剣士アスカ・グリーンディの日記

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第3章 竜の涙

想いは募り

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僕は今、リガード竜騎士団特攻部隊の隊長に立場が変わっている。

危険な状況に置かれる事が多くなるだろう。

この先、より厳しい戦いが待っている。



聖オルディール王国総主教キュラ、この男が、ドメイル教団を動かしている。



この国をいきなり叩けるほど、ウイプルに膨大な兵力があるわけではない。



古のバライン文字の彫られた剣を握る邪教徒。



その邪教徒から復活を期待されている腐神皇アーデは、本当に存在するのか?



僕らの敵は、実際に、どのくらいの規模のものかは、計り知れない。



ウイプルから、始めていこう。



全ては、ウイプルから。











僕は、マージラス砦の守備隊長ダラメイズを討った。



戦意を喪失したアスデンの兵達を見て、僕はこれ以上無駄な血を流さずに済むと。





思っていた。






マージラス砦の向こう側、一番高い丘に横に広く兵を並べて姿を現した、マージラス王国軍。











その兵数は、300程度。







僕はその光景を見ても、後悔など少しも持ちはしなかった。







ベルベッタ、お前の敵は討った。







今度は、僕は僕自身と向かい合う時だ。








お母様。









自制が効かなくなって、人間として生きる道を僕に残して。








僕の剣で終わりを願った。









僕は、リガード竜騎士団の騎士となった。








僕の心に空いた穴から、思い出も、優しさも、流れて、何も残らなくなっていったんだ。







空っぽだったんだよ。








貴女を恨んだんだ。








何で、僕にそんな事をやらせたんだって。









貴女は自制を失い、ウイプルの偉大なる竜ではなく、ウイプル崩壊の元凶となる事を恐れていた。








僕が貴女や他の竜の側にいる場面を、ウイプルの民は見ている。








貴女が暴走し、ウイプルに危害を加え続ければ、側にいて無事なままの僕を、ウイプルの民は、敵と見なす時が来ると感じていたんだよね。







お母様。










貴女が残した道が、僕は過酷に思えたんだ。









でも、じゃあ、ディオガルーダは?










