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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その185

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黒い霧が薄くなり空が少しずつ明るくなった。だから、霧が完全に晴れると、辺りに明るさが戻る。

そう思えた。

そして、黒い霧は完全に消えたんだ。

多分、消えたんだ。

でも、黒い霧が消えると、目の前の景色が全て、白と黒の2色に振り分けられた気がした。

そして、辺りはまた、明るさをなくした。



『うわっ!』



俺は目眩しを食らった様にふらついて、自分の手が視界に入った時、俺の手の肌が黒く、影の部分は白くなっていたのに気づいた。

多分、2色になったというだけじゃなく、黒いものは白に、白いものは黒く反転している。

俺を待ち構えていたかの様に、目の前にうねりながら俺を見下ろす化け物もまた。

この化け物は、白黒反転した白い瞳で、俺に格の違いでも知らしめる様に、凝視している。

黒い霧が晴れた瞬間、最初の一瞬で見えたこの化け物の体は、限りなく黒に近い紫色をしていた。今は、明暗が反転して、今はほぼ、白く見える。

俺は、こいつに招かれたんだ。

なんて威圧感だ。

巨大な化け物は、白黒で、しかも反転しているせいもあって、姿がわかりづらい。

まるで、自分の全ての情報を俺に知られる事を拒絶する様に。



『強欲に駆られた者よ…』



何?お、俺が強欲だって?



シュルルルル…ッ。



『この星に蔓延る全ての種族を統べる存在となる、ある者はそれが望みだと言った…』



お、俺は一番になりたい訳じゃない!

しかし、なんて巨大な生き物なんだ。太くて長い首を上に上げた時は、10mほどの高さにまで上がってる。

目が慣れてきて、相手の姿が少しずつわかってきた。

こいつは蛇じゃない…。

翼がまるで剣や槍の集合体にも見えるほど刺々しい形をしている。こいつは、竜だ。

ただ、この竜の目は、恐ろしく冷たい目をしている。ただ色が反転しているからという訳じゃない。顔を俺に近づけて話す時の目が、今にも食いちぎろうとする様な非情な目を向ける。

恐くて、心臓が張り裂けそうなほど高鳴る。

落ち着け、これは夢だ。

夢なんだ…。



『ある者は、この星の種族を根絶やしする事が望みと言った…』



的外れな事を言っている。そんなもの、俺に聞かせても同じ事なんか考えていない。俺の事を試しているのか?俺の反応を窺っている?



『私は、あのオーロフ族には失望した。時間は永遠を刻みはしない。刻一刻と、状況は変化しているのだ。だが、お前は私の期待に応えてくれそうだ。そうだろう?』



オーロフ族?まさか、さっきいたこけしがハムカンデの顔をしていたのは、意味があるのか?



『お前のどの様な大きな望みも叶えてやろう』



『ただ、私が伝える事を成す事が条件だ』



『条件…?』



『闇夜に明かりの消えた建物の内一つ、その壁を剥がし切り、中にある鱗に魔闘石ロワなるものを取りつけよ。そして、日々、1人ずつその場所にこの集落に集う者共を捧げるのだ。ただ、それだけだ』



『時は満ちたのだ。お前の使命は、ただそれだけだ』



『俺は…』



『お前の背後に致命の傷を負わせようと企む者共に対し、何を躊躇う事がある。お前には、それ以上の事を期待はしない』



『いや、俺は…』



『これは使命なのだ。そして、この事を聞いたお前が今更、拒絶する事も出来はしない。その様な事をすれば、お前は目覚める事はない。私と共に永遠に響く死の旋律に耳を傾ける事になる…』



お、俺は?まさか、死んでるのか?それとも、俺を殺すと言ってるのか?



『お前の選択肢はただ一つ、私の言った事を成し、己の願望を果たす。ただ、それだけだ。それ以外の道は道にあらず。即ち、それは死を選択したも同然』



『や、止めろっ!』



この悪どい竜の声が、電波が悪い時の携帯電話の声みたいに壊れている。恐い…!なんて恐い声で話すんだ。

これ以上、話していたくない。

頼むから、許してくれよ。



『お、俺は…何もできない。ただ、帰りたいだけなんだよ』



『この集落からの脱出を望むのか?いや、違うな…』



『お前はまさか…?』



『フハハハハハッ!尚更、都合が良い存在だ。そうだな、頃合いでもあったのだ』



『では、お前に…取り憑いて…やろうぞ』



『や、止めてくれっ!』



『フハハハハハッ!』



『輝きの弱いその魂を…!ひと思いに喰らい、その器に入るとしよう。これはお前にとって、偉業とも言える行為なのだぞ。お前の魂は、永遠に私と融合し、生き長らえる』



『や、止めろッ!!』



『忌々しいギルロの下僕の魔法も、延々と続いた他愛無い争いのおかげで効果も薄くなった様だ。お前程度になら、直接繋ぐ事もできよう…!』



や、止めて…!俺は自分の世界に帰りたいんだよ!!お前みたいな化け物に取り憑かれて、いい様に動かされたくない!!



『うわぁああッ!!』



『この空間は私の創造だ。お前に何ができるというのだ…。足掻くな』



『…』



イ、イヤだッ!



誰が、お前なんかに…!



『止めてくれえッ!!!』



ドクンッ!



ドクンッ!ドクンッ!



うっ!?



何だ、俺の体の内側から、何か熱いものが反応して広がっている。

あ、頭が熱いっ!



はぁっ…。



はぁっ…。



はぁ。



はー。



何だ?少しずつ気持ちが落ち着いている。

押し潰されそうになっていた喉が開いていくのを感じる。

呼吸がしやすい。

さっきの異常な熱さがウソみたいに、今度は何だか温かく感じる。これが、この目の前の竜に憑依されている証拠なのか?



でも、何だか。



そんな気は、しない。




『名を名乗るがよい…』



…。



俺の名前?

俺は、矢倉郁人やぐらいくとだ。でも、それはもう俺の名乗っていい名前じゃない。先にこの星にたどり着いたもう1人の俺が名乗るべき名前だ。

俺は、名乗る資格がない。

俺は命乞いで、相手の思惑通り、名前を否定したんだから。

俺はテテ?

それとも、サイクロス?

どう名乗ればいい?

でも。

俺が何かを伝える必要がない事を、俺の中にある温もりが教えてくれた。

そうなのか?

しかし、この温もりは、誰なんだ。



…。



そして、俺の口から言葉が出た。



『お前に伝える名などない、闇竜七種頭ゲゼ・ハゾルよ…』



『!?』



『ほう…?』



『私にとって、お前は一握の砂程度の存在でしかないのだ、闇竜よ。その様な存在のお前が、私にものを言うとは』



俺の口からそんな言葉が!勝手に口が動く。これはやっぱり、夢なんだ。そうじゃないと、そんなに相手を挑発する事を言ってたら、この後、すぐに殺されちまう!



『私が誰か、感じてみろ…』



『グゥヴヴヴ………』



目の前の竜が怒りで目を光らせながらも、少しずつ姿をくらませていっている。

俺の口から出た言葉に気圧されてる?

まさか、このまま消えてくれるのか?

そうだ。

このままいなくなれ!

そうだ、このまま…。

いなくなれっ!



…。




消えた。



今、俺の口を使って言ってくれた人は、俺の知ってる人じゃない。

しもべじゃない。

なら、誰なんだ?

今、少しずつ実感している。

多分、俺の口を使って言ってくれた人は、とてつもない力を持っている。

大きな事を言ってたけど、ウソじゃない。

何で、俺を助けてくれたんだ?




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