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第二章 熱き炎よギルロに届け、切なる思い

その12

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宿泊したこの旅館、フーブーテンって名前らしい。名前は日本らしくない名前だけど、日本をモデルにしてる訳じゃないだろうから、仕方がない。別に期待していた訳じゃないけど。




昨日いた半獣の住人と、階段ですれ違った。胸に包帯を巻いていたけど、その包帯に血は、にじんでなかった。軽傷で良かった。俺を睨みつけていたな。お前がいたせいでとか、そんな視線を俺に送ってたけど、あの泥野郎は俺の友達や家族じゃないから、よろしくな。



この旅館の地下1階に酒場がある。朝だと、食事処になるらしい。サンドイッチらしきものを食べてる人がいるから、シュティールにあれと同じものをと言ったら、ご自分のお金でどうぞと言われた。




ご自分のお金というものを持っていないから、さぁ困った。しもべも、鎧と大剣と、あとちょっとした鳴らない鈴をくれただけで、お金というものを渡してくれなかったしな。そのくせ、要求だけは高い。ギルロの体と魂探せって。そこら辺の地面掘ってアリの巣探せ、とか言ってるんじゃないんだから。旅費くれないと、旅に支障が出る事くらい、わからないものかね。




いや、わからないだろうな。そもそも、最初は俺、2歳児の体だったし、その状態で、しもべは俺に対して、早く鎧着て大剣持って旅に出ろ、っていう感じだったからな。児童虐待の極みだった訳だ。そもそも、ギルロの体と魂探してほしいからって、地球で俺を殺して、自分の星に転生させて、ギルロの体と魂探せ、さもないと地球に戻さないし、地球の時間も止めたままだぞ、っていう…。






あれ?時間を戻して、俺の死を回避させるとか、そんな事言ってたよな。地球の時間だけをいじれるんだよな?時間てものが、よくわからなくなってくる。





下手に考えるのは止めよう。頭が破裂する。





「シュティール、さっきお前、サラダ頼んでたけどさ、何か葉っぱ1枚でも残しておいてくれれば、俺、それ食べるからさ」





汚いものを見る様な目で俺を見てくる。シュティール君、わかってないな。いきなり違う世界に連れてこられて、ほら、行ってこいって放り出された俺に、お金を持ち合わせているなんて事は、この星が後100回くらい、お前達のくだらないケンカで破裂しても、起こり得ない事なんだよ。金のなる木でも、そこら中にあるのか?教えてくれ、今すぐそこで、根こそぎ金を搾取してくるからさ。






「…君、ギルロの体と魂探す前に、働いてお金貯めたら?」







そんな余裕はありませんね。この世界に1秒でもいたくないっていう俺の考えは置いておいて、冬枯れの牙に狙われてるし、しもべ自体も、そんなに悠長に待ってられないだろうからな。





後で返すから、地球に戻ったら、返すから。






高校卒業して働いたら返すから、お金貸してくれよ。






「シュティール、お金貸してくれないかな?」









「返す見込みのない相手に貸すつもりは…ないね?」








ないね?イラつく言い方…する事…ないね?ムカつくシュティール君、俺の人生、この先真っ暗みたいな意味込めて言った?地球に戻ったら、お前の頭にストレスで円形ハゲができるくらい召喚しまくってやろうか?トイレ行って、ケツ拭く時に必ずお前召喚して拭かせるからな!








先に部屋に戻って、旅館特有のサービスの、茶菓子でも置いてないか見てくるか。








茶菓子…か。










家族旅行なんて、行かなくなったな。







家族旅行の時、俺が旅館の茶菓子を期待して部屋に入ると、塩昆布とかだったら、ハズレだよ、この旅館とか、言ってたかな。サービス悪いんじゃないの?とか。母さん、その俺の言葉聞いて、ウケてた。






