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それは甘い毒
Chapter6−9
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「気づいてたの?」
「最初からってわけではないです。でも、違和感はありました。だって、普通は自分の為に誰かを利用するって言うときに、相手のリスクの心配なんてしないじゃないですか」
俊哉の提案に興味を持つ早苗に対して「番になるって、アルファよりオメガの方がリスクが高いんだから」と発言をしたことを思い出していた。
「他人の人生を借りるんだ……」
「先輩はそういうことを考えられる人だから、オレはこの提案に乗ったんです」
「早苗くん……」
「だからオレは、自分の意思で決めたことの責任を俊哉先輩に押し付けるつもりはありません」
「だとしても!」
早苗の言葉に食い入るような勢いで俊哉は声を上げる。
「なんですか?」
「だとしても、おれがあんな提案をしなければ早苗くんはこんな目に合わずに済んだのも事実だ」
「それは否定しません。その通りなので」
早苗の言葉に俊哉はまた顔を歪めた。
「おれはどうやって早苗くんに償えばいい?」
掛け布団の端を握りしめながら俊哉が呟く。彼は早苗にこの提案したことをずっと後悔していたのだろう。彼の心情がありありと伝わってくるような気がした。
俊哉に対して何も思っていないわけではないが、それでも彼は早苗に断る選択肢だって用意してくれていたのだ。全てが彼のせいで引き起こされたとは早苗は考えていなかった。
「償って欲しいとは思ってないです。こんな目にあったのは、オレが人の気持ちを侮っていた事にも原因があります」
「おれは、伊織が手段を選ばない人間だって知ってた……」
そう言いながら俊哉は後ろめたそうに俯いた。彼にとってそれが一番の後悔なのだろう。
実際に俊哉が伊織が以前にしたことの話を聞かせてくれていたならば、早苗はこの提案に乗っていたかどうかはわからない。あの時の短絡的な考えに陥っていた早苗なら、その話を聞かされていたとしても彼の提案に乗っていただろうと考える。それほど、早苗は腹を立てていたのだ。
「じゃあ、今後オレが副作用で困るようなことがあったら助けてください」
それは妙案だと早苗は思った。今のところ一番の心配なのは、中和剤を打たれたことで抑制剤が効かなくなるかもしれないということである。
抑制剤が効かない発情期がオメガの体に与える負担を想像するのは、オメガである早苗にとっては容易なことだった。だから、もしその時が来たら俊哉に手を貸してもらうか、後腐れのないアルファを紹介してもらえればという打算があった。
どんなに厄介な発情期であってもアルファの精さえあれば、簡単に鎮めることが可能だ。オメガというのはそんな嫌に単純は生き物なのである、と少し自虐的に考えた。
「そんなことでいいの? それは言われるまでもなくそうするつもりだったんだ。それに早苗くんが望むなら、もう一度番になることだって考えてる」
俊哉が真っ直ぐに見つめてくる。彼の決心は固いようだ。けれど、早苗はその言葉に甘んじるつもりはなかった。
「いえ、番はもういいです」
「なんで……」
早苗が俊哉の決断をキッパリと断ると、彼は愕然とした。こうもあっさりと固く結んだ決意を断られるなんて、想像もしていなかったらしい。
「俊哉先輩が嫌というわけではないです。そんなに長い間じゃなかったですが、恋人として大事にされるっていう経験は楽しかったのは本当なので」
言い方が悪かったと気がついて慌てて付け加える。
「それなら!」
身を乗り出してくる俊哉を宥めつつ、早苗は本心を明かすことにした。
「あの経験だけで十分だなって思ったんです。なんというか楽しかったけど、ずっとアレだとちょっと胃もたれするというか……」
