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第一章 オレン死(ジ)ジュースから転生

その59

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右京の振る剣の速さ、その技術はもしかしたら、あの霧蔵を上回るのかも知れない。とても速いひと振りだ。







うさ耳オヤジは顔を苦痛に歪めて、鋭い牙を剥き出しにして、胸に受けた斬撃を必死に堪えようとしている。








俺は、次元斬をやったつもりだ。








この右京の力を使って…。





















うさ耳オヤジの苦痛の表情が、徐々に和らいでいく。










うさ耳オヤジは、これを耐えられる、そう思った時、俺の頭の中は、真っ白になった。何も浮かんでこない。えーと。ど、どうする?起承転結の、結のはずが、まだ続きをやらないといけないとわかった時、さて、続きを描きましょう。白いキャンパスに、白い色鉛筆で描いて…、そんな感じか??描けるはずがない、何もうかばないんだから。












絶対に倒せるって、そう思ってたんだから。








右京の斬撃は、速い、それは間違いないんだ、うさ耳オヤジには全く利いてないわけじゃない、もっと、もっと斬りつけるか!?そうすれば、もしかしたら…。









奴の体勢が整う前に、俺は大剣を頭上に構えた。うさ耳オヤジは顔を苦痛に歪めながらも、その赤い目は力をなくしていない。







不気味なほど鮮やかな赤い目。あまりじっくり見ていられないくらい、相変わらずの恐ろしさが伝わってくる。







今だ、今のうちに。







体勢が整っていない、いまのうち!








「くらえ…!」






傷を負った奴の胸目がけて、一気に振り下ろした。







ガキィィン!









防がれた??防御して、耐えられるくらいの力が、もう戻ったのか?うさ耳オヤジ。フサフサ胸毛は血で赤く滲んでいるのに…。その腕は、金属でできてんのか?








どうして、







何で、耐えられるんだ。









「もう、手加減してやらねぇからなぁ?…キャッ!キャッ!覚悟しなぁぁ!!」








「バカに…すんなぁ…!」







もう余裕が出てる。俺のさっきの攻撃じゃ、あまり意味がなかったってことなのか?








今度はうさ耳オヤジ、間を置かず、意表を突いた至近距離からの高速蹴り!太もも1.5倍の力は健在、俺の頭は真っ白のまま、何も浮かんじゃ、くれない!









それでも、無意識の動作で、うさ耳オヤジの高速蹴りを側転、間一髪、かわして、そのまま奴との距離を5.6mくらい離した。









よく、かわせたな。









焦るな、少し冷静になるんだ。









まだ、劣勢じゃないだろう?何を慌てる事があるんだよ?落ち着こう。少し意識して、呼吸を、さ。










ふう…。










ふう。












頭の中の白いキャンパスを火炙りしたかの様に、徐々に滲んでくる地図…。よーし。









うさ耳オヤジの立ち方が、足を平行に並べている!それでは、何の攻撃も避けられない。チャンスだ!俺は間を置かず、すぐに剣を振った。










真空斬!!










うさ耳オヤジは、かわす事はできず、両腕を重ねてガードの姿勢、真空斬は空気を伝い、奴の腕にぶつかる。奴の腕が、お得意の金属音を発してやがる。







行くぞっ!








地面を蹴り、うさ耳オヤジの距離を縮めた。










境界線が見えた!!











今度こそ、












「はぁぁっ!!」












次元斬…!!
















素早く、力強い斬撃、うさ耳オヤジの胸を捕らえた。








苦痛に歪める、うさ耳オヤジ。










どうだっ!?











…。











これじゃ、次元斬はできない。










右京の力を借りたこの斬撃は、とても速い…。









でも次元斬を成功させるための境界線を、この斬撃の軌道は、綺麗になぞれてないんだ。









強くて速くても、そのひと振りが不正確なら、その強くて速い斬撃は…。それ自体は、とてもすごくいい斬撃なんだ。だけど、次元斬じゃない。







「グゥゥ…。小僧がぁぁ」








うさ耳オヤジの立ち直りが速い、この攻撃に慣れてきたか!?









くそっ!また、油断し…!?











ドガァッ!













ポタッ…。











ポタッ…。











「何でだよ、うさ…耳さん。珍しいじゃないか。…お得意の蹴りはどうしたんだよ」








蹴りを予想してた俺は、うさ耳オヤジのパンチを左目にくらった。かわしたつもりだったけど、意表を突かれたからなのか、もらっちまったよ。痛みよりも、イラつきの方が勝ってさ、嫌味の一つでも言ってやらないと気が済まなかった。










蹴りばっかり出してたクセにさ。











目自体は何とか大丈夫そうだ。でも、左側の目の周りが脈打つ様に、ジンジン痛みがくる。目蓋か、その辺りを切った?血が流れて目の中に入ってくる。左目が開かねぇ。








うさ耳オヤジが、俺を見て、大きくニヤリと笑みを浮かべた。お前が思い浮かべた言葉、当ててやろうか?











