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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その254

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パルンガは俺の声に反応する様に目を少し大きく開けた。そして、俺を観察する様に見つめた後、ニヤリと笑ったんだ。

それを見た時、また前の様な優しいパルンガが帰ってくるって、そう思ったのに。

その期待も、すぐに失望に変わった。



「もうすぐ、倒せる…」



俺のお前を呼ぶ声が、弱音を吐いたんだと判断されたんだ。

パルンガ、お前は俺を本当に倒す気があるんだな?

そんな事…。



「ガルルルルッ!」



パルンガの肩や足が痙攣を起こして、その部位の筋肉が盛り上がって動いている。まるでそこの筋肉が別の生き物の様に。

鬼の形相だ。それは俺を憎んでいるだけじゃなく、お前の体がもたないところまできているから?

痛いのか?

苦しいのか?

お前の機敏な動きはもう、見る影もないのに。



「ガァアアアッ!!」



お前が何度も俺を攻撃しようとしても、俺はそれを必ずかわす。もう絶対に油断はしない。

俺の声がお前の耳に届くまで。



「お前がその気なら、かかって来いよ。飽きるまで、付き合ってやるよ」



「ガァアアアッ!!」



ザッ!



パルンガが片足に重心をかけた。また俺に飛びかかるつもりか?

さっきもそれは見た。

さらに加速させて俺に突進するつもりか?

俺はもう前の俺じゃない。

お前の動きは正直、そこまで速くはない。そして俺にまっすぐに突っ込んで引っ掻く単純な攻撃は、俺には通用しない。



「ガァアアアッ!!」



ザッ!



ビューンッ!



飛びかかってきたな!?それはもう、通用しないって…!



シャッ!



俺がパルンガの突進をかわして回り込む、これは先ほどと同じ。ただ、パルンガは爪攻撃がかわされたところから、俺の動きを見て、さらに地面を蹴って俺を追ってきた。

俺は体重移動をしても、前よりもすぐに剣を構えられる様になった。パルンガの続け様の攻撃も、今の俺なら、何とかできるはず!



ガキィィンッ!



「どうだ、パルンガ。俺は前よりも少しはマシになったって思わないか?」



「ガルルルルッ…」



「そんなに興奮したままで俺を倒せると思うなよ。俺はそんなに甘くないぞ」



シャッ!



カキィィン!



「…危ねえな」



手から伸びる爪は思った以上に大きく鋭い。あんなもの、皮膚の下に隠してたなんてな。

さすが獣だな。

こいつが成獣になったら、何処まで強くなるんだろうな。

今の俺への攻撃で、体に無理がきたか。パルンガの片足太ももの筋肉がボコボコと動き回っている。

そして、服を引き裂く様な音がパルンガの体の中から聞こえた。



「パルンガ!?大丈夫か!」



「実に面白い茶番だ、リョウマ族よ。手緩い闘いを皆に披露して、受け入れられると思っているのか?このハムカンデを愚弄するつもりか。その芸は誰にも享受出来ぬものと捉えよ…」



何だと?

お前がやらせているのは、仲間同士の争いだ。

誰だってやりたくはない。

お前だって、仲間がいるのなら、そいつとは争いたくないだろう?



「グルルルッ…」



「パルンガ、大丈夫か?」



「…ス」



「パルンガ?」



「殺ス!!」



シャキッ!



「うっ…!」



「素晴らしきゼドケフラー!お前の闘争心を称賛する。闘争心を失った愚か者に用はない。ゼドケフラー、その目の前の敵を抹殺するのだ」



クソ野郎がっ!俺を殺させるつもりか?その前に、俺がハムカンデ、お前をやっつけて…やるっ!



「サイクロス!回り込んで、背後から斬れ!君が目の前にしているのは、もはや死体同然の相手。成獣になれなかった、手遅れのゼドケフラーの幼獣に過ぎない」



グラッチェリ?この裏切り者が、今さら俺に何を言ってやがるんだ。

あの猫女といい、お前といい、俺を骨の髄まで利用しようとしやがる。

てめえらの言葉なんか、何一つ信用できるかよ!?



