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第一章 オレン死(ジ)ジュースから転生

その29

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家と家の隙間から来る風の吹き抜けが、やたら気になるな。人が全然いないから、普通より多めに風にぶつかるからか?

気のせいかな…。

しかし、シュティールが物知りなのはいいけど、何かあいつに俺が行動すべき先の道まで決められている様な気がする。あいつも油断ならない所があるから、全て信じ切るのもどうかな。

このフルワットの街に着いたら、シュティールと手を切ろうと考えていたけど、いざ着いてみると、あいつのペースなのか、また一緒に行動してるし。

でも、何処か憎めない所もあるから、もう着いてくるな、とか言いづらいな。

情が移ったかな。

あぁ、面倒臭い。


グゥ~…



腹減った。

やっぱり、アイスだけじゃ、足りねぇ。牛丼でも食べたいけど、ここの世界の金を持ってないし、そもそもこの街、食事する場所なんかあるのか?住む家とか教会くらいしかないだろ?ああ、後、パラメーターの店?か。

井戸がある。中の水飲んだら、腹壊すんだろうな。

前の街に戻って、オレンジジュースでも飲んでくるか?いやいや、飲まないな。イボオカシ変化を得意とする神父がいるからな。またオレンジジュースに入っていたら、厄介だ。まぁ、いないだろうけど。ただ、嫌いになったから、飲みたくないだけだ。



今、俺は1人で歩いている。



シュティールは、教会の中は僕が探っておくから、他を頼む、と。

この世界は、ほぼ素人同然の俺。1人は、結構不安になるな。

あれ?

お婆ちゃんみたいな人が、脇道に入っていった。

何だ、他にも人がいるじゃないか。

追っていきたいけど、この大剣が重い。よし、ここに置いていこう。どうせ、誰も持っていかないだろう。

道の真ん中に置くのは気が引けるから、端に寄せておくか。誰かの家の前になるけど、誰も住んでいないし、別にいいだろう。

確かこの脇道に入っていったはず。

あれ。

意外と速いな。またさらに脇道に入っていった。

お婆ちゃんと何を話すか。まともに会話していたのはシュティール以外にいなかったから、もっとまともな他の人を見つけて、色々この世界の事について改めて聞きたいとは思っていた。ギルロの事も、聞く予定だ。

しかし、人とすれ違うのも困難な細道だ。走りづらいな。そして薄暗い。

この細道を出ると、小さな花畑に出た。こんな場所もあったのか。その向こう側に、蔓草つるくさに支配されかかっている家が見える。もうすぐで自然に帰るだろうな。

2階の窓が開いているけど、その向こう側は暗そうだな。不気味。まぁ、そんなもんだろう。

「あのー、すいません」

返答なし。

まぁ、しょうがないな。この街の状況も状況だし。聞こえづらいのかも知れないし。

「あのー!すいません!!」

返答なし。

でも、家の奥の方で何か物音が聞こえた様な気がするな。やっぱり、誰かいそうだ。

しばらくして、家から人が出てきた。やっぱり、お婆ちゃんだ。少し腰が悪いのか、前屈みの状態で歩いている。

そのお婆ちゃんは、目を細めて笑顔を見せ、何か言葉を漏らして近づいてきた。

「久し振りの来客だねぇ。嬉しいよ、本当に久し振りだ。何処の街から来たのかね?」

お婆ちゃんは、声を上げて歓迎してくれた。何だか、少し嬉しいな。建前だとしても。

少し手が大きいな。何か力仕事をしていたのか、肉厚を感じるし、まるでプロレスラーみたいな手だな。

「結構遠い所にある街だから、多分、わからないかも」

そう言って、何とかごまかそうとする俺。

まともに答えても、きっとわからないだろう。変に警戒されても、困るしな。

俺のお婆ちゃんは、小学生の俺に色々優しく話しかけたり、食べ物を作ってくれたりしてたよな。そんなお婆ちゃんの優しさがわからなくて、いつも自分勝手な事ばかりして、迷惑かけていたな。お婆ちゃんに何かしてあげようと思える年齢に達した時には、もうお婆ちゃんはこの世にいなかった。もう少し、向き合って話してあげれば良かったな。何も喜ぶ様な事もしてあげる事もなく、そのまま終わりなんて。  