勝った…だろ?











俺の左側の視界を奪ったんだからな。










右京の力で、うさ耳オヤジとの戦いは互角だ。いや、場面によっては、こっちに分がある。殺されるのも、時間の問題だったのにさ、救われた。だから、お前の期待に応えたい。










右京が俺に期待した事。











俺が情けないんだ、本当にゴメン、右京。











わかってるよ…。お前の思いが、俺に流れてきてるんだ。











うさ耳オヤジになんかに、負けやしないよ。






「お前が欲しいのは…」









うさ耳オヤジ、俺の死角に…くそっ!










ドゴォ!!








「…あ、ぐ…」









鎧越しでも、みぞおちに思いっ切りパンチをもらったら、は…、は…。








痛くて、痛くて。手にも力が入らない。指先にかろうじて剣の握りが引っかかってる。ただ、それだけだ。俺の体には、右京の力が入ってきてるから、動こうと思えば、動けそうな、気がしないでもないけど、痛過ぎる…。







勝ち誇った様な顔をして、長く透き通った数本の髭を軽快にピンピン動かしてやがる。…腹立つな。








「ゲルロブライザー装置に入れるぞ?キャッ、キャッ。死ぬぞぉぉ…。おら、命乞いして見せろ!もしかしたら…、許してやるかも…知れないぜ?」






俺の耳元で、うれしそうに囁いてきやがる。俺を見逃す気がないくせに。









ボゴォ!!










「…あ、あ」









地面が1回転した様な、いや、まだぐるぐる回る。








傷で塞いだ目の方から、頬を殴って、きた。







じわりじわりと、痛みが込み上げてくる。痛ぇ…よ…。







俺、うさ耳オヤジに、遊ばれてるんだよな。








ガシャン!








…あ。









大剣を落としちまった。情けねぇな。拾わないとな。








…悪い。








せっかく、右京が力を貸してくれてんのに。






右京、お前は刀を戦いの時に、落としたりなんかしないよな。








俺なんかのせいで。









屈辱な目に遭わせた…。









俺なんかは、落としちゃうんだ。








命と同じ物なんだよな、きっと。









俺の手は動く。距離がわかりづらいけど。指は震えてるけどさ、俺の足元に剣はあるから、すぐ拾うよ。









もう少し。







必ず、倒そうな。







必ず。








うさ耳オヤジを。








ガシャーッ!








「キャッ!キャッ!ほら、剣が向こう側にいっちまったぞ?拾ってこいよ。弱虫野郎が」







うさ耳オヤジが拾おうとした剣を蹴り飛ばして、引きつった様に笑ってやがる。はぁ…。









ドゴァ!








「お前のお望みの、パンチをくれてやってんだぞ!?」








ドゴォ!








「感謝はどうしたぁ?感謝はよぅ!」








はぁ…。







はぁ。








もう、ダメだ。







今、何処殴られた?








体中が痛いから、何処をやられたのか。








わからない…。









俺、もう…。










限界かも。







笑いたければ、笑えよ。古池。








右京が大きな力を貸してくれたのに、このザマだ。ソライン族の事とか、他の人の事なんか気にしてる場合じゃないよな?自分さえままならないクズがさ、一人前に…何をヒーロー気取りしてんだって。






古池、お前…俺と仲直りしなくて、よかったな。






こんな、情けない奴と仲直りしたって、お前の価値が下がるもんな…。







俺って、どんな奴だった?








俺…。









俺。








…。







…?







…右京。








一人前の、男にしてくれ、だって?










…っ!










くそっ…。









俺だけなら、まだ、いいよ。










俺だけなら。








このままじゃ、右京まで、負けさせた事になっちまう…。








そんな事…。









「オラァ!くたばれや!!」










ビュン!!










「お?」









はぁ…、はぁ…。










「かわす力が残ってたのか?生意気な奴だな…」








うさ耳オヤジとの距離を7mくらい、取れたぞ。









足元には、俺の大剣がある。








右京。










お前以上の、男なんて、中々見つからないんだ。








お前まで、バカにさせはしない…!









一緒に、いこうぜ…?












お前に、頼みがある。









その不屈の精神ってヤツを、少し分けてくれよ。









なぁ…?










ガチャッ。










大剣は手に取った。体中痛いけど、俺…。









俺、やれるからさ。








もう一度、やってやる…!