「胃もたれ……」
本音を漏らすと、俊哉は肩透かしを食らったような反応を見せた。
「ああいう砂を吐くほど甘い雰囲気は、オレの性にはちょっと合わなかったってだけです」
「砂を吐く……」
俊哉は早苗の言葉を反芻しながらその場で脱力した。早苗の言葉選びは失敗を繰り返してしまったらしい。
「れ、恋愛の仕方って多分人それぞれだと思うんですよ。俊哉先輩とオレは方向性が違ったというか! まともな恋愛なんてしたことないですけど……」
目に見えて落ち込んでいく俊哉にテンパりながら、どうにか空気を変えようと試みる。しかし、どんどん悪い方向にいっているような気がし始めて、早苗は諦めて口を閉じることにした。
「……くっ……ふ」
数秒の重苦しい沈黙を破ったのは俊哉だった。苦しげな声を漏らす彼を心配して早苗が覗き込むと、彼は必死に笑いを堪えているだけだった。
「俊哉先輩」
「ごめん、ごめん。早苗くんが必死に弁解してるのは分かってるんだけど、それが追い打ちにしかなっていないのが面白くて……ふっ……」
思い出したように吹き出す俊哉をじっと睨みつける。しかし、早苗の鋭い視線を俊哉はものともする様子はない。
「追い打ちかけるつもりなんてないです」
「うん、それは分かってる。恋愛の方向性が違うだけだもんね……ンン」
「俊哉先輩!」
「本当にごめん。真剣に謝りに来たのに、こんなに笑わされるなんて思わなかったよ」
深呼吸をして俊哉は落ち着いたらしい。
「笑わせるつもりもなかったんですけどね。でも、謝り倒されるのもアレだったんで良かったですが」
「そうだよね……」
「それにしても、その口の端の怪我どうしたんですか?」
俊哉がまた落ち込みそうな雰囲気を感じ取った早苗は少々強引に話題を変えた。
「気になる?」
「そりゃ、まあ……」
「これね、聖司と京介に殴られたんだ」
「え、京介さんが?」
その傷の原因に早苗が予想もしていなかった人物の名が上がった。早苗は無意識に京介のことを名前で呼ぶくらいには動揺していた。
「最初からってわけではないです。でも、違和感はありました。だって、普通は自分の為に誰かを利用するって言うときに、相手のリスクの心配なんてしないじゃないですか」
俊哉の提案に興味を持つ早苗に対して「番になるって、アルファよりオメガの方がリスクが高いんだから」と発言をしたことを思い出していた。
「他人の人生を借りるんだ……」
「先輩はそういうことを考えられる人だから、オレはこの提案に乗ったんです」
「早苗くん……」
「だからオレは、自分の意思で決めたことの責任を俊哉先輩に押し付けるつもりはありません」
「だとしても!」
早苗の言葉に食い入るような勢いで俊哉は声を上げる。
「なんですか?」
「だとしても、おれがあんな提案をしなければ早苗くんはこんな目に合わずに済んだのも事実だ」
「それは否定しません。その通りなので」
早苗の言葉に俊哉はまた顔を歪めた。
「おれはどうやって早苗くんに償えばいい?」
掛け布団の端を握りしめながら俊哉が呟く。彼は早苗にこの提案したことをずっと後悔していたのだろう。彼の心情がありありと伝わってくるような気がした。
俊哉に対して何も思っていないわけではないが、それでも彼は早苗に断る選択肢だって用意してくれていたのだ。全てが彼のせいで引き起こされたとは早苗は考えていなかった。
「償って欲しいとは思ってないです。こんな目にあったのは、オレが人の気持ちを侮っていた事にも原因があります」
「おれは、伊織が手段を選ばない人間だって知ってた……」
そう言いながら俊哉は後ろめたそうに俯いた。彼にとってそれが一番の後悔なのだろう。
実際に俊哉が伊織が以前にしたことの話を聞かせてくれていたならば、早苗はこの提案に乗っていたかどうかはわからない。あの時の短絡的な考えに陥っていた早苗なら、その話を聞かされていたとしても彼の提案に乗っていただろうと考える。それほど、早苗は腹を立てていたのだ。
