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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その143

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天守層の階までの階段を上る時に、上から奇妙な風切り音が俺の耳元を抜けていく。

悲鳴とも、怒声とも、思える様なものだった。

パルンガが聞いたっていうエズアの声も、こんな感じで感情で訴える様な声だったのかも知れない。

まるで、上の天守層で無念にも死んでいった人達が、俺達に自分の存在を知らせるかの様に。



「ほら、もうすぐ天守層だからねー」



そう言って、生き生きとした目を見開いて俺に向けてくる恐いな。俺をハムカンデに会わせるのがうれしくて仕方がない?それは、この街にゼドケフラーを連れてきた俺が、自分の目の前で罰を受ける様を目にできる喜びからか?それとも、心から俺達におもてなしができるからか?

もちろん、後者じゃないのは間違いないよな。

これから弱り、息絶えるだろう虫を眺めて、楽しんでいる、そんな気持ち悪い感覚で俺達を見ているんだろうよ。

…勘違いだったりして。

ほぼ、願望。

後ろ髪を引っ張られる様な気持ちになりながらも、一段一段、階段を上っていく。そうして最上階の天守層にたどり着くと、いくつかの大きな窓が開いていて、そこからの不安定な風の流れで、一瞬、体がよろめいた。窓から下にある街並みを見下ろす事ができる。大した街じゃない、黒い家が不気味に並べられたお葬式みたいな街だ。

天守層の階は特に装飾が派手という事もない。ただ、唯一目を引くものがある。それは、目の前にある、威圧感ある黒くて大きなふすま。今いる場所は狭い。ほとんどのスペースは、この襖の向こうの部屋に割いてるんだろう。

この襖の先に、ハムカンデがいるのか?

部屋の中の声は、何も聞こえてこない。

誰もいない?



「ハムカンデ様、予定通り、来訪者を連れて参りましたー」



包帯ぐるぐる男が襖の前で片膝をついて声をかけると、部屋の中の男が威厳ある低い声で短く、入れ、と声が帰ってきた。

襖が開いた、そう思った時、気づけばいつの間にか襖が閉じていた。襖が開いたのは俺の勘違いかと思ったけど、襖の色が、黒色から紫色に変化している。黒色の襖は開かれ、次に紫色の襖が現れた?



「…ん?」



襖紙全体に、急に無数のひびが入り始める。



「!?」



「…文字か?」



気持ち悪い。襖上の至るところで、たくさんの文字が下に這って動いてるみたいだ。何で急に文字が浮かび出たんだ?

前にエズアがこの襖を開けて、無断で部屋に入り込んで暴れたから、その対策としてこんな仕掛けを作ったのか?

でも、こんな仕掛けを作れるのがハムカンデだとしたら、得体が知れないな。



「フフンフー♪」



上機嫌そうだな、この包帯ぐるぐる男は。

そんな態度を取られると、俺は逆に不安で気分が悪くなる。



ポンッ!



「よおっ!」



ポンッ!



「やあっ!」



この太鼓音とかけ声は何だ?

もしかして、これが東角猫トーニャ族の女が言ってた、太鼓六変人か?

文字がたくさん浮かび上がった襖がゆっくりと開いていく。



「パルンガ…」



「ど?」



ここから先は用心しないと、何が起こるかわからない。

襖がゆっくりと開いて、向こう側の部屋への視界が広がる。広い部屋の中に人が左右に分け、手前から奥に向かって列になって座っている。その奴ら全員の視線が俺に向けられている。

どいつも感情のない視線だ。

奥の一段高い場所にあぐらをかいて座っている小柄の年配の男から、特に異様な視線を感じる。

こいつがハムカンデだろう。

よく見ると、すごい顔をしてる。

顔の奥に目がめり込んでいる、その目は光が届いていない様に感じる。でも、目つきでわかる。こいつは、深い闇を持つ目だ。

こいつだ。

こいつが、血も涙もない様な黒眼こくがん五人衆を従えて、この街を支配している男、ハムカンデ。



「ようこそ、弁帝街べんていがいへ。そして、この 宝酷城ほうこくじょうへ。私がこの街を預かるハムカンデという者だ」



「よう!」



ポン!



「やあ!」



ポン!



天守層のこの部屋の天井や、その下の確か欄間とかいう箇所に、浮き彫りの装飾がある。目を引く派手な色で塗られてる。それは、ここが特別な部屋という証でもあるか。でも、ハムカンデの後ろの壁に貼りつく様に広がる赤紫色の岩は何だ?ただの観賞用の岩って訳じゃなさそうだな。



「この弁帝街を不条理とも言うべきこの場所に築き上げるまで、多くの犠牲を伴い、立派な街と成り上がった。どうかな?この弁帝街は」



「ボルティアに泊まったけど、過ごしやすかった。いい街なんだと思う…」



「ボルティア?ああ、今となっては、唯一の宿泊施設となった。そう言ってもらえると、光栄だ」



「!?」



ハムカンデのいる一段高い場所の端に、微動だにせずに座っているバカでかい体つきの女がいやがる…。

俺の目は置き物として認識してたのか、すぐには気づかなかった。

あの東角猫トーニャ族の女が言ってたよな、宝酷城で唯一仕えている東角猫族の怪力女がいるって。小鈴しょうれいとかいう名前だったよな。

あそこに座っている大柄の女は気をつけないと。容赦なく殴りかかってきそうな暴力的な顔をしてやがる。



「何だぁ?私に用でもあるのか…?」



「うっ!?」



何だ、少しでも癇に障ったら、ハムカンデが客だと言って迎えたとしても、そいつを殺そうとするのか?制御不能な巨体バカが。



「小鈴ぃ?万人がお前の色香に魅了される。至極当然の事だろう。お前も大人げないよ…」



「だははっ!しょうがねえなぁ?」



顔がパンパンに腫れ上がってるお前を見て、惚れる奴の気が知れないな。ハムカンデの言葉も気持ち悪いし。



「テテ、エズアの事を聞くか?」



「いや、聞かないよ…?」



パルンガ、頼むから事を荒立つ様な言葉を吐かないでくれ。理由はともかく、エズアがここで暴れて死んでる奴もいるんだから。



「よお!」



ポン!



「やあ!」



ポン!



「ここ最近、この弁帝街に他方から来訪する者がいなくてな、退屈していたところだった。もし良ければ、この弁帝街に訪れたきっかけを教えて貰えればと思うのだが、どうかな?」



この質問は聞かれるだろうなとは思っていた。

こいつには、魔力を売りにきたなんていい加減な言葉は必要ない。

正直に言おう。

ある程度は、な。

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