬鹿な事を。バブゥとしか言えねーぞ、コラ。いや、これじゃ赤ん坊だな。6才児としての自覚をもたないと。

何かのオンラインゲームにそんな名前でも登録していたか?していないな。

「カントリーマアム、覚えていないのか?」

お兄ちゃんの言葉に、思わず目を見開く俺。心を一瞬にして貫かれた。カントリーマアム、懐かしい響きだ。外国語なんて、まるで分からない、そう感じていた俺の心の中を掻き乱す。


何か、美味しい印象があるな。誰かにもらって、食べた、そういう事か。しかし、誰にだろうか。

「思い当たる様だな。なら、シンガーポールのマーライオン像の前で待ってるぜ」

お兄ちゃんは、そう言って、薄く笑みを浮かべ、立ち去ろうとした。

「待て」

シンガーポールとは、外国だな。6才児の俺にそんな所まで行く金があるわけないだろうが。親に交通費肩代わりしてもらえ、そう言ってんのか?迷子だぞ、俺は。親の顔を見て安心するまでは、親がいる保証もないし。いや、そこじゃないな、言いたいのは。

「シンガーポールに何があるんだ?」

当然、それは聞くべきだ。

「マーライオンがいる」

呆れた様に答えるお兄ちゃん。

シンガーポールに、マーライオンがいる。なら、ニューヨークには、自由の女神がいる。よしよし、ようやく頭が回ってきたぞ。

「マーライオンに何がある?」

「行けばわかる」

行けば分かるが、無駄に旅費がかかる。行ってみて、カントリーマアムが積んでありましたじゃあ、納得できないぞ。

親指を立てて、笑みを浮かべるお兄ちゃん。

中指を立てたい俺。

「ウエイン、お前はきっとなれるさ」

何に?

「リュワンティエリンに」

10回は言ってくれないと、頭に入らない言葉を残して、お兄ちゃんは、去ろうとする。

いや、10回でも頭に入らないな。何もイメージが湧かないから。

取り敢えず、行ってみるべきか。

シンガーポールに。

マーライオンが待っているから。



待て待て。何か違和感がある。

6才児の俺の名前は、ウエイン。そして、リュワンティエリンになろうとしている、のか?

辺りを見回し、先程の婆さんを探してみる。

見捨てやがったな。

そして、お兄ちゃんも消えた。

言いたい事だけ言ったら、消えてしまいやがる。信頼関係の築けない奴らだ。

しかし、姿を消したあのお兄ちゃんは、最初に俺を見て、威勢の良い兄ちゃんとか言ってたな。

ふっ。

牛乳たくさん飲んでいたからな。

カントリーマアムと牛乳、一緒に食べたら、おいしいのかな?

どうでもいいか。

まずは迷子の俺を救ってくれる清き心の持ち主を探そう。

早速、向かい側から歩いてくる男が目に入った。

黒いスーツ姿の初老の男、口に整った口髭を生やし、背がすっと伸びていて、精悍(せいかん)な顔つき。とてもしっかりした印象を受ける。こいつで決まりだな。

俺は6才児らしく、愛らしい笑顔で手を振った。

つもりだったが。

眉をひそめ、下から覗き込む様に見つめてきた。まるで得体の知れないものを、警戒するかの様に。

「おじちゃん、僕は迷子...」

おじちゃんは恐ろしく冷たい目を6才児の俺に向け、ゆっくりと言葉を吐いた。

「ゴミめ」

6才児に向かって、唐突に極度の暴言を吐くお前は、ゴミじゃないのか?

