上 下
242 / 399
第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その164

しおりを挟む
ティデと思った東角猫トーニャ族は、最後まで名前を言いたがらなかったな。

本当は、ティデって名前じゃないのか?

そして、俺の名前を聞かれた。

俺は、テテだと答えたら、バカにするんじゃないよと返してきた。

ゼドケフラーの幼獣が、相手の事を呼ぶ時、テテと呼ぶのを知っている様だった。

たまたま同じなだけだと、思ってはくれないよな?

俺の名前は、この世界いる間は、テテでもいい。

矢倉郁人やぐらいくとという名前は、この世界に先に来ていたもう1人の俺が実力と共に広めている。

じゃあ、俺は?

矢倉郁人を名乗れば、俺には荷が重い。

名無しでも、テテでも、どちらでもいい。





この街は黒い家が並ぶ。その家の中にオーロフ族がほとんど一日中、閉じこもってるのかな。

朝に奴隷の東角猫族が魔力集めに街を出て、街にはオーロフ族や価値を認められた種族がいる。

でも、あまり外には出ていない。

たまに道で見かけるオーロフ族は、箱を持って宝酷城ほうこくじょうに向かっている。

中には何が入っているのかな。

税金を納めに行ってる?

俺を白い目で見るのは、どのオーロフ族も同じだな。

剣を持って歩いているから?価値を認められていない街に来たばかりの奴が、外を堂々と歩いているから?その両方か。

俺はハムカンデに魔法をかけられて、この街周辺以上は出られないという事だけど、何処まで行けるのか、試してみたいと思った。

だから、この街に降りた長い階段を上ってみようと思ったんだ。

その階段に近づくにつれ、オーロフ族に声をかけられた。

おい!とか、リョウマ族!とか、そんな感じで。

ハムカンデに力を見せるっていうのが知れ渡ってる?それとも、この街に入った時点で、ここから生きて出られないのが確定しているから、それを強引に出ていこうとしている様に見えて、それを咎めている?

それらを無視して、俺はひたすら歩いて、長い階段の前に来た時に、包帯を巻いた女が後ろから、止まりなよと声をかけてきた。



「明後日にハムカンデ様の前で力試しと、言ってたんよなぁ…?それなら、その階段を上る必要はあるのかなぁ」



黒眼こくがん五人衆のシブ。でも、ゲルは側にいない。



「今、私以外の誰かを確認したねぇ?もしかして、私だけなら、どうにかなると思ったんかなぁ…。その考えが過ちだと、教えてあげようか?」



バカにした口調がムカつくな。俺をどうやって引き止める?その腰にある刀を抜くか?空に感情を抜かれるんだろ?止めとけって。



「このすぐ近くにある場所に連れて行く事で、お前との戦いは可能。赤い空に期待しても、無駄なんよさぁ…」



あの猫女の、家に黒い塗料を塗る前に書いた魔法の事を言っているのか?その家の中なら、ある程度は戦える?



「この長い階段を使って、明後日の力試しに向けて鍛錬してもいいよな?他にいい稽古場所なんてないし」



「…いいからさぁ、その階段に掛けた足を下ろしなよねぇ?その足が惜しくないのなら、何も言わないけどねぇ」



「俺は、ハムカンデに魔法をかけられているから、どうせこの街の周辺からは出られないんだよ。その中でなら、自由だろ?」



「キャハハッ!お前に自由なんてないんだよぉ。私達黒眼五人衆は、この街中での住人の見回り役なのさ、下手な事はさせられないんよなぁ」



俺より少し若そうな包帯ぐるぐるちゃんが、何を偉そうに。

赤い空がある限り、俺は言う事を聞くつもりはない。

さぁ、行くぞ。



カツッ!



「階段をさらに上ったねぇ?いい度胸だよ、お前さ…」



ポリポリッ。



こんな時に、何食ってんだ?

ん?こいつ、棒のクッキー食ってんのか?まさかそれは。確か、クリッキーとかいうお菓子。



何か、腹減ったな。

もしかして、本当に俺の知ってるお菓子だったりしないかな。



「それ、クリッキーか…?」



「はぁ?クリッキー??」



「固焼きバニラ風味の棒状クッキーだろ?」



何だ、違うのか。まぎらわしいもの食いやがって。



「これは樹皮を巻いて乾燥させて食う、キスカって物なんよ。別にうまくはないんよなぁ」



「ああ、そう…」



樹皮を巻いて食うだって?ずいぶんとまずそうなもん食ってんな。じゃあ、用はないな。



「クリッキーっていう物、お前は持ってるんかぁ?」



持ってたら、お前なんかに聞く訳ないだろうが。聞いた俺がバカだった。



「クッキーって何…?」



クッキーって、何て言えばいいんだよ。クッキーはクッキーだろうが。それ以上でも、以下でもない。



「小麦粉とか砂糖とか、卵とか…。混ぜて焼くお菓子だよ。サクサクして甘いんだ」



殺人鬼と何話してんだ、俺。



「サクサクして甘いのかぁ。そのお菓子、作ってくれよぉ…」



中学の家庭科の授業をいい加減にやりまくってた俺に、お菓子が作れるはずがないだろう。俺が作れるのは、カップ麺に注ぐお湯だけだ。



「ムリだよ。お前、女だろう?自分で作ればいいじゃん」



「女…?」



「お前、女だろう?」



「…」



何だ、違うのか?いや、声とかちょっとした腰の動きとか、女だよな?まさか、間違えた?



「!?」



包帯越しに血が滲み始めた!あのナグと同じだ。どうして、急に血が滲み始めるんだ。



「あ!…ああっ!」



額から左目にかけて、血が滲んで、胸からも滲み始めている。うぐっ!まともに見てられねえ。



ガシュッ!



「あ!」



シブが慌てて包帯を触ったから、包帯が解けて…。



うっ!?額から鼻と左目の間まで、深い傷口が!そこから血が滴り落ちてきている。

うぅ、気持ち悪い。



「見るな!見るなぁあっ!!」



シブは、震えて一生懸命に顔を隠そうとしていた。

血が滲み出た時に、俺にその姿を見られたくなくて、慌てた?

いや、そんな事はないよな…。

包帯を触ったから、解けた。

こいつは平気に人を殺す様な奴だ。だけど、こいつも人の子だし、女だ。顔に傷なんて、気にしない奴はいないよな。

少しずつ傷が治っている様にも思える。あのナグと同じ様に、まるで時間が戻るかの様に、滲み出た血も引いて、赤黒い包帯が、白い包帯に戻っていく。

このシブといい、ナグといい、どうなっているんだ?

しおりを挟む
1 / 3

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!


処理中です...