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第1話 3
しおりを挟む「おおー」
改札を出て駅前の景色が視界に飛び込んできた瞬間、拓海は思わず驚きの感情が声になった。
「結構様変わりしてるでしょ」
「かなり変わったね。あそこの花時計があるところって、前は噴水がなかった?」
「そうそう。夏場は小さい子達が水遊びとかしてたところだよ」
「なんか、建物の数も増えてる気がする……」
記憶の中にある景色と変わってしまった駅前を見て拓海は、何だか知らない場所に来た気分になった。建物は変わらずとも、中に入っているテナントがまるっきり変わっているらしい建物もあって、拓海は興奮が抑えきれなかった。
「今日中に全部回るのは厳しいから、また連休に来ようね」
駅とショッピングモールを繋ぐ連絡デッキを歩きなら、まだ当たりを見回し続ける拓海に和泉は諭すように言う。好奇心が疼いているのはバレバレだったようだ。
まずはじめに、拓海たちが向かったのは昔からある本館と呼ばれる建物だ。
「この建物に入ってるテナントはほとんど変わってないんだね」
エレベーターを待ちながら各階の案内を見ていると、外とは対照的に本館のテナントがほぼ変わっていないことに気がついた。
「基本的には変わってないね。あ、フードコートは結構変わったよ」
「それは何処でも同じなんだね。大学の近くにあるオレがよく行くショッピングセンターも定番では無い限りいつの間にか違う店になってるし」
エレベーターが到着した合図が鳴って、扉がゆっくりと開いた。
「流行りに乗って出しましたってタイプのお店だと尚更だよね。ってことで、撤退する前にフルーツティーの専門店に行きたいけどいい?」
エレベーター内に貼られたポスターを見ていた和泉がそんなことを言い出す。
腕時計を見ると十一時を過ぎたところだった。お昼になればフードコートは人が溢れるだろうし、今のうちに済ませてしまった方がゆっくり食べれるだろう。
「最近、流行ってるよね。オレも気になってた。ついでに少し早いけど、お昼も済ませちゃわない?」
「そうしよっか」
和泉が拓海の提案に同意したので、フードコートのある五階のボタンを押した。
早めのランチを済ませてしまおうと考えている人は案外いるようですでに何組かはテーブルで食事を摂っていた。
「ケバブだ。美味しそう」
注文のための列に並んでいると、和泉がぼそりと呟いた。目的だったフルーティーの専門店の隣にはトルコ料理の店があり、大きな肉がゆっくりと回っていた。
「お昼はケバブサンドする?」
「それいいね。拓海はどれにする? おれこっちで注文しておくから、ケバブサンドの方は任せていい?」
和泉は掲示されているメニューの値段を確認してからそう言った。一緒に出かける時は基本的に割り勘になるのだが、こういった場合はいつも和泉が拓海よりも少し多めに出してくれた。後で差額分を渡そうとしたこともあったが、「兄の威厳」とか言って受け取ってくれなかった。
今では社会人と学生という身分差があるので拓海は素直に兄に甘えることにする。
「白桃がいいかな。ケバブサンドは一種類しかないみたいだけど、大きさは選べるみたいだよ。どうする?」
「朝食からそんなに時間は経ってないから小さいのでいいよ」
「分かった。じゃあ、買ってくるね」
目当てのケバブサンドを注文すると、材料はショーケースに並んでいるものを使うらしく、すぐに商品が出てきた。和泉を見てみるとちょうど注文の順番が回ってきたようだったので、拓海は先にテーブルを確保することにする。
しばらくすると商品を受け取った和泉が拓海の前に腰を下ろした。
「お待たせ。ケバブの方早かったね」
「並んでなかったからね」
和泉からフルーツティーを受け取り、早速一口飲んでみると白桃の芳醇な甘みと烏龍茶のしっかりとした味わいが絶妙に絡まり口の中に広がる。
「こういうのって、結構甘いのかなって想像してたけど、スッキリしてて飲みやすい」
「こっちのトロピカルフルーツの紅茶も結構サッパリしてておいしいよ」
「飲んでみる?」と和泉が自分のドリンクを差し出されたが、拓海は「いい」と首を横に振る。まさか断られるなどと思っていなかったと、しょんぼりと肩を落とす和泉に申し訳ない気持ちが湧き上がる。
しかし、和泉が拓海に対して警戒心を抱かないせいで、大河に牽制されるのを回避するためには、この答えが最適解なのであった。
和泉の警戒心が薄れる要因に拓海は心当たりがあった。
というのも拓海は以前、兄である和泉だけには、想い人が同性のアルファであることを打ち明けていたのである。
しかし、この事を和泉の恋人である大河は知らない。例え知っていたとしても拓海がアルファであるという事実が覆される訳でもない。和泉がいくら「拓海は他のアルファとは違うから」などと言っても意味は無いというわけだ。
「そういえば、大河さんて今年の春に大学卒業したんだよね? そろそろ結婚するの」
肩を落とす和泉の気分を変えるために、拓海は咄嗟に大河の話題を振る。和泉は恋人である大河のことを聞けば、嬉々として語ってくれることを拓海は知っていたからだ。
それに大河の大学卒業を待って結婚するという話を聞いていたが、その後の話を聞いていないことを思い出したからだ。
「そうそう。まだ拓海には伝えてなかったね。六月のおれの誕生日に合わせて先に婚姻届だけ出して、式自体は来年することにしたんだよ」
「何かあったの?」
「別によくない理由とかじゃないよ。ただ、大河の研修がかなりハードだからね。今年いっぱいはあちこち行かなきゃ行けないみたいなんだ」
企業に優秀なアルファが入ると、研修が一般社員に比べてハードになるというのはよく聞く話だ。和泉が少し寂しがっているのではないかと思ったが、そんな心配は無用だったみたいだ。
「大変だね」
「拓海も将来就職したら大変だよ、きっと」
「オレは大河さんみたいに大企業に就職を希望している訳では無いから、そこまでにならないとは思うよ」
「拓海は教職志望なんだっけ? それでも新人のうちは大変だって聞くよ」
「それはどんな職を選んでもそうでしょ。自分で選んだ道なんだから、多少辛くても根性で乗り切る」
拓海がそう宣言すると和泉は一瞬目を見開き、嬉しそうに細めた。
「兄ちゃん、拓海の成長が嬉しい」
そう言って和泉は人目など気にせず頭を撫でてきた。保育士である和泉は、普段からこんな風に子供たちを褒めているのだろう。
ニコニコと上機嫌に頭を撫でてくる和泉の手を拓海は振り払うこともできず、拓海は羞恥心にひたすら耐えることしか出来なかった。
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