「サイクロスだって?それは傑作だ、頭目!」



メベヘ!?

何が傑作だ?グラッチェリが俺をサイクロスと呼ぶその名前に何か意味があるのか?

しかも頭目とか呼びやがったな。

グラッチェリ、てめえは、まさか黒眼こくがん五人衆の頭か!?

本当に…。

本当に、ふざけやがって。

ちくしょう…。



「ガルルルルッ!」



さっきパルンガに爪で攻撃された箇所、首辺りをやられている。まさか、傷が深いのか?

血が流れている気がする。

油断していないつもりだったのに、またやっちまった。

情けない。

俺は決して優しい方じゃない。

それなのに、相手を気遣うのが命取りになるこの世界で、相手を少し気遣ったから、その代償って言いたいのか?

もう1人の俺はどう立ち回ったんだろうな。

冷酷になりきったのか?

俺は到底なりきれない。

正直、そうなったら、生きている意味なんかないと思えるから。

いや、そんな事はない…。

どんな事をしてでも、生きて自分の世界に帰らないといけない。

母さんや友達、俺の知っている人達がみんな当たり前の様に生活している、俺にとって当たり前が広がる世界に戻りたい。

高校だってまだ1年なんだ。

父さんのせいで、家庭がぐちゃぐちゃで、それに振り回された様な中学生活だった。

もしかしたら、俺のせいでもあるかも知れない。

高校に入って、とうとう父さんは家からいなくなった。

でも俺の人生、またやり直すつもりだったんだ。

こんな世界で人でなしばかりの奴らに囲まれて、こんな本当は持たなくてもいい様な剣を持って、そして死ぬなんて冗談じゃない。

必ず、帰らないと。

この世界に俺の居場所はない。



「ガァアアアッ!!」



ザッ!



ビューーーンッ!!



また飛び込んできたな!?パルンガ、もうその攻撃は通用しない!



ザザッ!



「ガァアアアッ!」



シャッ!



ガッ…。



ゴロゴロゴロゴロ…ッ!



カツッ!



パルンガが俺に突進して爪攻撃をしてきたけど、かわされて、足に踏ん張りがきかなくなって転がって竜の杭で頭をぶつけた。

もう体力の限界か?

もう止めよう、パルンガ。



「ハハハハッ!こんなに醜いゼドケフラーを見るのもおもしろいな!?何かスッキリするぜ!」



「闘い方も不格好だし。本当にあのエズアと同じ種族なの?」



「攻撃している方が先に死にそうだな。その前にこちらが笑い死にしそう」



気分の悪い奴らばっかりだ。

なあ、パルンガ。これ以上闘っても、体がついてこない以上、うまくは闘えない。それをイカれた奴らから好き放題言われるのなんて、お前にとってもそれは光栄な事じゃないだろう。

もう止めよう。

パルンガの体の中がまた何かうごめいている。

そのままじっとしていればいい。

体がまともじゃないんだ。

これ以上闘ったら、お前は死ぬぞ。

それなのに、起き上がる手を震わせながら、何とか立とうとしている。

どうして?

そんなにも俺を倒したかったのか。

もう、二度と俺達の関係を元の様に戻したくないって、そういう事か?



「幼獣のゼドケフラーの最後だ。ああなったら、もう成獣にはなれない」



「!?」



誰だ?パルンガの体はもう成獣にはなれないって…。



「グルルルッ…。グゥゥオォ」



「パルンガ、もう立つな!?」



パルンガの体の中で何かが破れる様な音が聞こえる。その度、お前の目が悲鳴を上げてる様に見えるんだ。相当痛いんだろう?

