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それは甘い毒
Chapter4-9
しおりを挟む一瞬飛んだ意識はすぐに回復した。番が成立した証だろうか、早苗は不思議な安心感で満たされてい
「早苗くん……ありがとう……」
いつの間にか着替えを済ませていた俊哉が早苗の手を握りしめながら呟いた。それは、いつものように自信に溢れた彼ではなく、ついさっき垣間見た弱々しい彼の姿によく似ていた。今まで彼はずっと、伊織の兄として色々のなことに耐えてきたのだろう。
「いえ……」
「お腹すいたよね。ルームサービスでお腹に負担にならないものを頼んでおいたよ」
そういえば、さっきから香ばしい匂いがしていたということに気がついた。乱れたバスローブを整えてテーブルの方へ行くと、オニオンスープとサンドイッチが2人分用意されていた。
「もしかして、オレ結構長い間意識飛ばしてました?」
「30分くらいだね。ちょっと驚いたけど、寝苦しそうでもなかったから様子見してた」
自分の中では一瞬の出来事だったが、それなりの時間意識を飛ばしていたようだ。そういえば、首周りに血液の後もなければ体もベタついていない。早苗が意識を飛ばしている間に俊哉が処理をしてくれたようだ。
「なんか、体とかまで拭いてもらったみたいで……ありがとうございます」
「番を大切にするのはアルファの義務……いや、特権だよ」
言葉を変えたのは、俊哉なりの気遣いなのだろう。
「それでも、ありがとうございます」
「うん、どういたしまして。そうだ、渡したいものがあるんだ。ここに座って」
俊哉は早苗を椅子に座らせると、目の前で跪いた。
どこからか、取り出したのはつい最近見たことのある箱だった。
「それは……」
「早苗くんなら、これが何かわかるよね」
「はい……」
それは、先日京介が早苗に渡したのと同じ箱だった。中身は間違いなくエンゲージカラーだろう。正直、その箱は早苗にとって鬼門だった。
「もしかして、京介も同じブランド選んだ?」
早苗が目を逸らしたがっているのを察した俊哉が苦い笑顔を浮かべる。
「あ……はい」
「なんかごめん……でも、これ、早苗くんに合うと思って選んだんだ」
俊哉が箱を開けると、そこには京介が選んだデザインとは正反対のシンプルなものが鎮座していた。ベルトの正面にあるバックルに四葉のクローバーのモチーフの小さなチャームが付いているものだった。エンゲージカラーの中でも、定番と言えるデザインである。
恋人である京介が選んだものなんかよりもずっと、早苗のことを考えて選ばれたものだと早苗は思った。
「これは……」
「早苗くんの首につけてもいいかな?」
早苗が頷くと、俊哉は箱からエンゲージカラーを取り出して、早苗の首に巻いた。真新しい傷口にベルトが触れると少しピリリとする。
「これ、解錠番号はさっき教えてもらったやつでいい?」
「大丈夫です」
カチリと小さくロック音が聞こえてから俊哉が離れた。
「よかった。すごく似合う」
「どうして、オレにこれをくれたんですか?」
「うーん……こういう普通の恋人みたいなことをしてみたかったからかな」
「普通の恋人……」
「そう。こういうの、憧れてたんだよね。ずっと叶わないと思ってたから……」
そういった俊哉が悲しそうな顔をした理由が、この時の早苗にはわからなかった。
冷めたオニオンスープでサンドイッチを流し込んだ、2人はベッドに潜り込んだ。早苗は、番になった反動で疲れていたせいか目を閉じるとすぐに夢の世界へ旅立った。
翌朝、ルームサービスで朝食を済ませた後、シャワーを浴びてからホテルを出る。
昨日の出来事がまるで夢のように思えたが、首に巻かれているネックガードが俊哉からもらったエンゲージカラーになっていて、昨夜の出来事が夢ではなかったこと証明している。
タクシーを待っている間、早苗が何度も首元を触って確認していると、俊哉が嬉しそうに見ていることに気がついた。
「な、なんですか?」
「首、違和感ある?」
「違和感というか……なんか、昨日のことが現実だったんだなって実感ができるのって、コレがあるおかげなんで」
「キツかったり、痒くなったりはしてない?」
「平気ですよ。素材自体は今まで使っていたものと一緒ですから」
「ならよかった」
恋人みたいなやり取りがくすぐったくてたまらなかった。それは今まで京介とのやり取りではあまり感じたことのない感覚だった。
タクシーが来ると、俊哉も一緒に乗り込んできて、早苗の家の住所を運転手に告げたので早苗は少し驚いた。以前聞いた俊哉の家の場所と変わっていないのであれば、早苗の家を経由すると遠回りになってしまうのである。
「早苗くんちで回収したいものがあるんだ」
不思議そうな顔をしている早苗の顔から、考えていることを読み取った俊哉はそういった。道中、なんのことだろうと思ったが、思い当たる節はなかった。俊哉が、早苗の家に来たのは、発情期誘発剤処方同意書にサインをしに来た時だけだった。その時も特に、忘れ物をしていった様子はなかったのだ。
俊哉の回収したいものというのは、京介からもらったエンゲージカラーだった。
「番の家に他のアルファのものがあるのって面白くないからね」
「オレたちって別にそういう関係ではないですよね」
冗談なのか本気なのか分からないその言葉に、早苗は素直に京介からもらったエンゲージカラーを俊哉に渡した。箱を開けて中身を確認した俊哉が苦笑を漏らす。
「アルファの習性だと思って笑って流してくれると嬉しいな。それにしても、京介コレを早苗くんに渡したんだ」
「すごいですよね。しかも、翌朝、それがオレの首に巻かれてなかったから、着けないのかと聞かれました」
「なんというか、あいつってセンスがここまで壊滅的だったんだな……。知らなかった……」
幼馴染の贈り物選びのセンスがあまりにも壊滅的だったことに俊哉は本当に驚いているようだった。
「衝撃的でした。悪い意味で……」
「とりあえず、これはオレがもらっていくね」
「どうぞ」
箱を鞄の中にしまった俊哉が早苗の額にキスをする。
「じゃあ、また近々デートに誘うね」
「あ、はい」
恋人のように振る舞う俊哉のペースについていけず、早苗はぼんやりとしたまま俊哉の背中を見送った。
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