おやつでも俺に食らわせ、そうかい大変だったね位の一言が出ないものかね。俺は、こんな大人にはなりたくはないな。

「親の顔が見てみたいものだな」

そう言い放つこのクソ爺ィだが、そいつは奇遇だなと。俺も、俺の親の顔を早く見て、安心したい。

爺さんは、憤りを表す様に、唸り声をもらす。そして、溜息を吐きながら、首を振った。

極めて、不快な爺ィだ。

特に、額にあるその深い縦皺が、俺の神経を逆撫でするぜ。

この爺ィの眉間にある縦皺を一瞬でなくすアイロンがこの世に登場したら、真っ先にこいつにプレゼントしてやろう。

いや、今販売しているアイロンを爺さんの顔に近づけたら、恐怖に顔を引き攣らせ、縦皺はなくなるのか。

何たる、狂気に満ちた発想だ。これ以上は止めておこう。

しかし、俺の目も狂ったものだ。年の功も何もなく、懐疑的な眼差しだけを育て続けたボロ雑巾に声をかけてしまうとは。

まぁ世の中、そううまくは事が運ばないか。次だ次。気持ちを切り替えよう。

そう思い、再び辺りに目をやった矢先、今度は20才位の女が、俺の目の前に立ちはだかる。早速、救世主発見か?と思いきや、その女は拳を震わせ、確実に俺を睨みつける。

「サルミンの槍を返せ!」

実に謎めいた言葉を吐いた女。

佇む事しかできねぇな。何だ、サルミンの槍って。ゲームにでも出てきそうな名前だが、そもそも、槍を何で取らなければならないんだよ。何に使おうか。そんなもの。

「何を黙っている?」

そんな事を言われても。顔を真っ赤にして、何を怒っているんだ、この女。

「何を黙っていると聞いているんだ!」

絶句をしているため、貴女の要望には答えられません。

「リュウシン先生!!」

リュウシン?俺は、リュウシンという名前だったのか?そんな。

「ウエインでちゅ」

ふっ、自分の名前はわかる。さっき教えてもらったからな。

涙目の女は、呼吸を整え、俺に殴りかかってきた。しかし、あまりにも遅い。俺は体を逸らし、苦もなく女の攻撃をかわした。

女は目を丸くし、驚いた表情を見せる。

「そんな。この生花臨界拳を避けるなんて」

スローモーションで真っ直ぐに殴りかかってきただけなのに、随分と壮大な名前がついているんだな。その名前を言った後、俺に間髪入れずに拳を向けていたら、確実に当てていたに違いない。呆気に取られていたからな。

しかし、俺が思うに。

本当にリュウシンという名の先生だから、という事もあるだろう。

要するにだ。

その生花臨界拳とやらをスローモーションに感じ、苦もなくかわせたという点だ。

俺は、ウエインであり、またリュウシンという名の拳法の達人でもあるという事なのだろう。

「何で整体師の貴方に…」

女は愕然としてそう言った。

俺はその言葉を聞いて、失望した。自分自身に。

何だ。整体師か。



しかし、この女も、先生付けして呼んだり、整体師ごとき、みたいな言い方で見下したり、忙しい奴だ。

このもう一つの通り名であるリュウシン、確かに私の胸に届いたぞ。

もう、その名を聞いても、違和感などない。

生花臨界拳をもう一度試すがいい。

お前は幸運だ、私からレッスンを受けられるんだからな。

「来るがいい、女」

俺の言葉に応える様に、女は機敏に両手を横に上に伸ばし、構えをとる。

いい構えだ。

ただ、もう少し内股になった方がいいだろう。

隙があり過ぎだ。

女としての節度をだな。

そこは大事なも…の。

いけない、いけない。世界中の女から気持ち悪がられるところだった。

俺はリュウシン。最強の一手を極めるため、大地を渡り歩く男。

整体師をやりながら。



女は、上げた両手をゆっくりと胸元にやり、形作る。ハート型を。

そして声を限りなく低くし、唸り声を出した。

俺は、その姿を見て、後退りをする。

なんだ、この技は!?

何処まで行こうにも、地の果てまで追走されそうな危機と、身の毛もよだつ得体の知れない攻撃を受けるだろうこの恐怖、つい吐き出す言葉は…

貴女に、気がありません。

女はさらに、背筋を伸ばし足を揃えて真っ直ぐに立ち、両手をゆっくりと下腹部に持ってきて重ね合わせ、こぼれ落ちそうなほど眼球を張り、俺を見据えた。

何から生まれてきたんだ、お前は。

はっきり言って、気持ちが悪いんだよ。未知の動物の求愛行動を拳法に取り入れたのなら、残念だが失敗だ。相続する者がいない。いやむしろ、お前がしたのか。

じゃあ、次も継承する者がいるのかもな。

どうでもいい。

怒りがこみ上げてきたぜ。お前の流派に関わる者全ても、一網打尽にしてやる。

イヤん!!

