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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その160

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高校入ったのも、ずっと昔の様な気がする。

別に勉強が好きだった訳じゃないけど、今だったら、もう少しはがんばってみてもいいかなと思える。

評判の悪くない学校を受験して、合格したんだ。後は適当にやればいい。

そう思っていた気もする。

同じクラスの奴の名前なんて、もう、ほとんど覚えていない。

そのうち、高校生の自分の方が、非現実的なものになる…。

俺の手に持つ大剣は、相手を傷つけて自分の身を守るものなんだ。

こんなもの、高校生は持ち歩かないよな。

もう1人の俺は、あの切り株街で、教科書みたいなものを作って残してた。

俺も、作っておいた方がいいか?自分が学生だった事を思い出せる様に。

勉強がそんなに好きじゃないのに?

まだまだ、いらないよな。

まだ、必要ない。

すぐに元の世界に戻れば、また勉強に嫌気が差すって。

そうだよな。

夢魔操エイジアを手に入れる可能性は、前よりも少しだけ上がっている。

その夢魔操を手に入れて。

魔力を夢魔操のゲージ3つ一杯にして。

そうだ、それのための魔法を覚えないと。

それで願いを叶えたら、俺は地球に戻れる。

しもべが言っていた、地球の時間を止めているというのが本当だったとしたら?

どうやって、また時間を動かす?

止まった時間、そして止まった人達を見続けて。

俺は年を重ねていって、老いて。

みんなは動かず、年も取らず。

俺は死んで、骨だけになって。

最後は、何も残らない。

…。

とりあえず、ないよりマシだよな。

夢魔操は手に入れておきたい。

でも、俺1人の力じゃ、限界がある。協力してくれる人がどうしても必要になってくる。

協力してくれるのは、今だとパルンガかな。

パルンガはいい奴だけど、でも、あいつは俺の事なんか気にしてられない状況だろうな。

今の幼獣の体も限界がきているから。

早く成獣にならないと、死んじまう。

今は、パルンガをあの城から出してあげないといけないよな。



「どうしたんだぁ?死にそうな顔をしているじゃないかぁ…」



「!?」



何だ、この包帯を巻いた奴は。まさか、黒眼こくがん五人衆のナグ?じゃないよな。

黒い着物を着ている。胸元に何かの文字が書かれているな。



「街中で武装して歩くなんてさぁ…。ゲルみたいな奴だなぁ」



ゲル…!?黒眼五人衆の、あの感情のない奴の事か?誰なんだ、こいつ!



「いや、そういや、私も刀持ってたよ。おあいこだねぇ。じゃあ、黒眼五人衆に志願したいって事か?いいよぉ…。私が推薦してあげるね?」



いや、勝手に話進めんじゃねえよ。ナグみたいに包帯巻きやがって。包帯ぐるぐる君2に用はねえんだよ。

いや、待てよ。黒眼五人衆に推薦??

こいつ、まさか黒眼五人衆の1人か!?



ザザッ、ザッ!



何なんだよ!黒眼の奴ら、後から次々とよ!俺ばっかりに寄ってきやがって。



「恐がらなくていいじゃないかぁ。おいで?おいでさぁ…」



「お、おお俺は、明後日にハムカンデに力を披露する約束してんだよ!勝手な事しようとしてんじゃないよ!」



こいつ、女だよな?包帯巻いていて恐さ増してるし、あまり近寄るんじゃねえよ!



「何だよ、私みたいな女は嫌いなんだ?悲しいよぉ…。悲しくて、今すぐ、お前を殺したくなっちゃうよぉ」



「え?ま、待てよ!」



ダメだ、心の準備が全くできねえ。街中で攻撃できるのは、夜に出そうなゲルだけだと思って油断してた。頭が回らねえよ。



「ハムカンデ様の名前を出せば、私ら黒眼五人衆の殺意を鎮められると思ってるんよねぇ?いいよぉ…。鎮めても」



背がそんなに高くないし、小柄な印象だけど、それでも黒眼五人衆の1人なら残忍極まりないはず。ここは逃げるしか…。



「キャハハッ!気軽に刀を抜く事なんてできないだろ?この街じゃあねぇ?だから、ここはお前の後ろにいるゲルが相手をしてくれるみたいだよ?」



え!?ゲル!!



「あれ?いなかった?どっか行っちゃったみたいだねえ。そういうとこがあるんよ、あいつはさぁ…」



あれ?さっきまで道を歩いてたオーロフ族がみんないなくなってる!?

何なんだよ。オーロフ族が支配する街じゃねえのかよ。弱虫どもめ…。



「お前の名前は、何て言うんだ?」



名前なんて、そんなもの重要じゃねえだろう。



「名前なんて、他の奴にあげてないんだよ。どうでもいいだろう…」



「ああ…。あげちゃったんだね。じゃあ、死体君って名前でいいじゃない?」



ダメだ、こいつも頭のネジが外れてやがる。聞きたくもないけど、聞くしかないよな。



「そっちは、名前何て言うんだよ」



「ほぉら、やっぱりそうだ。この街には来たばかりなんだよねぇ?名前のない相手に教えるのは、しゃくに障るけど、いいよぉ…?」



「黒眼五人衆のシブっていうんだよぉ…」



こいつ、あの猫女の話に出てきた名前の奴か!?宝酷城ほうこくじょうの天守層でエズアが暴れた時に倒されたはずの名前だろ?シブとナグ、この2人は倒されたはずだけど、結局、包帯を巻いてちゃんと生きているじゃねえか!?



「私は有名みたいだねぇ?お前の反応を見てわかったよ。よそ者でも、私を知っているんかね?」



この街の中じゃ、感情を出して武器を使うなんてできないだろ?じゃあ、ここは解散という事でいいじゃないか。

俺は、ハムカンデが宿代払ってくれるボルティアに戻るから…。



「フフ…。お前の反応がおもしろいから、今日は武器を晒して歩いていても許してあげようか?次はわからないけどねぇ?」



ああ、そうか。じゃあ話が早いよな。じゃあ、帰ろう。ボルティアへ。



早く…。



早く!



ザッ、ザッ、ザッ!



「フフ…。じゃあねー」
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