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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その112

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すっかり外は暗くなったけど、何だ、至る所から声が聞こえてくるな。しかも、家の戸が開いて、明かりが漏れている場所もあるじゃないか。

昼間は別の場所で仕事でもして、夜はこの街に帰ってくると、意外と街の奴らで会話もするのかな。

それはそうだよな、そんなに仲違いする様な街も、実際は少ないんじゃないのか?

でも、この肝心の会話の内容が聞こえてこない。

囁く様な声で話し、笑い声一つない。感情がこもってる様にも聞こえないし。

そして、俺の足音が聞こえると、決まって、会話を止め、静かになる。

戸から明かりの漏れる家の中は、正直、薄暗くて見えない。明かりがあまりにも弱過ぎる。家の中を凝視して確認するのも、怪しまれるしな。

戸の空いている家は明かりが弱いけど、戸の閉まっている家は、そこまで明かりが弱いとは思わない。わざとそうやって、防犯対策でも取ってんのかな?

パルンガは、相変わらず、音を立てて何かを食べている。どうせ、さっきと同じどんぐりもどきだろ?



「パルンガ、お腹空いたよ…」



「食べるか?」



えー。そのどんぐりもどきは食べたくないな。俺がリスにでも生まれ変わったら、その時にもらう事にするよ。

あーあ。手渡されちゃったよ。仕方がねえ、食べるしかないか。



カリッ。



もぐもぐ…。



何だ、これ。食感はピーナッツ噛んだみたいだけど、味は栗だな。おいしいな。



カリッ。



もぐもぐ…。



「テテ。遠くにある大きな家は、明るいど」



「唯一、この街で高さがあるよな。偉い奴が住んでるんだろ?建物の外も中も、光で溢れてんな…。きっと、おいしい物でも食べてんだろうな」



ボソボソ…。



ん?

今、ゼドケフラーがどうのとか言ったか?

いや、気のせいかな。



「テテ、そこの家の中で、オデ達を呼んでないか?」



え?

気持ちが悪いな。本当に俺達を呼んでるのか?

戸が閉まった向こう側で、確かに手招きしてる様に見えるな。だけど、この街の戸や窓は全て曇りガラスだ。戸の閉まった状態で、家の内側から暗い外を見て、俺達の事を見分けられんのか?

何か、操り人形みたいに、すげーぎこちない動きしてんのが気持ち悪いな…。

上から糸で操られてないよな?



「…そこの、ゼドケフラーの幼獣と、剣士さん。また会ったねー?」



「え…!?」



やっぱり俺たちの事か?男の声だな。また会ったって事は、魔力の買取人か、あの変なじじいか。でも、どっちも声も話し方も、違う様な気がする。魔力の買取人とは、どの道、会う約束をしているしな。また会ったねー、はないな。

しかし、何だこの気のない声は。

バカにでもしてんのか、こいつ。

…何か、気持ちが悪いを通り越して、恐いな。こんな夜に、下手に宿から出たのが間違いだったか。

あ、パルンガが手招きしてる家に向かっていくぞ。こいつ、度胸あるな。さすが、この世界の獣だけあるよな。



「この街は、ゼドケフラー様々なんだよー?前にも言ったかなー?宝酷城ほうこくじょうに招待して、おもてなしができそうなんだー。いいでしょう?俺達、もう知り合いなんだからねー。魔力も、持ってきていたー?明日、買い取ってあげるからねー」



何だ?こいつは、俺達がこの街に来て、最初に会話した魔力の買取人のフリでもしてるつもりか?ただ、俺と魔力の買取人との会話のやり取りは、全く知らなそうだ。

声を似せるつもりもないし、何のつもりだ。

そう言えば、魔力の買取人が、この街の偉い奴の、ハムカンデだっけ?そいつに、パルンガの事、一応報告をしておくみたいな事を言ってたな。問題なければ、パルンガ自体か、パルンガの魔力の買い取りに応じるとか、そんな感じの流れだったはずだ。

もしかして、魔力の買取人に何かあったのか?

いや、俺と魔力の買取人を見かけて、ただ単に、最初に会った魔力の買取人に代わって、別の魔力の買取人が俺と交渉がしたいだけという事もあり得るな。

でも、この家、あの魔力の買取人の店だった様な気もするな。向こう側に高く建っている建物との位置関係で、そんな気がするんだよな。他の魔力の買取人と交渉しないでとか言ってたから、複数人でやってる感じでもなさそうだしな。

でも、この店だったか、わからねえな。似た様な家ばかり並べてるからな。店の看板みたいなものもあるけど、何も書かれてないしな。

店の看板で何も書いてない所は、他にもあったけど、それが今の流行りなのかな?