女は声を張り上げ、胸元に両手でハート型を作り、俺に直進する。

かけ声で使うな、その言葉を。

俺は駆け寄る女の右腿を、足を高く振り上げ、踏みつけた。

バランスを崩し、倒れこむ女。

しかし、両手のハート型だけは何とも崩さずに守ろうとする所が、気味が悪い。

「おい、俺はあんまり女に手を上げるのは、好きじゃねぇんだ」

不気味な行動を続けるなら、流派ごと一網打尽にはするが。

いや、できないか。こんな奴ら相手にしたら、俺がショック死して終わりだろうな。

悔しそうに地面を見つめ、肩を震わす女。もちろん、両手のハート型は崩していない。

俺は、特に何も言わない女を残し、立ち去る事にした。これ以上、関わるのは止めよう。

サルミンの槍は、知らないがな。

俺は踵を返す。

すると、目の前に、跪く2人の男がいた。



「如何でしたか、この街は」

ええ、最悪です。

ところで、誰だお前達。

「これが、この星の記憶です」

この星…

「その隣りの星と、さらに少し離れた星と比べると、この星は…」

規模がでかい!!星単位で話すな。俺の中に、星を理解できるキャパは、ない。

「まだご満足されていないのですね」

いえ、ある意味、お腹一杯です。

男共は、二人で話し始めた。

「エスプレッソ飲んだ事ないんだよね」

「俺も。飲みに行くか。一緒に」

俺はいる必要ないな。その会話、今じゃないとダメか?

立ち去ろう。

「お待ちを」

え?待つのか。何で、お前達だけの会話を、待つ必要があるんだ。

「昨日、綺麗な石見つけたよ。見せてやろうか?」

「え、本当か?見せてみろよ」

おいおい。やっぱり、お前達だけの会話じゃないか。何で待たなきゃいけないんだ?しかも、少し気色悪い。

はっ、もしかして…

これは、新手の拳法か?

道理で、身動きが取れない訳だ。

ある意味、すごい技と、認めるしかないのか。

なるほど、私をリュウシンと知っての事だったか。そう言う事なら、いいだろう。来るがいい。生花臨界拳以上のものを、持って来い!

生半可な技では、私を本気にさせる事など、出来はしないぞ。

「申し訳ありません。ごゆっくりと」

急にどうした?

そう言うお前達は、立ち去ってエスプレッソを飲みに行くのか?

戦いの構えを取った俺は、この後、どう収まればいい。

さあ、申してみろ!!

いや、普通に止めて、立ち去ろう。恥は一時のものだから。

みんな見るな、散ってくれ。



一体、俺は何者なんだ!?

どうして、こんなにも記憶が曖昧なんだ。

6才児のウエイン、整体師をやっているリュウシンという別名も持ち、エスプレッソという職業に就き…、いや違った、エスプレッソは、あのバカ男二人が、飲みたいものか。

何だ、そこに鏡がかかっているじゃないか。

それ見れば、少なくとも、6才児かどうかはわかるな。

しかし、鏡を見ないと自分の年齢すら検討がつかないとは、すごい重症なんじゃないかとも思っちまう。

いや、確実に重症だ。

鏡よ、このナイスガイの顔を映したまえ。



え…?



どういう事だ。



とんだ、勘違い…



していた様だ、



そうか。



鏡越しに、先ほどのバカ男二人が映っていた。

「エスプレッソは、飲んできたのか?」

バカ男二人は、首を振り、指を鳴らして、辺りの景色を一変させた。

凍りついた街並み、人は一人もいない。

「この辺りに住む者達の、星の記憶。地球と呼ばれるこの惑星が自転を止め、極寒の地へと変わりました。そして、太陽の公転の軌道から離れ、この月の管轄エリアに流れてきた…。地球を体験したいという事だったので、今までお見せしていましたが、この星、どうします?」

この男二人に対する記憶が戻ってきた。そうか、わらわの下僕共よ。

中々面白いものを見せてくれた。妾に、この様な体験をさせてくれた地球を、救うか、否か。

かつては、短い間ではあったが、妾も地球にいた。

その恩義は、果たすべきか、否か。

6才児呼ばわりされたり、殴られそうになったり、ゴミ、盗人呼ばわりされたりしたが、気にすべきではないか。

妾が色々思案している最中、鼻をほじるこの男二人は、首吊りの刑に処しても良いかも知れぬが、さて、どうするべきか。

「月姫様…」

変わり者の男としての、体験もさせてくれたこの地球。暇な月の生活にも飽きていた所だ。

「良い。月の銀河最先端の科学技術を以って、この地球を救おうではないか」

下僕共も、本物のエスプレッソを飲みたいだろう?

妾も、カンチGUYした姿ではなく、今度は女として、本当の姿で向かうとしよう。



さて、家に帰って、サルミンの槍を調べさせようか。



リュワン…ティ…は、特に良いか。


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