父さんは、興味なさそうだったな。まぁ、そうだろうな。俺達に、興味なんて、ないんだろうからな。








「イクト君、何か落ち込んでるの?」









「へっ!シュティールが俺を餓死させようと企んでるから、ウザい奴と行動共にしたかと思って、後悔してんだよ」








「イクト赤ちゃん…」









バブバブ…って言ったら、パンの1枚でも奢れよな。







「先に部屋に行ってるぜ。枕の綿抜いて、腹の足しにしてくるからよ」







いや、自分ながら中々性格の曲がった奴だとは思うよ。いいんだ、別に。無理矢理こんなクソ世界に転生させられて、冷静になれる方が頭おかしい。





「…君も案外、この世界に似合ってるんじゃないのかい?その性格の君をその辺の木の根元の土に埋めたら、いい肥料になるよ」








俺の性格が腐ってるって言いたいのかぁ??今世紀最大の性悪ゴミクズ下僕召喚獣君がぁ?お前に言われたら終わりなんだよ!!








「…座りなよ。もう君の分も頼んであるから」









「ああ…そう?ありがと、召…シュティールくん」








危ねぇ、あまりの苛立ちに、うっかり召喚獣って言いそにな…。シュティールの目つきがすでに殺気を帯びているのは気のせいかな?まぁいい、自業自得だからな。ハハハ。







「召…何だい?思い浮かぶ全ての拷問を君に試してあげる心の広さは、持ち合わせているつもりだよ?」









悪魔か?こいつ…。まともな神経が何本も抜けた状態で生まれてきたんだな、かわいそうに。





「その拷問とやらを、冬枯れの牙の奴らにやってあげてくれよ」






「ああ、そう。じゃあ、冬枯れの牙に、君にかけるようにと、拷問の100種を伝授しておくよ」










悪魔超えるのが目標か、テメェ…!


















空は雲1つない。今日も、晴れだ。ちなみに、あれは地球と同じ太陽じゃないんだろうな。もっと距離が近い様にも感じる。この星専用の太陽かな。











「イクト君、ここからさらに北に行った場所に、ゲドグロロフという街があるんだけど、この第2大陸の修復に一躍したボーグン族が住む場所なんだ」









「ああ…。フルワットって街の。ガインシュタット家に嫁いだ女の人も、ボーグン一族とか言ってたよな」










「その通り。炎真えんま大将グランベール・アルシオンと友好関係にある、エルヴァ・ガインシュタットの一族だよ」










「そこに行くのか?」










「フルワットの街で、ギルロが街の住人達の《存在》を奪ったのは、一緒に行ってわかったと思うんだけれど、《存在》を奪われたガインシュタット家主人、その記憶の声の中に、嫁であるエルヴァとの会話を感じさせるものもあったのに、肝心のエルヴァの記憶の声はなかったのを覚えているかい?」









「え?…ああ。誰かと話してる感じはしてたけど、1人の男の声だけで、相手側の声はしてなかったな」










「エルヴァは恐らく、フルワットの街から抜け出して、ガインシュタット主人の会話の中に出てきたシーペルという住人の名前、多分、子供だろうね、そのシーペルの身を案じて、シーペルのいる場所へ向かったと思うけれど。その後は、ボーグン族の街へ戻ったはずさ」







エルヴァ・ガインシュタットか。夫の存在?を奪われたんだ、ギルロの事を恨んでるだろうけど、そのギルロの居場所を聞くのか?







「本当は、友好関係にあるグランベールを通して聞くのが正解なのかも知れないけれど、ギルロの居場所を知る絶好の機会になるのかも知れないからね」









「会う事ができるのか?」










かくまっているかも知れないと思う?ギルロは、エルヴァの存在を奪わなかった。エルヴァに逃げられたとは思えないんだ。普通に会えるはずさ」









「エルヴァは、ギルロの味方だったりしてな」










「さぁ?直接聞いてみなよ」








「やだよ、お前が聞けよ」










「僕というより、君の方がギルロを探していたと思うんだけれど、違ったのかい?」









また汚いゴミを見る様な目で見やがったな。わかったよ、シュティール。









「行こうぜ、シュティール」


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