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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その194

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カツンッ!



カツンッ!



「昨日の力試しの成果が、出てる?よね。さすがは、サイクロス。その調子?だ、よ…」



上下の打ち分けがうまい。グラッチェリはやっぱり、強い気がする。しかも、俺に合わせて木刀の振る速さを調整している。

俺を鍛えてくれている…。

何でだ?

何で、俺なんかを。

俺と一緒にこの街を脱出したいからか?

俺は他の奴らと違って、信用できるって、思ってくれたのか?

それなら、話は早い。

いつ、どうやって、脱出できるんだ?

教えてくれ。

グラッチェリ、俺はあの猫女の提案通りに毒薬を飲むなんて、危険を冒したくはない。

俺は。

どうしたらいいんだ?

教えてくれ。



「木刀の運びに乱れがある。どうした?戦いに集中しなければ、待っているのは、死だよ…」



グラッチェリ…。

言葉を途切れ途切れにして話す時もあれば、たまにそうでもなく流暢に話す時もある。

お前は、俺を騙していないよな?

俺は本当は、誰かを信じて安心したいんだ。

近くにパルンガがいない。

不安でしょうがないんだよ。



カツンッ!



カツンッ!カツンッ!



「この街を、出たい?んだよね。わかってる、だから。一緒に、出ようって?言ったんだよ…」



「…どうやってだ?」



「君が明日…」



「俺は、明日まで待ちたくはないんだよ!」



明日になったら、俺が生きている保証がない。

…。

じゃあ、パルンガは?

もちろん。

助ける…。



「君が明日、あの宝酷城で、ハムカンデ様の前で、力試しをする?んだ、よね…」



「ああ。そうなっちまう…」



「それなら、戦っても死なずに生き残る努力をしてみたら、どうなんだ…」



「!?」



「この弁帝街べんていがいで、今日、明日と、日々確実に命が保証されている者なんて、誰一人いない」



くそっ。グラッチェリめ。そんな事はわかってんだよ!ただ、俺が生き残る可能性はほぼ皆無に近いだろうが。俺はこの世界の連中みたいに戦い慣れてる訳じゃないんだから。



「フフ…。おもしろい顔をしているよ。でも、少しは顔色に血の気が出てきたんじゃないのかな」



カツンッ!



カツンッ!カツンッ!カツンッ!



「君が生き残りたいのなら、まずは明日の戦う相手を倒す事だ。そうしたら、僕が君と一緒にこの街を脱出する方法を教えようじゃないか…」



「俺は。ハムカンデに地場止グレイクを受けているんだよ」



「フフ…。だろうさ、ハムカンデ様は、新参者で天秤に掛けるに足る者には、その様にするのさ」



それでも、俺をこの街から脱出させる事ができるって、そう言いたいのか?

でも、俺に何を期待している?お前一人でも、本当はこの街から逃げ出せるんじゃないのか?

わざとそうしない?

それとも、俺と一緒じゃないと、脱出できない理由があるのか?



「明日、誰が相手だとしても、君は…必ず、相手を、倒すんだ」



相手は決まっているんだ。黒眼こくがん五人衆のナグだ。殺人集団の1人だよ。そんな奴相手に、まともに戦えるはずがないだろう。



「フフ…。その君が持っている木刀は、昨日君に手渡した木刀よりも長いものだ。それなのに、十分、接近戦でも僕の太刀に対応できてるじゃないか」



「だから…。明日の相手にも勝てると?」



「さあ?どうだろう?ねぇ…。僕は、君じゃないから!」



くそグラッチェリが。ひとをからかってんのか?



カツッ!



カランッ、カランッ…!



「集中力が切れた…。ほら、君の体に死が一杯に広がった。何処を突いても、絶命必至さ」



「この木刀が、真剣だったなら、ね」



「…」



グラッチェリは、明日の宝酷城での戦いを勝ち抜いた俺を必要としている。

それは何故だかわからない。

でもそれじゃないと、俺に価値を感じないみたいだ。

一緒にこの街を抜ける価値もない。

そういう事か?

グラッチェリ。



「さぁ、君にはまだ命がその胸の中にある。もう一度、僕との力試しをするのなら、その落とした木刀を拾うといい」



「そうか、わかったぞ…」



「さすが、サイクロス。早い、ねえ!」



「お前は、俺が明日、宝酷城で戦う相手を知っているんだな?そいつに恨みがあって、俺を使ってその恨みを晴らそうってんだろう?」



どうした?図星じゃないのか?



…。



ハハハ、ほら当たった!



俺を使って、恨みを晴らしたいって事なんだろ?



お前も、俺を利用して…。



「君が僕の聞いた事のある人と同じなら…」



「!?」



「大抵の相手になら、負けはしないよ…。その相手が誰であろうとも」



そうだった。多分、こいつは、もう1人の俺の事を、直接ではないにしても知っている。

こいつがほしいのは、もう1人の俺?

それを確かめようとしている?



「どういう選択をするのか、それは君次第だよ。さぁ、その木刀を拾うんだ。少しでも力をつけた方が良いだろう。君は、とても有望なのだから…」



有望…?

何に対して有望なんだよ?

俺をどういう風に利用しようとしてるんだ?

それとも、俺が疑い深くなっているだけか?

誰かを信じたい。

信じて安心したいのに。

それができない。

本当にイヤな世界だ。

こんな場所、早く抜け出したい。

早く、俺の世界に戻らないといけないのに…。



ガッ!



「木刀を拾ったな。英断だ、サイクロス。では、続きを始めようか」

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