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第一章 オレン死(ジ)ジュースから転生

その19

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大剣が軽い。だから、お話しライオンが駆け寄るタイミングに合わせて振り抜く。それで、退治。

そううまくいけば、楽だろうけど、そううまくはいかないのは、人生と一緒。お話しライオンは、妙に不規則な動きで近づいてくる。タイミングが取りづらい。そして、少し警戒されている。俺に何かがないと、勝つ事はない。例えば、宝くじを当てる運、事故に合わない運とか、とにかく運を持っているだけでも、勝つチャンスはある。それ以外に何か?力任せに大剣を振り回してみようか。これもまた運だけど。ただ、どう振り回すかだ。

「ガルルル…。餌が足掻くのは、悪くない。血が回り、体温も上がる。より柔らかくて、味わい深くなる。ただ、あまり待たせるなよ。死に近しいほどの激痛を生きたまま、じっくりと感じる事になる。楽に死なせてやれなくなる。餌よ。でも、それもまたおいしく食べる方法なのかも知れぬな。今、待っていろ。さあ、餌よ。食事の時間だ」

お話しライオンは、黒い牙を見せ、唸り、湧き出る欲望を抑える様に話すが、話し終えた後、ペットボトルを激しく振って放たれたコーラの様に、欲望という液体や泡を全て放ち、一気に俺の方へ突進してきた。

速い!

俺が大剣を構えると、お話しライオンは身を低く屈ませ、地面を蹴る四つ足をさらに加速させ、伸びる様にして、俺との距離を縮めてくる。うまく剣が構えられない。やられる!なぜ、俺にこんな大きな大剣を用意した?ミスマッチEXなチョイス、いまさらだけど、また怒りが込み上げてくる。

何もしないで死ぬより、足掻いて死んだ方がマシだ。動け、俺の腕、足!驚いている場合じゃない、攻撃しないのなら、少しは避けようとしろ!お話しライオンは、目の前に迫ってるんだよ!

あ…

動物園の従業員体験学習というものが小学生の時に、募集があったかな。そこで、応募して行っておけば、こんな事にはならなかったのかも。いや、子供に、ライオンの餌やりすらやらせるはずはない。せいぜい、生後間もないライオンを触らせ、そのかわいさを記憶に擦り込むくらいだろう。ライオンに襲われた時に攻撃したり、かわしたりするトレーニングなど、今のシチュエーションに役立ちそうな体験など、用意されているはずもない。

アフリカ旅行に出かけて、獰猛な動物達がさまよう中で暮らす、人が忘れかけている様な自然の厳しさを体験しておけば、こんな事にはならなかっただろう。いや、アフリカ旅行に行きたいという気力も、金も、納得する家族も、持ち合わせていない。行くはずがない。行っても、意味があるかどうか…。

あ、あれ?

右手の甲、右腕の黒い模様の上を、紫色の火が小さく灯る。熱くはない。けど、不気味だ。また燃え上がり、火傷の様に痛みが広がるんじゃないのか。

お話しライオンから自分の右手、右腕へ目を逸らして、はっと気がつく。すぐに視線をお話しライオンに戻したが、お話しライオンの口は目の前ですでに大きく開かれ、俺をその中へ餌として招き入れようとしていた。

俺は、絶望感で、手にあった大剣を落とした。



さよ…

う、

なら。



彼女1人くらい、作りたかったな…



仲良くなっても、そこから先がいかないのが、俺の悪い所。友達止まり。

女友達を女として意識すると、途端に扱いづらい獣に見えてくる。

いや、誰でも最初は恐いのかもな。

特に恋愛感情がなければ、街頭でティッシュを配る様な感じで、告白したりするんだろうけど。

恋愛感情なしか。告白する意味がないな。

何にしても、勇気は必要だよな。

あ、告白できなきゃ、させればいいか。

そんな高難易度のスキル、持ち合わせてなんか、ないよな。

そんなことできるなら、このお話しライオンの1匹や2匹、鼻息で殺せてるって話だよ。

そんな訳ないか。

さて、今頃は俺の体はお話しライオンの胃袋に収まっているだろうか。

ああ、天国へ行けるかな、俺。



あ、あれ?



お話しライオンが、10m離れて立っている。

何だ、俺の体臭に耐えられなかったのか。そう臭い気もしないが、多分激しく臭いんだろうな。今すぐ、香水を滝の様に浴びたいよ。

俺の大剣、お話しライオンの側に落ちている。

大剣まで避難させる事はないだろう。大剣に鼻はついていないんだから。

でも、優しいな、お話しライオン。俺の大剣まで避難させてくれて。

でも、さっきも同じ様な事があったよな。

あ!

また、お話しライオンが、俺の方へ向かって駆け始めたぞ。何か、頭をブンブン激しく振り回して、怒っている様にも見えるな。

臭くて、たまらないんだろうな。俺が。

そのまま、去っていってくれればいいのに。

俺、大剣持ってないぞ…

に、逃げようかな?

そうだよな。

お話しライオンが俺の元へ到達するまで、後5m…

む、無理だな!?

でも逃げよう!

右手の甲と腕から、紫色の火が灯る模様。

ああ…!

やっぱり、火が噴き出てきた。鎮火してなかったんだ…!

今度こそ、燃え広がって、死ぬ…。

お話しライオンが、また目の前で口を広げる。逃げられない!大きく黒い牙が、俺の喉元を狙って、飛びかかる。

もう、運なんて、使い果たしたよ。何もない男が、こんな猛獣相手に、戦ったり、逃げたりなんか、できる訳ないんだよな。



もう、



終わり…



そう思ったけど。



「な、何で…俺?」

グルルルと唸るお話しライオン、この上なく不機嫌そうだ。

このまま、死にたくない。俺はその一心で、両手を伸ばした。その手は、お話しライオンの黒く大きな牙を掴み、動きを止めている。

この力は、何なんだ、



一体…!?



俺は、

どんな体に、転生したんだ?
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