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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その268

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「くっ…!」



体が熱い…。

冷静になろうと思えば思うほど、それに反発する様に感情が高ぶって、抑えようもない怒りが込み上げてくる。

どうして、こんなにも頭にくるんだろうな。

体からまた、微かにゼドケフラーの臭いを感じる。

そうか…。

さっき景色が飛んだ場所にいた幼獣のゼドケフラー、お前なんだろう?

あの時、目の前にいた東角猫トーニャが憎いのか?

お前に上からものを言っていたな。

見下していた。

許せない…。

許せないよな。

でも、お前が信じていたのは、その2人じゃなかったはずだ。

もう1人の東角猫族。

何か違う…。

きっと、そいつはお前に何か言いたい事があったんじゃないのか?



「くっ…!」



ダ、ダメだ。

憎くて、憎くて仕方がねえよ。



「本気の本気で、潰すからな!小せぇ、赤ちゃんがよ!私に勝てると思ってるなんて、思い上がるんじゃないだはっ!」



と、父さん??

ここにいるはずがない、そんな事はわかっているんだよ。

でも、目の前の奴が父さんにしか見えないんだ。

集まった街の奴らの歓声が鬱陶しい…。

殺し合いを望んでいる。どちらかが死ねば、満足なんだろうな。

なら…。

お前らが死ね!

お前ら全員が、憎い…。

くそっ!

早く、この戦いを終わらせないと。

ああ…。

俺は、誰と戦っていたんだ?

最初から、父さんと戦っていたのか?

分からない…。

もう、何もかも。



「君はもう、目の前の相手を殺すか、死ぬかしかないんだよ」



グラッチェリ?

お前まで、そんな事を!

俺が死ねばいい、そう思ってるんだろう?

お前はさっき、俺の事を矢倉郁人やぐらいくとじゃないのか?と言ってきたよな?

矢倉郁人だと、何が悪い!?

俺は矢倉郁人だと言ってきたんだ!

この世界に先に辿り着いたもう1人の俺が、それを困難にした。

散々、強者としての矢倉郁人を知らしめておいて、身勝手に死んでいただなんて。

腹立たしい。

おかげで、俺は…矢倉郁人じゃなくなった。

もう、矢倉郁人に戻れない。



「君はもう、サイクロスにはなれない。それが残念だよ…」



サイクロスになれない?

じゃあ、俺の名前は何だ?

もう何もない。

俺はこの世界でも、存在がなくなったのか?

じゃあ、俺は…。

もう…。



「よそ見してるんじゃないだはっ!!」



「!!?」



ドグシャッ…!



「ぐが…ぅぅッ!」



ズザザザァァッ!



あ…?



ああ…!



が…。



どうしたんだ。

地面が揺れている…。

口の中に急激に溢れてくる水。窒息しちまう、早く飲まないと。

喉に力を入れ様としたけど、力がうまく入らなくて、口から飲み込めなかった分の水が溢れていく。



「ゴホッ!ゴホッ…!」



ああ…!

左目が見えない。

顔半分が麻痺してる。

俺は今、どうなっているんだ?



「いいぞ!小鈴ショウレイ!さすが弁帝街べんていがい一番の殺人鬼だ!」



「またやった!やっぱり、小鈴が最強か?」



「小鈴!東角猫族の誇りだわ!」



周りが騒がしい。

でも、もう。

どうでも…。

どうでもいい。

体に力が入らないし、頭に激痛が走り始めてきた。

地面は揺れ続けている。

口を拭った手にたくさんの血が…。

俺の中に溢れていた異常な怒りは、今の一撃で薄まっていく。

パルンガ、俺は少しは戦えた…か、な。

俺は弱いな。

誰よりも。

きっと、この世界に転生させられたのは、俺のいた世界で、俺が不要だからって、神様が俺を追い出す様に仕向けたんだろう。

何も役に立てないのが、俺だから。

でも、この世界でも迷惑かけちまった。

パルンガは俺と出会わなければ、もしかしたら死ななくても良かったのかも知れない。

この街での情報収集なんて、多分、お前には必要なかった。

俺のわがままでつき合わせた。

許してくれ、パルンガ…。

お前は最後、自信を持てって、そして名前を言える様にって。

俺に言ったけど。

その機会は、訪れる事なく終わる…。



「だははっ!死ぬ寸前だなぁっ!私の拳は破壊力がすごいんだはっ!ハムカンデ様がたくさん魔力を胸の魔闘石ロワに入れてくれたおかげだ…!」



俺は、お前に殴られたんだろうな。

父さん…?

いや、違う。

父さんに似ている誰かだ。

でも、父さんなんだ…。



「だははっ!お前がつまらねえ事言うからだ。だから、死ぬんだはっ!」



つまらねえ…事?

俺が、つまらねえ事を言ったのか?



