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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その130

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黒眼こくがん五人衆メベヘの宙に舞った刀は、宝酷城ほうこくじょうの明かりを辺りに反射させながらクルクルと回って、遠くの地面に落ちて、暗闇に消えていった。

残念でした。お前の自慢の刀は、その手元にない。

ただ、油断できないのがこの世界だ。

俺が持っている常識が通用しない。

大きく化けるなんて事ができない様にはなっているらしいけど、この世界の住人が獣化できるのも、その一つだ。

シンガリ族のキリングも最初は俺と変わらない人間にも見えたけど、獣化したら、攻撃力も耐久力も異常なくらい高いうさぎ人間に変わった。

最初から獣の耳や尻尾みたいに体の何処かに特徴が見えるなら、もう獣化している状態だと思う。それなら、その時に見せた力が実力だ。

だけど、普通の人間みたいに見える場合、ここから獣化すると考えると…恐ろしい。

黒眼五人衆は、古球磨ごくま族という話だけど、その古球磨族は、リョウマ族みたいに、姿が変わらないでいてほしいな。



「うまくやったじゃないか、お前。このメベヘの刀を弾き飛ばしたか。じゃあ、殺す事だな。それも、今すぐにだ」



冷静に考えると、今、こいつを倒したとしても、それが何の意味になる?この街から出られなくなってるっていう東角猫トーニャ族の女の話が本当なら、このメベヘを今、運良く倒せたとしても、何の解決にもならない。殺気立った街の奴らに殺されるだけじゃないか。

ハムカンデに対しても、当然、悪い感情しか持たれないだろう。

宝酷城の一番上にある天守層って場所に、黒眼五人衆の何人か、護衛で置いてたって話だからな。

ゼドケフラーのエズアがそいつらを殺したらしいけど、今もまだ黒眼五人衆の誰で護衛を置いてるのか?

まさか、このメベヘ…が、今の護衛じゃないよな?



「おい!ゲルッ!そのお前の刀を寄越せ…。このメベヘに殺し合いを挑んできたのだからな。礼を欠いちゃあ、いけねえだろう?」



「うろ…?」



「ゼドケフラーの幼獣程度と戯れているのなら、その刀は要らないよな?よしよしとしてやる手があればいいのだからよ」



やっぱり、仲間だろうな。メベヘと、ゲル?か。服装も同じなんだから、そうだよな。黒眼五人衆の2人とやるのは、いろんな意味でまずい。

古球磨族は残忍な種族で、《冬枯れの牙》と対立してるとか、東角猫トーニャ族の女が言ってたよな。そんなのが今、2人もいる。それに、明日、宝酷城に行く可能性があるから、ここで戦い続けるのはまずいんだ。それなら、宝酷城に行くという選択肢を消すしかない。ただ、そうすると、この街から出るための情報が手に入らない。冷静に考えると、倒すのも、倒されるのも、まずいという事か。

ゲルと呼ばれた奴の動きが止まった?相手をしているパルンガも、肩で息をしているのがわかる。パルンガの方が、分が悪いな。



「…ゲルよ、何だその面は?戯れているお前の滑稽な姿を忘れてやるから、その刀を寄越せと言っているのがわからんのか」



こいつ、刀を持ってないくせしやがって、ずいぶんと強気だな。だけど、仲間割れでもしてくれれば、それもまた、俺達にとっては悪くない。思いっきり、やってくれよ。



「うろ…」



「おお、よしよし。渡せばいいんだよ。ゲル、お前の代わりにこの者共は儂が片づけてやるからな」



ゲルがパルンガとの戦いを止めて、こっちに来る!?メベヘに刀を渡すのか?



ビュンッ!!



「ぐぎゃあぁあッ!?」



「!!!!?」



こいつ、やっぱり正気じゃねえ!?



「パルンガッ!城から離れろっ!!」



「テテ…?」



ダダダダダダッ!



「パルンガッ!!」



今しかない!この戦いは、ここで終わりだ!



「テテ!」



ゲルが、味方のメベヘを斬りやがった!まさか、本当に斬るなんて…。やっぱり、あいつは俺がつけたあだ名通り、不気味野郎だ。意味がわからねえ!

後ろを振り返るのも恐くて、俺はパルンガが俺より遅れながらも走り始めたのを見て、そこからは後ろを見ない事にした。黒い灯籠を目指して走り、そこを通り過ぎて、体力の限り、城から、あの2人からできるだけ距離を取りたくて、ただ、走り続けた。





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