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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その231

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俺、この牢屋の中で誰かとここで話していなかったか?

おかしいな。

真っ暗闇で全体がはっきりと見渡せないけど、特に誰かの気配を感じる訳でもない。

まあ、気のせいか。



「ん…?」



俺、シブに首の横あたりを斬られてたよな。

そんなに浅くもない傷口だったのに、まさか塞がっていないか?

こんな短時間で、あの傷口を?

自然治癒はあり得ないだろ。

やっぱり、俺。誰かと一緒にいたんだ。

くそっ。

思い出せない。



「ぐぅ…っ!」



何だ?

誰か、少し離れた場所で、うめき声を上げたな。

誰だ?



ガシャンッ!



「だ、誰だ!?」



牢屋の外にあるロウソクが揺れている。

何かが、横切ったんだ。

あまりの速さと、大して周りを照らさないロウソクの明かりで、何が通ったのかわからない。





この牢屋は前後左右四面のうち、鉄格子は前面のみだろう。他は風の通りを全く感じない。

後ろから誰かが現れる事はないとは思うから、前面の開閉口のある鉄格子の方を注意していないとな。



「…こんな布で、私の顔を覆って。枯れ木の様に、茶色の布。こんな物を持ち歩いて、趣味が悪いんよ、お前」



「!?」



まさか、この言い方、シブか?



「可哀想な奴なんよなぁ。私を惨めに思ったのか、逃げる足を止めてこんな布を私に被せて」



「だから、そんな目に遭ったんよ。お前の運もそれで尽きた」



残忍な古球磨ごくま族、そうだよな。やっぱり、俺の考えが甘かったんだよ。暮梨くれなしとシブは別人、そんな事はわかってたのに。

わざわざ、この牢屋まで殺しにきやがった。

俺の手元に大剣はない。

この状態でシブと戦える訳がない。

はぁ…。

情けないな。

切り株街でもわかったはずじゃないのか?

心のある奴なんて、この世界にいないし、期待しちゃダメなんだよ。

それなのに、また俺はやっちまった。

どうやって対処するんだ?

シブみたいな粘着質な奴に目をつけられた時点で終わりだったんだよ。



「私がハクマをお前の中で見つけたのと同じさ…」



「?」



「私の中で、お前は誰かを見つけたんか?」



シブ。お前、俺がお前を暮梨と重ねて見てた事、気づいていたのか?



「私は古球磨族のシブ。そんな事もわからないなんて、バカで可哀想な奴なんよなぁ?」



そうだよ。お前は古球磨族。俺の知ってる暮梨とは、似ても…いな…。



カチャンッ。



ギィィ…。



「ほら、続きだよ。お前が提案したんよ。村から逃げるハクマ。その後は、わかってるよねぇ?」



こいつ。

牢屋の鍵を開けやがった。

そうかよ。村から逃げるハクマを捕まえて、殺し損ねたんだったよな。そこからやり直したい訳だよな。



ガシャンッ!



「ほら、お前の大剣だよ。せめてもの情け、それを持たせてあげる。さぁ、再開といこうじゃない…」



ガッ!



そうかよ。

でも、これは大き過ぎる好機だ。

これをものにする。

俺は、絶対に元の世界に帰ってやる。今度こそ、本当に…!



よぉしっ!



ダダダッ…!



「いい走り方だねぇ!?さぁ、いくよ!」



突き当たりの壁にロウソクがあって、1階への階段の1、2段あたりが見える。

一気に駆け上がるしかねえ!



「ハハッ!お前、ケガしてた割によくそこまで動けるよなぁ?」



ダダダッ!




はぁっ!



はぁっ!




はぁっ!



バァンッ!



1階への開き戸を思いっきり開けちまった!?

でも、1階にいた3人は、確かシブが殺してもういないはずだよな?

真っ暗でよくわからねえ。とりあえず、止まらないで行くしかないよな。



「ハクマッ!」



シブが俺に追いついてくる!?は、早く城の外に出ないと!




ダンッ!



ダンッ!



何処だ?出口は…。

ここだな!?

あ、かんぬきがしてある。



「くぉお…っ!」



ドカッ!



はあっ!



重てえな!

でも、外したぞ。



ギィィ…ッ!



「ハクマッ!そんな遅さで逃げられるとでも思ったんか!?」



「わあっ!?」



ダダダ…ッ!



あああ、城の正門から下に伸びる階段!すっかり日が落ちた夜に、一定間隔で続く階段横のたいまつが、階段を揺らす様に照らす。足が攣りそうなほどの高速回転、もつれて転びそうだ。

でも、止まったら、すぐ後ろから追ってくるシブに追いつかれちまう!



「こいつ!?まさか、散々痛めつけてやったのに…!」



「逃すなよ!今度こそ瀕死の状態にしてやる!」



階段下にいる奴ら、まさか!?

間違いない。

何でまだ浮浪殲滅部隊の奴らが残ってんだよ!?

くそっ!

今度こそ、戦うしかねえ!

でも、後ろにはシブが迫っているんだ。

一瞬で浮浪殲滅部隊の奴らを倒して、突破するなんて、俺にそんな力はないのに!

そんな弱音入ってる場合じゃないよな。

俺は、やるしかないんだ!



「腕の一本や二本、切り落としても、問題ない!リョウマ族、覚悟しろ!」



浮浪殲滅部隊の2人が左右に引いて、少し体の大きい奴が正面で刀を構えている。

くそっ!

こいつら、こんな時には、連携取りやがる。

俺が正面の奴に手こずると、左右の奴から死角からの一撃を食らうって事だよな?

そして、後ろにはシブが迫ってくる。これは滅多刺し決定じゃないのか?

俺の生存率が限りなくゼロになっていく気しかしねえ。

だからって、このまま黙って死ぬ訳にはいかねえんだよ!



「おらあっ!」



ガキィィンッ!



ちくしょう!大剣で振りつけてやったのに、そんな細い刀で受け切りやがって。

見た目通り、力のある奴だ。



「ハクマッ!お前の力はそんなもんなんよ!?」



後ろから…!?

止めろっ!

シブが鞘から刀を抜いた!?



ダメだ。



俺、殺される…。



「秘技…!」



「変幻稲妻斬り!!」



ズバッ!



ヒュンッ!



ズバッ!



「ぐわ…ッ!!」



ヒュンッ!



ズバッ!



「ぐぶぉぉ…ッ!」



「ガッ…ハッ!」



ドサッ…。



飛び散る血がたいまつに焼かれ、空に還る。

目の前の惨劇に、息を飲んだ。



「ほら、ハクマ。お前の父親は、黒い灯籠の先だ!」



「シブ…。お前」



シブは、刀の軌道を浮浪殲滅部隊に向け、俺の行く先を遮っていた奴らを次々と斬り倒していった。

何で?

まさか、お前。



「キャハハッ!ハクマ。私は古球磨族失格なんよ!」



「私はお前を追っていた時に、あの村にいたハクマの事を思い出していた」



「だから私は、お前を…」



「生かす道を選択するんよ!」



「!?」



…バカ野郎。

そんな事して、お前。



…。



なあ、暮梨。



こいつ、古球磨族なんかに生まれてこなければ。

きっと。



きっとさ…。

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