それか、店の持ち主がよく替わるから、看板を作る暇もないとか?

まぁ、どうでもいい…かな。



「宝酷城で、おいしいものが食べられるんだよー?」



ゼドケフラーがこの街にとって、あまり喜ばれてないのは察しがついてんだけどな。遠くに見えるあの高い建物だろ?宝酷城ってのは。確かに、城って感じだな。あの城に連れて行こうとするとは、扱いをもう白か黒かはっきりさせるって事じゃないのか?ゼドケフラー様々と白々しい事を言ってる時点で、もう結果は見えているよな。

パルンガは多分、殺される。

そして、俺も。



「この街は、ゼドケフラー様々なんだろ?ゼドケフラーの武勇伝を聞かせてくれよ。もちろん、知ってるよな。ゼドケフラー様々なんだからさ」



「おろろっ?」



何だ、おろろって?答えてみろよ、このクソ詐欺師が。



「この弁帝街べんていがいは、森を切り拓いて作られた街なんだなー。この辺りを縄張りにしていた種族どもとの戦いに打ち勝つには、戦闘能力の極めて高い住人が必要だったのさー」



「そうなのか?…ゼドケフラー、何人いたんだ?」



「いやいや、ゼドケフラーは1人しかいなかった。ゼドケフラーだけじゃ人手が足りないから、奴隷同然だった東角猫トーニャ族を北に上らせて、戦わせたのさー。奴隷からの脱却を夢見てた彼らも、悪い話じゃなかったからねー」



それで、街が成長して、用なしになったゼドケフラーを始末した訳だな…。パルンガから話を聞いてるけど、ゼドケフラーは他の普通の住人より、ちょっと地位が高いんだろ?よく、その戦いに参加したな。どうせ、何かウソを言って騙したんだろ?そのウソが暴かれる前に、何処かに誘い込んで殺したんじゃないのか?



「そのゼドケフラーは、今、何処にいるんだ?」



「死んじゃったんだよねー。残念ながら。たくさん戦ってくれたから、感謝しかないんだけどねー。その時の傷が影響したんだろうねー」



うーん。

そこだけを切り抜いて話を聞くと、あり得ない話でもないのか?

いや、違うな。

魔力の買取人と変なじじいの言葉を思い出しても、それだけだと違和感があるんだよな。

仕方がない、言うか。



「エズアっていうのが、この街づくりのために戦ったゼドケフラーの名前なのか?」



「…エズアの名を、何処で知ったのかな?」



「街の住人が言ってたんだよ」



「何処まで言ってたのかな?」



まずい展開か?でも、ここで話を止めて、黙るのもまずいな。



「この街にゼドケフラーを連れてきたら、前にもゼドケフラーのエズアっていうのがいたって聞いたんだ。その後は、何も聞いていない。だから、今、聞いているだけだ」



ここにいたゼドケフラーがエズアって名前なのを知っているのは、ごく一部なのか?でも、あのじじいは気楽に話していたけどな。



「ゼドケフラーは凶暴だからね…。恨む者もいたのかも知れないねー。でも、正しい情報は持っていた方がいいよー。君達は、この街に魔力を売りに来たんだろう?それとも、その隣りの家をくんくん嗅いでいる幼獣君を売りに来たのかい?」



あ!やけに静かだと思ったら、いつの間に隣りの家の前に行ってんだ。心細いだろうが!戻れ、パルンガ!



「エズアの事は、ここじゃ話せないなー。明日、あの宝酷城に行った時に、話をしようじゃないかー」



結局、あの宝酷城か。行って、もしかしたら話を聞けるかも知れないけど、その後は死だろうが。



「行くよねぇぇ…?」



くっ!恐過ぎるんだよ、お前は!とりあえず、答えるしかねえ!



「ゼドケフラーが歓迎されてるんだとしたら、行ってもいいかな…」



「ようし!決まりだ。では、朝にこの場所で会うとしようか?」



「ああ…」



…カランッ!



ガラガラガラッ!



…ドサッ!



家の明かりが消える寸前、相手の頭上から長細いものがいくつか落ちて、その後すぐに、人も崩れ落ちる様に倒れていった様な…。人間ぽく見えたけど、動きはずっと人形の様だった。

まさか、死体を操っていた?

一体、何者なんだ?

気持ちが悪いな、この街は…。




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