「時間があるなら、少しお話でもしようかねぇ?そうだ!マボールというおいしい食べ物があるから、持ってきてあげようね。この街は、見ただろうけど、淋しい所に変わってしまったんだよ。食べ物屋さんなんか、ないからねぇ」

お婆ちゃんはそう言って、笑顔を見せて家の中へ向かっていった。

何処の世界も、お婆ちゃんは優しいのかな。じゃあ、何かしてあげようかな。

そんな余裕はないか。

シュティールも教会で探っているし、話を聞いて離れよう。

もちろん、食べ物はもらう。腹減ってるからな。

マボールって、どんな食べ物なんだろうな。腹減ってる時は、何でもおいしく思える。

グゥ~…。

コラ、鳴るんじゃない。

あ、お婆ちゃんが戻ってきた。銀食器の上にあるものは、何か馴染みがある様な形してるな。うーん。

「これが、マボール?」

俺は、無表情に目の前の食べ物を指差した。

「そうだよ、知らなかっただろう?これが、マボールという食べ物さ。我が家に代々伝わる食べ物なんだよ」

お婆ちゃんは、笑顔でそう言った。

小さな白い楕円形の集合体。それを三角にして、提供。これ、塩おにぎり??

「ありがとう…」

俺は、お婆ちゃんから差し出されたマボールという塩おにぎりらしきものを取り、口に運んだ。

「あー…。はい、はい」

もぐもぐ…。

ごっくん。

「まだまだあるから、食べてね」

「じゃあ、もう1個」

腹減っていた俺は、さらにもう1個取り、口に運んだ。完全にコレ、塩おにぎりだな。

「…食べ…終わったら、聞きたい事があるんだけど、…いいですか?」

もぐもぐ。

行儀悪いな、俺。食べながら話すなとか、よく親に怒られてたな。

「いいよ。もちろんだよ」

お婆ちゃんは笑顔で、そう答えた。

そう言えば、俺のお婆ちゃんも、おにぎり作ってくれたな。おにぎりの中に鮭とか入っていて、ウインナーも添えてくれて、おいしかったな。何だか、懐かしいぞ。

あ、思い出した。

俺のお婆ちゃんが生きていた時、腰が痛いって、トントン叩いていたな。目の前のお婆ちゃんも、腰に負担がかかっているんじゃないのかな。だったら、トントン叩くとか、それくらいは、やってあげてもいいよな。

…。

あれ、息が、吐けない??

胸が、内側から膨れて、痛い。

息を吐こうとすればするほど、息を吸ってしまう。



な、何でだ?



どうして…。


その時、近くで不気味な笑い声が聞こえた。聞いた事もない、笑い声。



「キキキ…。バカな子だねぇ?この世は弱肉強食さ。街の住人がほとんどいなくなったから、この街は私の城になったんだよ。よそ者が、何しに来た?でも、肉はいいねぇ。久し振りだよ。お前さんを、しっかり焼いて食べないとねぇ」

この、お婆…、クソババアか!?毒でも、入れやがったか。さっきの仏みたいな笑顔とは違って、鬼にでも乗り移られたかの様な、悪意に満ちた顔してやがる。

声も、出ねぇ。クソ。



ダメだ、このままじゃ。



死ぬ…。



「…お前さん、地球の、日本って所に住んでいたんだろう。いい情報に感謝しないとねぇ。そこでよく食べられている物を出せば、油断して食べてくれると思ったよ。キキキ…」

このクソババアは、してやったりと、喜びを抑えきれない様な感じで話す。

よくも、お婆ちゃんの思い出を汚してくれたな。

息が吸い過ぎて、胸が破裂…する。



何で、俺が地球の人間だと、わかった?



何で…。



俺が、面白おかしく死ぬ様を見たいとか、言ってたかな。

あいつ。



最初の街で、俺が地球の人間だと当てていたけど、まさか日本人という所までわかっていたのかな。



お話しライオンとの戦いの時は、上から敵が襲いかかってきた事を俺に知らせてくれたのにな。



教会には、1人で探ると言い出したのは、こういう事か?



なぁ、シュティール。



お前が、仕組んだ事なのか?
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