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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その259

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パルンガの声が、まるで朝起きておはようって、そんなふうに、気軽に声かけをする様に、俺を呼んだ声が聞こえた。



俺は剣を、パルンガの前に横に引かれた境界線をなぞる様に…。



パルンガの横から胸元を通り過ぎ、



そのまま、振り抜いた。





ズザザザァアアッ!!



ガシャンッ。



「パ、ルンガ…」



お前、今俺の事を呼んだのか?

まさか、俺の知っているパルンガに、戻ったのか?

俺は剣を止める事ができなかった。

お前の爪もまた、俺の目の前に迫っていた。

でも、当たる直前で俺の顔から逸れていった様にも感じた。



「パルンガッ!」



俺とすれ違い、力尽きる様にバランスを崩して、パルンガは地面に倒れていった。

そしてパルンガは起きあがろうともせず、唸り声も、何も聞こえてこなかった。



「パルンガッ!」



ダメだ、やっぱりお前は。

死んじゃダメだ。



「パルンガ…!」



パチパチパチ…!



「興味深いひと振りであった。噂に違えぬ技巧を窺わせるものだったな。リョウマ族とは、実に奥深い種族よ」



「なあ?次は儂と殺し合うか?お前が望めば、儂は2連戦など容易いものだ。今のその剣技を儂に放ってみろ。なあ?」



やかましい…。

お前らなんてどうでもいい。

よくもこんな闘いの場を用意しやがったな。

お前らがパルンガにおかしな真似をしなければ、幼獣の体もまだもったかも知れない。そして、この街を出て、少しでもベルダイザーを探せたかも知れなかった。



「パルンガッ!」



まだパルンガの体は温かい。

だから。

だから、死なないでくれ!

俺、淋しいよ。

恐いんだよ。

また、1人になる。

また、誰も信用できない。



「パルンガ…」



「…」



うう…。



最後まで、お前の夢となれなかったか?

ベルダイザーを追って、逝ったのか?

俺…。



「…泣いてる、のか?」



「パルンガッ!」



生きていた!あまり力が入らなくなった顔を、何とか俺に向けてくれている。今にも閉じそうな目を小刻みに震わせながらも堪えて、パルンガは俺を見た。



「パルンガ、俺がわかるか!?」



「テテの…声が、聞こえた」



「ああ…!」



「もう、体が…死ぬんだ。それが、わかる」



「パルンガッ!しっかりしろ!」



俺は剣を、パルンガの前に見えた次元斬が辿るべき境界線をなぞって振り抜いた。

でも、パルンガの声が聞こえた時、俺はとっさに腕を引き、俺の剣の切っ先はパルンガの心臓に到達していない。

でも、見るからにパルンガの衰弱が酷い。



「今度の相手も、きっと…また違った…のか?」



「もう、何も…できない。オデも、みんなと同じ…」



「何が同じなんだ、パルンガ」



「オデも、みんなと同じ。成獣になれなかった…」



生まれてから、そのまま成長して大人になるのが普通なのに、ゼドケフラーは何でそんな、バカげたやり方じゃないと大人になれないんだよ!?

何でそんなんで、死ななきゃならないんだよ!



「リョウマ族よ、介錯してやるが良い。せめてそれが君が引き連れてきたゼドケフラーへの情けというものだ。それとも、このハムカンデが代わりにしてあげる事もできるが?」



「うるせえっ!!」



お前の目は節穴だ。

パルンガは死なない…。

死なせてたまるかよ。



「お前が戦ったベルダイザーの事だろ?安心しろ、ちゃんと本物だったよ。惜しかったな、あと少しで逃げられちまった」



「本当か…?」



「ああ。お前にウソなんかついて、どうするんだよ。次こそ、倒せるぞ。今度は一緒に行こう。逃げたベルダイザーを追うぞ!」



「…テテ、ありがとう」



「成獣になった姿、見せたかった…」



ダメだ、目をしっかり開けてくれ!パルンガ、逝くな!



「まだ終わりじゃねえだろ?そんなの、許さねえからな!」



「テテとは、誰よりも、たくさんしゃべった」



「だから、言葉も…たくさん覚えた」



「なのに、何も…してあげられなかった」



「何言ってんだよ、お前からはたくさんもらったよ。してやれてねえのは、俺の方だ。お前が成獣になれなかったのは、俺のせいだ」



「…違う。それはオデのせい。オデが弱かった」



「テテに成獣の姿を、見せてあげれば…きっと」



「…」



「パルンガッ!」



「オデみたいなのでも、やればできる…って」



「お前は強い。それは、間違いないんだよ。俺なんかより、ずっと」



「きっと、テテはオデより、強い。だから、自信を…取り、戻して」



「ああ!俺も、お前も強くなる。だから、これから鍛えていこうな!?」



「きっと、テテには…名前がある。それを、悲しそうに…隠してた」



「!?」



「自信を、取り戻して…」



「きっと、テテには…」



「で…き………」



「る…」



「パルンガッ!目を開けろ!?」



眠る様にしてゆっくりと目を閉じたパルンガは、体を揺すって、何度声をかけても、もう二度と目を開ける事はなかった。



パルンガ…。



この世界で一番の安らぎだった。



パルンガ。



俺はもう死んでんだよ。

この世界に転生してるのは、ほんのおまけ。

元の世界に戻る望みが限りなくゼロに近い状況だ。

俺は絶対に、この世界じゃ死にたくはないと思っている。

でも、それと同時に。

俺は誰かに殺されるのを待っている気がするんだ。

悪夢を終わらせてくれって、心の奥底ではそう願っている。

だから、俺がお前に殺されても、本当はそんなに悪い事じゃなかった。





死んでいいのは、お前じゃなかったんだよ。

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