お母様が負傷したまま、ウイプルに辿り着き、暴徒の獣群が金呼鈴福竜コードペイリンカドラゴンシーラスに襲いかかっていた時に、貴女はシーラスに加勢した。






その時に、彼は一緒にいたんだ。















アスデン王国増援軍の1部隊、20名程度が、僕らの元へ寄ってきた。






騎馬の乗りこなしを見ると、その中の7人は、戦に相当慣れている様だった。







僕は、ウガニエムに顔を向けて、逃げてほしいと伝えた。









僕までこの場から去ると、あの大群が僕らに襲いかかる。








それでも、









ウガニエムは、不敵な笑みを浮かべて、首を横に振った。









ウガニエム。









その他の騎士達も、弱気な目などしていない。








偉大な竜騎士達。









貴方達と共に戦えて、良かった。





そう、心から思えた。










アスデン王国増援軍1部隊の将、ライエルゼルは神経質な目を光らせて僕を見て、名乗り、騎馬から降りてきた。







砂煙が遠くで立ち昇る。残りのアスデン王国増援軍の兵が僕らに迫り、60フィートほどの距離を保ち、300もの兵が周りを囲む。









退路は断たれた。










その時、遥かに遠くの方で大きな影が空にふらつきながら浮かび上がり、そしてまた沈んでいった。








大きな竜。









僕にはわかったよ。











その時、貴方の思いが、微かに僕の心に流れて、伝わった。









ウイプルの人間は脅威だと、攻めるには時期尚早だと、その傷を以ってゾーファルに知らせに行った。









ディオガルーダ、貴方が持っていた金属の細長い筒、竜を鎮めるための物。









それは、貴覇竜ラリュナピュートに使おうとしていたんだ。









以前に、お母様が自制が効かなくなりつつある事を知っていて、そしてまだ生きていると思っていたんだ。










金呼鈴福竜コードペイリンカドラゴンシーラスを助けに入った時、貴女はもう1匹の幼い竜を連れていた。






天黄覇王竜アノメルガダイダロスゾーファルの目論みに恐れをなし、ゾーファルから逃げ出した。







幼い竜を連れて。









お母様の書室の、机の下に落ちていた、破かれた紙片に、それを示すものが書かれていた。









ディオガルーダが、自分の書き記されたものを全て破棄しようとしたけど、ただ1枚の紙片は逃れ、床に落ちた。










ゾーファルの脅威は、もっと何年も前に、このウイプルに向けられていたんだ。








お母様が、幼い竜、ディオガルーダを連れて、ゾーファルから逃げたから。









どの時からだろう。



ディオガルーダは、ゾーファルから逃れ続けられると思っていなかったのだろう。





ウイプルの何処かに隠れていたディオガルーダ。







僕が幼い頃、ベッドから見ていた時だ。





ディオガルーダが、このウイプルから、去ろうとしていた。








ゾーファルの元で生きていくと決意した。








そうする事で、このウイプルを、スカリテラス・グリーンディを守ろうとしたんだ。








アスデン王国増援軍の1部隊将、ライエルゼルは、僕がリガード竜騎士団アスカ・グリーンディだと知っていた。







ここから無事に立ち去る条件を、用意してあると言った。










同盟国であるアスデン王国に、ウイプル王国のリガード竜騎士団を差し向けてきた事に憤りを感じるが、あの異名を持つ者がその中に入っていなければ、本気で我々を脅かすつもりはないのだと、溜飲を下げてやる事もできる、と。








今回だけは、ウイプルに生還させてあげてもいい。










生かすも、殺すも、国王から任されていると言ってきた。










異名はあの言葉。



僕は好きじゃない。









お母様。









あの言葉は、お母様はそう僕が呼ばれる様になる事は、きっとわかっていた。










僕は呪いだと、思った。










でも、そうじゃない。










お母様が最後に僕に残した、ウイプルで生きていくための道。






一度だけ、その言葉を否定すれば、僕らはウイプルへ帰る事ができるけど。









ディオガルーダ。








貴方は、僕に悲しみの感情を抱いた。









僕が、お母様の願いを聞き入れ、殺めた。







ウイプルに久し振りに来て、その事を知って。









僕にそんな事をさせてしまった。



間に合わなかったと、ディオガルーダは自分自身を責めた。








命を賭けたあのディオガルーダとの戦いは、僕の心を蘇らせてくれた。






このままでは、僕にウイプルが守れるはずがないと感じていたのだろう。






お母様の思いを、愚弄するなと、そう言われてもいたかの様だった。















ディオガルーダは、もうこのウイプルに戻らない。








あのお母様の書室に落ちた紙片にある貴方の名前も、口にする機会は訪れないだろう。








またディオガルーダがこのウイプルに姿を現わす時は、ゾーファルが世界の覇権を奪還できると実感した時。










その時のディオガルーダは、敵となるだろう。










でも、そうはさせない。









僕は、人間として、ゾーファルの様な竜の、世界の破滅を許しはしない。








ウイプルは、僕の故郷だから。







お母様との、思い出の場所。









ベルベッタとの、思い出の場所。










そして。










ディオガルーダ。










貴方との、思い出の場所。







まだ幼い頃、僕は貴方と遊んで、そして会話をした。




それが、君の運命だって。




よく口癖で言ってたけど。





それは、貴方が自分自身に言い聞かせていたんじゃないかな。







いずれ、ゾーファルの元へ戻らないといけない。








そう平穏な幸せは続かないって。








ゾーファルの元で、竜側に立ち、そして世界の覇権を奪還する機会を探る事になる、と。








つかの間の幸せでも、今もその貴方の胸に残っている?








昔の様に、貴方の笑顔を見る事はないけれど。







貴方の名前を呼んだ事もなかったけど。









貴方の。










貴方の本当の名前は、シルファリアス。











今まで、ありがとう。









僕は、これからもっと、もっと。








強くなるよ。









シルファリアス、忘れないで。








お母様の事。











僕らの、お母様の事。











兄さん。











僕は、兄さんの分まで、このウイプルで生きていくよ。









思い出と共に。














アスデン王国増援軍の1部隊の将、ライエルゼルに、僕は誇りを持って答えよう。









お母様が作った道。








兄さんが作った道。








僕はウイプル王国リガード竜騎士団のアスカ・グリーンディ、そして。











僕が言おうとしている事を悟った新生リガード竜騎士団の騎士ウガニエムらは、一度鞘に納めていた剣を引き抜いて、戦いに備えた。









僕はもう、何者からも、逃げはしない。











ライエルゼルに告げた。








お前の目の前にいる僕が。













ウイプルの、




ドラゴンバスターだ。







フォルディエルの10日
                     ジュシテルの丘の小屋にて
__________

第3章  竜の涙  THE  END
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