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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その179

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軽快な駆け足が後ろから聞こえてくる。確実に追いつかれる。そう思って、左に右にと角を曲がり、振り切ろうとしても、遅れを取らず、追いついてくる。



「いい加減、諦めろっ…!赤い空の下で、その刀は触れないぞ」



そんな言葉を吐いたら、シブはその言葉に逆らう様にして、足音をさらに高く鳴らして、追いつこうとしてきた。

身につけた鎧はランニングスーツじゃないんだから、ハンデがほしいところだ。まさかこんなにバカみたいに走る奴がいると想定して、こんな鎧を設計していないだろうな。いるんだよ、ここに。鎧で全力疾走してるのがよ。



「お前は絶対に、許さない!」



ああ、そうかよ。別にお前に許してもらおうなんて思ってはいないんだよ。勝手に包帯が解けて、俺に見せてきたんだろうが。それを俺は別に何も言ってなかったのによ。さっきのは、お前の逆恨みの度合いが強いのと、突破口を見出すために、少しだけ酷い事を言っただけだ。

お互い様って言葉もわからないんだな!



「…?」



ついに諦めたか?後ろから追いかける足音が聞こえなくなってきたぞ。



はぁ…。



はぁ…。



「よし、もういいだろう…」



俺が駆け足の速度を緩め、立ち止まろうと思った瞬間、死角だった家と家の隙間から急に現れ、構えの不十分な俺に横からぶつかり、そのままの勢いで近くの黒い家の戸に押しつけ、戸を破り、家の中に突き飛ばされた。



「ぐわっ!」



「この家にも、屋根にいくらか空に感情を抜かれる事を阻止する魔法が施されてるんよ。この家の主のオーロフ族はすでに感情を抜かれている。戦いの邪魔をする者なんていないのさ。安心してその大剣を私に振ってみなよ!」



俺を苛立たせて、怒り任せに剣を振らせて、空に感情を抜かせる気だろう。そうはいくか!

10畳くらいの広さの板床の部屋、背の低いタンスがいくつか見える。隅の行灯の明かりで、シブと、うつむいて正座している誰かの影が伸びる。



「仕切り直しといこうねぇ、リョウマ族!」





シャキンッ!



「!?」



刀を抜いた!?こいつ、本気だ。



「女の顔を侮辱した罰を、その身に味あわせてやるからねぇ?」



カチャッ!



「俺と戦って、何の得があるって言うんだよ…」



「キャハハッ!お前を生かして、私に何の得があるって言うんだよ?意味不明な事を言うんじゃないよ!」



この家の中で戦って、どのくらいこの家の屋根が守ってくれるんだ?こいつは、魔力を蓄えたオーロフ族相手にこういう状況で戦って、相手の方の感情を空に取らせている。慣れているんだ。それに対して、俺は戦う時の怒りの感情がどのくらいなのか、どう制御して戦えばいいのかわからない。明らかに、分が悪い。



「今さら、クリッキーの事を言ってもダメだからねぇ?」



何だこいつ!?やけに菓子の事についてひつこいな。

このまま、負ける訳にはいかない。

どうにかしないと。
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