「サイクロスの…なり損ないだ。矢倉郁人として死ねばいい。君には、それしかない」



矢倉郁人として?

グラッチェリ…。



「憎き矢倉郁人と似た君が死にゆく様を眺めて、僕の気を晴らす事にするよ…」



憎き矢倉郁人。

お前にとって、憎い相手だったんだな。

それなら、それでいい。

優しさを隠れ蓑にして俺に近づいてくるのは、お前が初めてじゃない。

この世界の奴らは、そうやって騙し合い、相手を地獄へ蹴落としていく。

そんな事をしても、ムダだぜ…。

きっと、お前もそのうち。

殺される。

ひと足先に、俺は行かせてもらう…。

たくさんの人達を巻き込んだんだからな。



カチャッ。



しもべのくれた大剣か。ここまで生きてこれたのは、この剣のおかげだな。

それもここで、終わりだ、け…ど。

俺が不釣り合いなこの世界で、ギルロを探せるだなんて…。

バカだな、しもべは。

見る目がねえな。

いや、もう1人の俺なら、できたのかも知れない。

俺が…期待はずれ。



「よく戦ったな、リョウマ族。だが、所詮はここまでの男よ。眠るといい、もう君を起こす者などおるまい」



ハムカンデ…。

お前みたいなのが、この世界に必要とされているという事か?

それなら、それでもいい。

気分の悪い街だったけどよ。

もう、見なくて済む…。



「…?」



闘いの舞台のすぐ外に、メルシィーニの死体が置かれている。

何か掛けてやってくれよ。

顔が…殴られて歪んでる。

人目に晒すな…。

自分の母親に会いに来て…。

その母親に。

殴り殺されたんだぞ。

悲しくて泣きながら、死んでいったんだ。

あまりにも、かわいそうだ。

何か、掛けてやってくれ。

何か…。



「おい、このリョウマ族、死にそうになりながら何か訴えてねえか?」



「何だい?この惨めな東角猫族を見てるのかい?こいつは死んじまってるんだよ?」



だ…から。



「笑っちゃうねえ?小鈴に無防備で近づいて、簡単に殺された間抜けなのさ…。後で獣の餌にでもして、片づけておくよ。だから、お前も早く死んでおくれよ」



な…にを、言ってやがるんだ…。

間抜け、だと?



「親か子かだなんて、そんなつまらねえ事…。そんなもん、誰だろうが向かってくるなら、殺せばいいんだはっ!」



父さん…!?

何…だと?

それが、てめえの本心か…?

誰だろうが向かってくるなら、殺せばいい?

そんな考えだから、周りにいた人はみんな、不幸になるんだよ!!

お前なんて、生きる資格なんかない。

死ねばいい…。

お前なんか、父親なんかじゃない!




「このまま止めを刺してやってもいいけど、メカリエがお前の死を眺めたそうにしてるからなぁ。がははっ!メカリエに借りだ」



「…」



「ハムカンデ様、終わっただはっ!」



「小鈴、お前は美しく、そして強い。誰もが認めるこの世界の強者だ。よくやったぞ」



つまらねえ事…。

そうかよ…。

そんなにつまらねえ事だったんだな、お前にとっては。

だけど、俺の母さんはそんな事は言わない。

それどころか。

幼い頃から、悲しい事があっても、それを見抜くんだ。

何かあったんだって、気づくんだ。

そして、優しい言葉をかけてくれる。

自分が産んだ子供だから。

俺の事、よく知っている。

お前とは大違いだな。

お前は、自分が母親だった事、本当に覚えているのか?

記憶だけじゃない。

お前の心が、覚えているのか?

俺が誰と戦っていたのか、ようやく思い出してきたよ。

史上最悪の人でなしと思った。

だから、俺はお前と戦うって決めたんだ。

小鈴。

お前から生まれたメルシィーニは、あまりにもかわいそうだ…。



ガチャ…ッ。



少しでもいい。

俺にもう少し、力を保たせてくれ。

俺なんか、もうどうでもいい。

だけどこのままじゃ、メルシィーニは死んでも死に切れるもんじゃない。

そして、その気持ちを知った俺もだ。



ググッ…。



「ゴホッ!…ゴホッ!」



俺はまだ、やらないといけない。



「待て…よ」



「だは?」



左目が見えなくなっても、まだ右目が見えている…。

もう少し、体を保たせてくれ。



「だははっ!死に損ないが、まだ私に歯向かってくるのか!?あと僅かで消える命もいらねえだなんて、そのくらいなんだな、お前の命の価値は!?」



「…お前に言った、はずだ」



俺は、このまま終われない。

お前を倒さないまま。

死んではいけないんだ。







「俺はよ…」




カチャリッ…。



「自分の子を殺す様な奴に、負ける様にはできてねえんだよ…!」




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