もう、止めてくれ…。

俺は、お前と闘いたくないんだ。

これ以上、お前の体はもたない。

ムダな闘いは止めよう。



「なあ、パルンガ。もう闘うのは…」



「グルルル…」



足をかばう様な歩き方で俺にまだ向かってこようとする。命を賭けてまで、俺を倒したいほど憎いのか?

それで死んでも、お前は悔いがないのか?

俺はお前の攻撃をかわす。

でも、お前になんか攻撃できねえよ。

そんな体で、死ぬまで攻撃して何になる?

何の得があるってんだよ!



「パルンガ、俺の声が聞こえないのか?」



「殺ス!」



「殺すって何だよ!?」



「絶対に、倒す…!」



「倒すって、どうしてそんな事…」



俺を倒してお前は満足なのか?お前が城の監禁部屋みたいな所で閉じ込められてから、何があったのかはわからない。でも、お前を助けに城に入るまで、お前の事、どうでもいいなんて思った事はなかった。

確かに、城にお前を助けに行った時、お前は俺に殺すと言った。お前が恐ろしかったよ。結局、この世界の奴らとは誰もわかり合えはしないんだって、思ったよ。

お前とは別れた方がいいって思った。

あそこでお前を解放しても、俺は殺されると思った。そして、この街の奴らを殺して回る様な気もした。

だから、置いていった。

でも、思い直したんだよ。お前をこのままこの街に置いていても、俺とっても、お前にとっても、何の解決策にもならないから。

それなら、お前と話し合って仲直りして、俺とまた旅に出ればいいって。

ベルダイザーを探す旅に。

だから、もう怒りを鎮めてくれよ。

自分の体がまいるまで、俺を殺そうするな。



「パルンガ、俺が助けなかったから、恨んでいるのか?」



「ガルルルルッ!」



「お前、このままだと死んじまう。もう、闘いは…」



「オデは諦めない…!」



「パルンガ…」



周りの奴らから闘いを煽る声が大きくなっていく。こいつらはこの誇闘会ことうかいが唯一の楽しみなんだろう。

いつもは敵襲か街の奴らとの衝突で空の監視に感情抜かれたり、黒眼五人衆のゲルの無差別殺人を怖がってか、ほとんど家から出てこない。

死んだ様に静かな街、葬式街の唯一の楽しみ。

虚しい奴らだ。

そんな人生、何が楽しいんだ?

この街なんて、なくなれば本当は今よりみんな幸せになるんじゃないのか?

こんな街でいい気になっているのは、ハムカンデただ1人だろう。

それなら、いっその事。



「!?」



パルンガ!

どうした?うずくまって動かない!?



「自滅かよ?ゼドケフラーなんて所詮こんなものなんだよな」



「他愛のない。何の攻撃も食らっていないのに、死んだ。エズアの様に変に暴れなくて死んだんだ、良かったのかも知れない」



くそっ!



「パルンガ、しっかりしろ!?」



「リョウマ族よ、そのゼドケフラーはまだ死んではおらんぞ。だがその命も風前の灯火。神獣と謳われたその存在が己の攻撃が当たらず、過労で果てたと世に知れたなら、この上ない恥だろう。だから、手助けをしてやろう」



ハムカンデ!?

またこけし野郎に合図を送ったな?お前はまた吹き矢の針でパルンガを狂わせようとしてるんだ!?



「ハムカンデ、もう止めろ!」



「止める?君は今日この場所で、私に力の証明をすると約束しておいて、何も始めていない。それなのに、止めるという言葉は到底この状況において、似つかわしいものではないな」



「そんな事…!」



「いや、宝酷城ほうこくじょうの天守層にて、君は約束したのだよ。あまり言葉で遊ぼうとするな。死よりも辛い思いをする事になる」



「やれ!」



「はっ!」



くそっ!この街に来て、このハムカンデに全部はめられていってる様な気がする。こいつにだけは関わるべきじゃなかったんだ。



「待てっ!!」



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