何度も斬撃を浴びせる必要がない。ただ1回、ただ1回だけの、精度の高く、素早く力強い斬撃を。










俺がわかる、感覚は。ただ、元々それを実現できる剣の技術がない。一瞬の高速斬撃、それは力強くできないといけない。お前の力が、どうしても必要なんだ。





俺は、霧蔵のおかげで、境界線を素早く剣でなぞる感覚を覚えている。俺の体に宿っている右京の力に頼り過ぎると、右京の斬撃のクセがはっきり出るから、少し修正をさせてもらうよ…。








右京、お前の力が十分に出ないかも知れない。ただ、ひと振りに、俺とお前の力を合わせて、うさ耳オヤジを倒そう。











「次で勝負がつくなぁぁ?終わりだなぁぁ?別れは、淋しいなぁぁぁ?なぁ?」









「次もパンチで頼むよ…。あまりにも、力強いから、そのパンチで、倒されたいんだ」








「へぇ?まぁ、別にいいかぁ。いや、どうしようか?まぁ、いいだろう。さぁ、どっちかな?」









…ウサギちゃんよ、相変わらずウザいな。その長い耳同士を縛って、木の枝にでも吊るしておいてやりたいぜ。








最後の力を振り絞って、決めてやるよ…。








ソライン族、あの世で、俺がこのバカウサギを倒せる様に祈っててくれよ。







「…ゲルロブライザーが待ってるぞ?ウサギさんよ」










「いや、テメェがだよ!?…絶対、殺す!!」






ぴょんぴょん体操を楽しそうにやり始めた。それやらなくても、今は問題なく速いだろ?完全にふざけてやってるな。ぴょんぴょんが、バランス崩れまくりだぞ。







いいぞ…。俺の事、徹底的にナメてくれて。













「…さようなら、ゲルロブライザー装置のエネルギー源君!」









うさ耳オヤジはそう言って、お馴染みの俺の死角となった左側を狙って、高速、回って駆けていく。








俺は、奴の動きに合わせて、剣を水平に構えながら、左側に顔を向け、体もそれに合わせて動かした。








うさ耳オヤジの動きがさらに高速になり、俺の左側の死角に飛び込んだ。もう、奴の姿は見えない。その瞬間、1回地面を大きく蹴る音が聞こえ、風を切る音が聞こえる。









今度の俺は、冷静だ。









心に静けさが戻って、そのおかげで、音が俺に味方してくれる。











真空斬を撃つ時ほどの、圧倒的に速い斬撃じゃなくてもいいんだ、正確なひと振り、それを心掛けよう。










うさ耳オヤジの飛び蹴り!











それは…俺の左斜め後ろだ!!











俺は地面を蹴って、真上に大きく後方宙返り、うさ耳オヤジの蹴りは俺を捕らえられず、俺が飛んだ真下を虚しく通過した。









舌打ちしながら、うさ耳オヤジは、地面に体の重心を落とし、足で勢いづいた体にブレーキをかける。








俺に背後を取らせまいと、腰をわずかに捻って、顔を俺に向けている。







俺の方に顔を向けているからって、それが何になる!?








俺は着地、そのまま地面を蹴って、体勢が十分じゃないうさ耳オヤジに急接近。








この間合いだ!







うさ耳オヤジは、またニヤリと笑った。







石畳を足で引っ掻く様にして無理矢理、体の動かし、反撃の体勢を作り、パンチを俺の顔面に向けて放とうとしてきた。







俺へのカウンターパンチ狙い!?









…見えた!!









境界線だ!









失敗すれば、うさ耳オヤジのパンチが俺の顔面に直撃して…。









境界線通り、素早く正確に剣で軌道を描けば、勝てるはずだ。










ひと振りの速さが足りなかったり、正確性がなければ、やられるのは、こっちだけど…!











俺は…、俺と右京は、無敵だぁぁ!!











いくぞぉぉ…!









お前の望みでもある、次元斬。










成功させるぞ!










もう二度と…。






これで、母さんに汚れた考えを浮かばせたり…、霧蔵が死んだのは、自分が、次元斬を会得できない最低野郎だからだなんて、思わせたりはしないからな!













俺に、お前みたいな、不屈の精神を…。











分けてくれ!!









次は、絶対に。











…絶対に、外しはしない!














「キャッ!キャッ!キャッ!!」










「くらぇえ!!」











最後だ!!!












これが、



















城威夜叉流しろいやしゃりゅう











真!









「いっ…!」











次元…










「けぇぇえっ!!!」










斬!!!!!!!!!!!!!!!!!
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