「じゃあ、今後オレが副作用で困るようなことがあったら助けてください」
それは妙案だと早苗は思った。今のところ一番の心配なのは、中和剤を打たれたことで抑制剤が効かなくなるかもしれないということである。
抑制剤が効かない発情期がオメガの体に与える負担を想像するのは、オメガである早苗にとっては容易なことだった。だから、もしその時が来たら俊哉に手を貸してもらうか、後腐れのないアルファを紹介してもらえればという打算があった。
どんなに厄介な発情期であってもアルファの精さえあれば、簡単に鎮めることが可能だ。オメガというのはそんな嫌に単純は生き物なのである、と少し自虐的に考えた。
「そんなことでいいの? それは言われるまでもなくそうするつもりだったんだ。それに早苗くんが望むなら、もう一度番になることだって考えてる」
俊哉が真っ直ぐに見つめてくる。彼の決心は固いようだ。けれど、早苗はその言葉に甘んじるつもりはなかった。
「いえ、番はもういいです」
「なんで……」
早苗が俊哉の決断をキッパリと断ると、彼は愕然とした。こうもあっさりと固く結んだ決意を断られるなんて、想像もしていなかったらしい。
「俊哉先輩が嫌というわけではないです。そんなに長い間じゃなかったですが、恋人として大事にされるっていう経験は楽しかったのは本当なので」
言い方が悪かったと気がついて慌てて付け加える。
「それなら!」
身を乗り出してくる俊哉を宥めつつ、早苗は本心を明かすことにした。
「あの経験だけで十分だなって思ったんです。なんというか楽しかったけど、ずっとアレだとちょっと胃もたれするというか……」
「胃もたれ……」
本音を漏らすと、俊哉は肩透かしを食らったような反応を見せた。
「ああいう砂を吐くほど甘い雰囲気は、オレの性にはちょっと合わなかったってだけです」
「砂を吐く……」
俊哉は早苗の言葉を反芻しながらその場で脱力した。早苗の言葉選びは失敗を繰り返してしまったらしい。
「れ、恋愛の仕方って多分人それぞれだと思うんですよ。俊哉先輩とオレは方向性が違ったというか! まともな恋愛なんてしたことないですけど……」
目に見えて落ち込んでいく俊哉にテンパりながら、どうにか空気を変えようと試みる。しかし、どんどん悪い方向にいっているような気がし始めて、早苗は諦めて口を閉じることにした。
「……くっ……ふ」
数秒の重苦しい沈黙を破ったのは俊哉だった。苦しげな声を漏らす彼を心配して早苗が覗き込むと、彼は必死に笑いを堪えているだけだった。
「俊哉先輩」
「ごめん、ごめん。早苗くんが必死に弁解してるのは分かってるんだけど、それが追い打ちにしかなっていないのが面白くて……ふっ……」
思い出したように吹き出す俊哉をじっと睨みつける。しかし、早苗の鋭い視線を俊哉はものともする様子はない。
「追い打ちかけるつもりなんてないです」
「うん、それは分かってる。恋愛の方向性が違うだけだもんね……ンン」
「俊哉先輩!」
「本当にごめん。真剣に謝りに来たのに、こんなに笑わされるなんて思わなかったよ」
深呼吸をして俊哉は落ち着いたらしい。
「笑わせるつもりもなかったんですけどね。でも、謝り倒されるのもアレだったんで良かったですが」
「そうだよね……」
「それにしても、その口の端の怪我どうしたんですか?」
俊哉がまた落ち込みそうな雰囲気を感じ取った早苗は少々強引に話題を変えた。
「気になる?」
「そりゃ、まあ……」
「これね、聖司と京介に殴られたんだ」
「え、京介さんが?」
その傷の原因に早苗が予想もしていなかった人物の名が上がった。早苗は無意識に京介のことを名前で呼ぶくらいには動揺していた。
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