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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その191

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俺が毒薬を飲んで、消札を持ってくる。そうしたら、この猫女は解毒薬をくれるって言った。

俺には時間がない。だけど、焦ってその毒薬を飲んだら、俺はこいつの言いなりだ。

消札を全部よこせって言ってきたら?もしかしたら、別の要求をしてくるかも知れない。最悪な場合、俺の口を封じるためにそのまま毒にやられるのを待つのも考えられる。

何にせよ、俺の命がこの女の手のひらに乗るんだ。

この手の誘いに乗ったら、終わりだ。



「どうしたんだい?時間なんてないんだよ。あんたが、明日のハムカンデ様御前の力試しで相手を倒す自信があるのなら、話は別だけどねぇ?」



…。



「何を薄ら笑いを浮かべて…。虚勢を張るんじゃないよ」



こいつ、何か隠しているのか?

ずいぶんと落ち着きがないじゃないか。顔を触って、何か心配事か?

時間がないのは、俺。

それとも、もしかしてお前の方か?



「俺が毒薬を飲んで、消札を持ってきたら、解毒薬をくれる保証なんて何もないのに。お前が俺の立場だったら、毒薬は飲むのか?」



つり目がより上がっていったな。人を今にも食い殺しそうな恐い目つきを、やっぱりお前もできるんだな。



「お前は、私を信じるしかないんだよ。それ以外に、お前が生き残る術はないと、断言してあげるよ」



さぁな。それはどうかな?

俺はこの世界に来て、簡単に信じる事も少なくなかったけど、でも今は、どんな奴に対しても、この世界に住む奴らには何処か疑いの目を向けてんだよ。

人を信じる事の愚かさっていうのを、植えつけてくれたおかげでな。



「この街には、利用価値のある奴にしか生き残る術がないのさ…。お前がオーロフ族の役に立つと思われたなら、いい様に飼い慣らされる。そう思われなければ、それに相応しい死を与えられる」



まるで、お前が俺の事を利用価値があるかないか見定めようとして言っている様にも聞こえるけどな。

こいつ、俺にもうこの街から出られなくされているみたいな事言って、城にある消札を手に入れたら、街から出してやるって、そう言って城に行かせておいて、そこでハムカンデに魔法で本当にこの街から出られなくされた。

人をはめやがって。

ちょっとした優しさを見せる時もあるけど、この世界の奴らはそれを武器として殺しにかかるからな。

こいつには食べ物をもらったりもしたけど。

ハムカンデを、今もまだ様付けして呼んでるんだ。こいつは、絶対にまだハムカンデと繋がっている。

こいつは信用できない。

でも、今度はこいつの上を行って、騙されたフリして、利用できないかな。

何か方法はないか?

まだ朝だ。

明るいうちに城に忍び込むバカもいないだろう。

この猫女も、今すぐに城に行けとは言っていない。

少し、考える時間をもらうか。

こいつの提案は、前向きに考えるフリして。



「この街での結末を、よぉく考えてみる事だねぇ?あんたに多くの選択肢なんてないって、気づくべきなんだよ…」



「そうだな。俺は、そんなに想像豊かな方じゃないから、早いうちに決断した方がいいのかもな」



「本当に下す決断はわかってるみたいだけど、その要らない誇りとやらが邪魔するんだろう?あんたがあの城に行くのは、夜だ。だけど、決断はそこまで待てはしない。こちらとて準備ってもんがあるんだからねぇ?」



準備、か。



「街を少し回って、頭を冷やしてくるよ。だけど、俺には確かに選択肢はないよな。答えはもう、選べないのかも知れないけど…」



「フフ…。いいよ。街を回って、肺いっぱいに空気を吸い込んで、生きる喜びを実感するといいのさ。私はあんたを気に入ってるんだよ。死なせはしないよ…」



おもしろい事言うんだな。毒薬を飲まそうとする奴が。

もちろん、お前に殺される訳にはいかないさ。

俺はこんなところで終われはしない。

自分の世界に帰って、そこから俺の本当の物語は始まるんだ。
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