上 下
222 / 399
第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その148

しおりを挟む
宝酷城ほうこくじょうの地下1階の真っ暗な牢屋の中、俺はもう1人の誰かと一緒にいる。

この牢屋は10平米くらいあるのかな。結構広い。地面は不揃いな切り石を敷き詰めてるのか、座り心地は良くない。俺が鎧を着てるから、膝を抱える様にして座るしかないのがつらいところだ。

ジャージ姿の方が動きやすいけど、それだったら今ごろ、襲いかかる敵にやられて死んでいただろうな。

この西洋風の鎧、そこまで重くは感じないのがせめてもの救いだな。その下に着ている鎖の服も同じくそう重たくはない。ただ、ずっと着ていると疲れてくるのは当然だ。

それよりはこの大剣の方が重いな。この剣を持ったままで動き回るのがどれだけ疲れることか。

不思議な炎ですごい力のある人の力が宿った時に、この大剣は一気に軽く感じるけど、それまではこの剣は俺の足枷にもなるんだ。

今でも、俺がこの世界で旅してるなんて、夢じゃないのかと思えてくる。

眠って目を覚ませば、自分の部屋にいて、手を伸ばして携帯電話を取って、登録したアプリのログイン特典を手に入れる。

大して遊んでないのも多いけど、事前登録で手に入れたキャラが手放せないから、消す事もできない。

高校の友達の小池琢磨こいけたくまから、格闘ゲームの対戦の誘いなんかも、SNSで確認してたかな。

俺に対戦で負けたりするから、ムキになってんのもあるけど。

あいつが、色々小説を貸してくれたな。読めよとか言って。

内容はもう覚えてないな。

夏休みに読もうとしてたのに、結局読み終えた小説なんてなかったんじゃないのかな。夏休みはまだ、最初の方だったからな。

あの時に飲んでたのが、問題のオレンジジュースだ。

この世界は妙にオレンジジュースが有名だからな、あの時に冷蔵庫にオレンジジュースじゃなくてアップルジュースがあって、それだったらどうだったんだろう。

しもべがイボオカシって微生物に化けて、オレンジジュースから俺の口の中に侵入して、俺を殺したんだ。なら、慣れ親しんだオレンジジュースじゃなくてアップルジュースだったら…。

俺もバカか。果実が変わっただけで、ジュースの中に入らないとかはないよな。そのうち、オレンジジュースも母さんが買ってきていたら飲むだろうし。そうしたら、やっぱりしもべはジュースの中に入って、俺を殺してた。

結果、今と変わらず転生して、俺は地球に帰るためにしもべの言いなりか。

この街の東角猫トーニャ族と変わらないな。俺はしもべの奴隷という事にもなるだろうから。

でも、この世界で夢魔操エイジアの存在を知ったんだ。必ずしもギルロの体と魂を見つけるって訳じゃないんだ。

夢魔操で地球に帰れたら、しもべはざまぁみろだ。

…でも、しもべが言う、地球の時間を止めているっていうのが事実だったら?

俺は夢魔操で地球に戻ったら、地球の時間は止まったままか。

それは、どう解決すればいいんだ?

しもべのやり取りで、その話はウソでしたと確証が取れるまでは、夢魔操で帰る選択肢はないな。



「君の表情は豊かでおもしろいな…」



ああ、そう言えば、俺はここで1人じゃなかった。

俺を惑わす詐欺師の可能性もあるから、要注意しないと。



「私に対して警戒を解けと言うつもりもない…。そういう世の中さ」



だけど、話をしないまま、この世界を渡り歩けるほどの強さもない。結局は、騙されない様にしながらも、いろんな奴と話をしなければいけないのは変わらないんだ。



「貴方の名前は…?」



「名前…?そんなもの必要か?適当に呼んでくれればいい」



俺はあの《冬枯れの牙》ラグリェとの戦いで、命乞いして自分の名前を否定した。

それに、俺がもし自分の名前を言って、あのラグリェが俺の恥なあの一面をみんなに広めてたら、俺は…。

生き恥だ。

それなら、俺はもう…。



「名前がないのなら、自分で作れば、それが真実にもなる。その名前、一緒に考えてあげようか?」



「いや、いいんだ。わかったよ、教えるよ。本当はあるんだ」



「そうか、わかった」




「俺の名前は…」



「テテって言うんだ」



パルンガが俺の事を、貴方って意味でテテって呼んでる。それでいい。それが俺の今の呼び名でいいんだ。



「テテ…。そうか、よろしくテテ」



こいつ、何となくこの街でいきなり現れた奴に気配が似てないか?

そうだ、ボルティアって宿に泊まった時、ドアの外から話してきた奴だ。

あの時の奴は、俺がこの街にパルンガを連れてきたから、災いを持ち込んだ、罰が下るとか言ってたよな?

でも、今この牢屋の中にいる奴は、あまり敵意を感じない。

人違いか?

何となく、話し方も違うしな。



「私は心眼しんがんと言う。よろしく頼むよ」



「ああ、よろしく…」



俺の心に入り込もうとしてるよな。でも壁ばかり張っても仕方がない。それなら、逆に利用してやればいいんだ。

この世界の事、少しでも聞き出せないかな。でも、あまり露骨に聞き過ぎると、この世界の奴じゃねえだろう、誰だお前?みたいになっても困るから、うまく話さないと。



「心眼は、この街に住んでたのか?」



「この街に、ではない。この場所に住んでいた」



この場所に?じゃあ、この街にって事じゃないのか?この宝酷城にって事なのかな。



「私は、この場所を奪い取られたのだ…」

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

ざまぁにはざまぁでお返し致します ~ヒロインたちと悪役令嬢と転生王子~

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:4,545pt お気に入り:166

【連載版】婚約破棄ならお早めに

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:7,447pt お気に入り:3,569

王女殿下に婚約破棄された、捨てられ悪役令息を拾ったら溺愛されまして。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:23,830pt お気に入り:7,085

侍女は婚約が内定している俺様属性の男と縁を切りたい。

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:704pt お気に入り:14

聖女の取り巻きな婚約者を放置していたら結婚後に溺愛されました。

恋愛 / 完結 24h.ポイント:2,378pt お気に入り:458

ベテラン冒険者のおっさん、幼女を引き取り育てて暮らす

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:7,108pt お気に入り:1,373

緑の指を持つ娘

恋愛 / 連載中 24h.ポイント:18,170pt お気に入り:2,066

処理中です...