剣士アスカ・グリーンディの日記

sayure

文字の大きさ
上 下
45 / 113
第3章 竜の涙

目は語る(for three days)

しおりを挟む
 金曜日の夜、大輝から連絡があった。
 時計を見るともう23時だ。こんな夜遅くに電話をかけてくるなんてどうしたのだろう。

「もしもし?」

『もしもし涼香ちゃん? オレオレ大輝』

「……酔ってるのね、今どこ?」

「〇〇町の電光掲示板の前、話したいことがあるんだけど電話で聞いてくれる?」

「あ、やっぱり行くわ。近いし……ちょっと待ってて」

 電話を切ると私服に着替えてカバンを持つ、風呂上がりなのですっぴんだがこの際仕方がない。涼香は慌てて出て行った。

 地元の情報を絶え間なく映し出す電光掲示板の近くの花壇に項垂れた大輝がいた。横に座るとそっと声を掛ける。

「大輝、くん?」

「お、涼香ちゃんだ」

 大輝は涼香と目が合うと嬉しそうに微笑んだ。少年のような無垢な笑顔に思わずつられて笑ってしまう。

「こんなに酔ってどうしたの?」

「んーちょっとね」

「……ちょっと待ってて」

 涼香はすぐそばにある自動販売機に行きミネラルウォーターを購入した。大輝の元へ戻ると蓋を開けて手渡す。

「さて、聞かせてもらいましょうか?」

「…………希……をさ、忘れるのが怖いんだ。忘れられないとは思ってたし、当然だって思ってた。だけど……最近忘れたいと思う自分がいるんだ。最低だろ?」

 絞り出すように話す大輝は痛々しかった。

「そう……叶わない思いを抱え続けるのは辛いから、みんな自然とからと思うんだと思う。でも……簡単に忘れられるなら、苦労しない。それに──」

 涼香はちらっと大輝の方を見た。すぐに視線をまっすぐ前に戻した。

「忘れたいと思うのは、前に進もうとしているって事だよ。悪いことじゃない。罪悪感を感じる必要も、ないよ。希さんは苦しむ大輝くんを見て笑顔になれないよ……最低と思っているのは希さんじゃなくて自分自身だけだよ、誰もそんな事思ってない。希さんは幸せになってほしいって思うに決まってるよ」

 夢で見た切なそうな希は、俺の罪悪感が作り上げた希だったのか……。希に申し訳ない気持ちの虚像か、それとも──。

「希が……」

──大輝、幸せになって……。

 夢の中で聞いた希の声が聞こえる。

 涼香の言うことは間違ってない……涼香の口から出た言葉たちが心に降り注ぐ。傷ついているわけではない、ただ優しい木漏れ日のように心が熱くなる。

 ヤバイ、泣きそうだ。

 必死で堪えて俯く。涼香は気付いたのだろう、ふざけた調子で大輝の肩を横から抱くと、まるで音楽に身をまかせるように左右に体を揺らす。「ふふふ」と笑う涼香に涙が引っ込んだ。

「ねぇ?……大輝くんは希さんを忘れることは出来ないよ……忘れたいと思ったとしてもそれは、出来ない」

「どう言う意味?」

「希さんが心にいるのが大輝くんでしょ、忘れるなんて言い方しないで。希さんの事を思い出して、悲しい気持ちにならなければそれでいいんじゃない? それが大輝くんにとってってことでしょ。無理しなくていいんだって!」

 驚いた。
 忘れるのは思い出さなくなると思い込んでいた。希を思い出してつらい感情が出なくなればいいのだという発想は無かった。

 苦しかった。
 希の存在が大きすぎて……自分の心を占めすぎて苦しかった。


 大輝は思わず涼香を抱きしめた。涼香は驚いたようだが辿々しく背中に手を回すとその大きな背中を撫でた。

「ごめん、変な意味じゃないから。本当にごめん……」

「分かってるから、大丈夫だってば……謝らないで」

 涼香はふっと笑った。きっと大輝くんは泣いている。必死でバレないように、震えないようにしている。

 大事な人を突然失った悲しみは、深い。ゆっくりとゆっくりとまた人を愛せる日がくればいい。思いは、心はそんなに簡単なものじゃないから。

 大輝くんに幸せになってほしい。誰かを大切に思ってほしい。誰かから大切に愛されてほしい。私だったら、笑顔で……。
 え。何?
 一瞬頭をよぎった良からぬ考えに驚く。

 ヤバイ。動揺して脈が早くなる。心友なのに、同志なのに何変な事考えてんのよ……。

 大輝がゆっくりと離れていく。触れ合っていた部分に空気が触れ冷めていく。

「あー、心友が涼香ちゃんで本当に良かったよ」

「うん、当たり前じゃん。私たちは似た者同士なんだから」

 涼香は大輝の肩を強めに叩く。自分のダメな考えを振り落とすように……。

 夜の澄んだ空気で叩いた音が思いのほか響いた。通りを歩いていた人たちが何事かと振り返る。涼香は恥ずかしくなり大輝の腕を掴み夜道を歩き出した。

 大輝はわざと「あー痛いな……痛い痛い」と言いながら大げさに肩を撫でる。涼香は「うるさいっ」と言い更に腕を強く引く。真っ赤になる涼香の耳朶を見て大輝は笑いをこらえた。


しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

冷遇妻に家を売り払われていた男の裁判

七辻ゆゆ
ファンタジー
婚姻後すぐに妻を放置した男が二年ぶりに帰ると、家はなくなっていた。 「では開廷いたします」 家には10億の価値があったと主張し、妻に離縁と損害賠償を求める男。妻の口からは二年の事実が語られていく。

とある元令嬢の選択

こうじ
ファンタジー
アメリアは1年前まで公爵令嬢であり王太子の婚約者だった。しかし、ある日を境に一変した。今の彼女は小さな村で暮らすただの平民だ。そして、それは彼女が自ら下した選択であり結果だった。彼女は言う『今が1番幸せ』だ、と。何故貴族としての幸せよりも平民としての暮らしを決断したのか。そこには彼女しかわからない悩みがあった……。

転生悪役令嬢に仕立て上げられた幸運の女神様は家門から勘当されたので、自由に生きるため、もう、ほっといてください。今更戻ってこいは遅いです

青の雀
ファンタジー
公爵令嬢ステファニー・エストロゲンは、学園の卒業パーティで第2王子のマリオットから突然、婚約破棄を告げられる それも事実ではない男爵令嬢のリリアーヌ嬢を苛めたという冤罪を掛けられ、問答無用でマリオットから殴り飛ばされ意識を失ってしまう そのショックで、ステファニーは前世社畜OL だった記憶を思い出し、日本料理を提供するファミリーレストランを開業することを思いつく 公爵令嬢として、持ち出せる宝石をなぜか物心ついたときには、すでに貯めていて、それを原資として開業するつもりでいる この国では婚約破棄された令嬢は、キズモノとして扱われることから、なんとか自立しようと修道院回避のために幼いときから貯金していたみたいだった 足取り重く公爵邸に帰ったステファニーに待ち構えていたのが、父からの勘当宣告で…… エストロゲン家では、昔から異能をもって生まれてくるということを当然としている家柄で、異能を持たないステファニーは、前から肩身の狭い思いをしていた 修道院へ行くか、勘当を甘んじて受け入れるか、二者択一を迫られたステファニーは翌早朝にこっそり、家を出た ステファニー自身は忘れているが、実は女神の化身で何代前の過去に人間との恋でいさかいがあり、無念が残っていたので、神界に帰らず、人間界の中で転生を繰り返すうちに、自分自身が女神であるということを忘れている エストロゲン家の人々は、ステファニーの恩恵を受け異能を覚醒したということを知らない ステファニーを追い出したことにより、次々に異能が消えていく…… 4/20ようやく誤字チェックが完了しました もしまだ、何かお気づきの点がありましたら、ご報告お待ち申し上げておりますm(_)m いったん終了します 思いがけずに長くなってしまいましたので、各単元ごとはショートショートなのですが(笑) 平民女性に転生して、下剋上をするという話も面白いかなぁと 気が向いたら書きますね

むしゃくしゃしてやった、後悔はしていないがやばいとは思っている

F.conoe
ファンタジー
婚約者をないがしろにしていい気になってる王子の国とかまじ終わってるよねー

五歳の時から、側にいた

田尾風香
恋愛
五歳。グレースは初めて国王の長男のグリフィンと出会った。 それからというもの、お互いにいがみ合いながらもグレースはグリフィンの側にいた。十六歳に婚約し、十九歳で結婚した。 グリフィンは、初めてグレースと会ってからずっとその姿を追い続けた。十九歳で結婚し、三十二歳で亡くして初めて、グリフィンはグレースへの想いに気付く。 前編グレース視点、後編グリフィン視点です。全二話。後編は来週木曜31日に投稿します。

いっとう愚かで、惨めで、哀れな末路を辿るはずだった令嬢の矜持

空月
ファンタジー
古くからの名家、貴き血を継ぐローゼンベルグ家――その末子、一人娘として生まれたカトレア・ローゼンベルグは、幼い頃からの婚約者に婚約破棄され、遠方の別荘へと療養の名目で送られた。 その道中に惨めに死ぬはずだった未来を、突然現れた『バグ』によって回避して、ただの『カトレア』として生きていく話。 ※悪役令嬢で婚約破棄物ですが、ざまぁもスッキリもありません。 ※以前投稿していた「いっとう愚かで惨めで哀れだった令嬢の果て」改稿版です。文章量が1.5倍くらいに増えています。

王子を身籠りました

青の雀
恋愛
婚約者である王太子から、毒を盛って殺そうとした冤罪をかけられ収監されるが、その時すでに王太子の子供を身籠っていたセレンティー。 王太子に黙って、出産するも子供の容姿が王家特有の金髪金眼だった。 再び、王太子が毒を盛られ、死にかけた時、我が子と対面するが…というお話。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

処理中です...