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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その264

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グラッチェリは、もう1人の俺を知っているのかも知れない。

俺の今の顔や姿は、元々の世界にいた頃の俺じゃない。

この体は、この世界に転生した時に生まれたもののはず。だって、俺がしもべに旅に出ろとか言われたのは、2才児だったから。

俺が嫌がったら、しもべが魔法で俺の体を16才にまで成長させて、ようやく旅に出たんだ。

もう1人の俺は、俺よりも2年ほど前だったか、この世界に辿り着いている。

多分、俺とも姿が違うはずだ。

でも、何でグラッチェリは俺の名前を言い当てたんだ?

矢倉郁人やぐらいくとという名前は、もう1人の俺がこの世界で広めていた。しかも、俺なんかよりもかなり強い。

その名前が出るたび、俺は嫌気が差すんだ。

俺は、もう1人の俺みたいに強くはない。

それなのに、もう1人の俺は名前を散々広めた挙句、ラグザエフという天使に殺されている。

この世界で矢倉郁人は俺だけだ。

俺が名乗れば名乗るほど、俺の事を勝手に恨んだり、勝手に失望したりして、殺そうとする。

お前はどうなんだ?

その矢倉郁人という名前を口にして、お前は何を思う?



「おい…。小せぇ赤ちゃん、私に拳入れておいて、よそ見か?」



「!?」



バキィィンッ!



小鈴ショウレイが怒り狂って、自分が持っている槍を膝で真っ二つに折った。

俺に中々当たらなくて槍に八つ当たりか?

バカな奴だ、俺には後ろに剣が残ってんだぞ?

お前のわずかにあった勝つチャンスを捨てた。

少しは感情を抑えて考えろよ。そんなんだから、肝心な時に最悪な行動をしちまうんだよ。

今さら、後悔してももう遅い。

何もかも。



「おお!いいぞ、リョウマ族!小鈴を殺せ!」



東角猫トーニャ族を殺せ!」



「バケモノ女を八つ裂きにしろ!」



群がっている奴らがまた何か言ってきてるな。

この街で表に出てくる奴なんて、両手で数えるくらいしかいなかったのに、この誇闘会ことうかいにはこれだけのたくさんの数が集まるなんてな。

誇闘会は勝てば何でも望みを叶えてくれるらしいから、さすがの葬式街でも興味は出るか。

俺は、目の前にいる実の子殺しのバカと闘うのが望みになったみたいだけどよ。



「!?」



龍の杭の後ろに立つ浮浪殲滅部隊?

俺に何か小石みたいなのを投げたのか?

戦いの邪魔をするんじゃねえよ!?



「…?」



俺が小石を投げた浮浪殲滅部隊に気を取られた時、ハムカンデの小さな笑い声が聞こえた。

その笑いは、何かの企みがうまくいった時に出る笑いの様な。

だから、俺は嫌な予感がして、すぐにハムカンデの方に目を向けようとした。

…けど。



「お…?」



何だ?視界が揺れている?

くそっ!

何だ、何をしやがったんだ?



「どうした、小せぇぇ赤ちゃん。もうおねんねの時間か?それなら、私の拳で永眠するだはっ!」



「…てめぇら、汚ねえぞ。何しやがった?」



俺が体勢を整えようとするのに、体が抵抗する。そして、海の中で潮に流される様に、体がゆっくりと流れる。

首の横に違和感がある。

…くそっ。

俺に吹き矢で打ちやがったんだな。

何を体の中に入れた?

何を。



「だははっ!私の攻撃が効いていたんだな?お前なんかが耐えられる訳がない、それはそうだろうな」



俺の心の奥で誰かが何か呟いている。

何だ?

何が言いたいんだ?

そうか、憎いのか…。

だから、俺がこの街の全ての人間を殺せばいいって、そういう事か?

そうだろう、お前はそう言った。

そうだ、裏切り行為なんだ、何を躊躇う必要がある。

だ、から…。

くそっ!

ダメだ、このままじゃ、俺の感情が乗っ取られる!

憎しみ、怒りが込み上げてくる。



「槍なんかなくても、赤ちゃんみてえなリョウマ族に負けるわけねえだな!」



小鈴が振りかぶった。

まずい、こんなでかい奴の拳をまともに食らったら、死んじまう!



「おらあっ!!」



ブゥオォオンッ!!



くそっ!俺の体、動けぇえっ!



ザッ!!



「んん…?」



ズザザザ…ッ!



はぁ…。



はぁ…。



痛ぇ…。

でも、何とか避けられたか…?

小鈴の突きから逃げる様に跳んだけど、頭と体が揺れてまともに地面を蹴れていない。バランスを崩して、左肩から地面に落ちてしまった。

小鈴は、右側にいるのか?



「逃げる事しかできねえのか?ガハハッ!私に勝とうなんて思うから、そんな目に遭うだはっ!」



くそっ!

冷静になれ。この異常に湧き上がる興奮状態を抑えないと!

まともに戦えない。

そうだ。

そうだよ。

…お前は、父さんと同じ。

子供を道具だと思ってやがる。

酷使して、それで死んだら捨てればいいって。

そういう奴なんだよ。

自分が作り出した、世に生み出した、だから自由に扱っていいって。

生まれた人間にも性格がある、そして感情も。

それを無視していい訳ないだろう。

俺は、ものじゃない…。

子をもの扱いする奴は。

そんな奴…。

死んでしまえばいいんだ。

そうか、お前は父さんか?

そうなんだな?

今すぐに殺してやる。

お前なんか、この世から消えちまえ!

俺はお前が…。

お前が、憎い!



「小鈴、落ち着いて闘うが良い。お前の強さを、見せしめるのだ」



「ガハハッ!私は強いだはっ!」



剣だ。剣を取って、お前を今すぐに殺してやるぞ。

父さんは、死んでしまえ!
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