【完結】ぼくたちの適切な距離【短編】

綴子

文字の大きさ
上 下
21 / 21

21.

しおりを挟む
 拓人はぼくの部屋に入る時、持ってきていた口枷を着けた。
 あまり浸透してはいないが、アルファにはオメガの発情フェロモンを受けると確実に発情状態を引き起こす。それに対抗するためにアルファようの抑制剤もあることにはあるが、オメガようのソレと同様の効果は期待できない。
 その代わりとなるのが、アルファの口枷だ。オメガのネックガードと役割は似ている。が、オメガのように常に着用するものではなく、発情期のオメガに近づかなければならない場合のみ──、たとえばオメガに関わる研究者や医師が使うことを前提に作られていて、一般市場には滅多に出回っていないものである。

「拓人それって……」

「蓮はネックガード持ってないかなって思って」

「噛みたいなら噛んでもいいのに」

「勢いに任せた行動はしたくないんだ。多分、今の蓮は発情寸前で思考回路がいつもよりふにゃふにゃしてて、理性もゆるゆるだろうからね」

 2人でぼくのベッドに腰を下ろした。拓人はぼくをベッドの上にあったタオルケットで包んでから後ろから抱きしめる。拓人の匂いに包まれてぼくの幸福度は最高潮に到達した。

「それは……否定できないかも。でも、ぼく発情期じゃないの? こんなに体が熱いのに」

 拓人がこれほど理性を保ってられるということは、まだぼくは本格的な発情期を迎えていないのだろうか。今ですらこんなにも体が熱を持て余しているのに、本格的な発情期になったら自分はどうなってしまうのだろうと思うと少し怖い。


「オレは医者じゃないから断言できない。でも薬は飲んでないだろう?」

「ううん。帰ってきてから体の調子がおかしくて、フェロモンを測ったらいつも以上の数値が出てから飲んだ」

「そうだったのか。なら様子を見た限り、発情期は迎えてるかもな。オレが理性を保っていられるの蓮が飲んだ抑制剤のおかげだね」

「じゃあ、口枷外してもいいんじゃない?」

 アルファにとって口枷をつけるというのは自衛のためではあるが、屈辱的だとどこかで聞いたことを思い出したから、拓人にそう提案した。
 しかし、拓人は首を横に振る。

「この口枷は、蓮への愛の証明。でも。次の発情期が来た時には着けないよ」

 拓人が耳元でそう宣言する。想像しただけで、お腹がキュンッとした。

「……っ」

「照れた? 匂いが少し濃く甘くなったよ」

「分かってるなら聞かないでよ」



 週明けの昼休み。
 今日は月曜日だというのに拓人がぼくを迎えに来た。

「今日は赤松先輩とご飯を食べる日じゃないの?」

 と聞くと、拓人は「千寿さんが蓮も呼んでるんだ」としか答えてくれなかった。
 彼氏にちょっかいを出したぼくにお叱りの言葉でもかけるつもりなのかと、ぼくは四阿まで行くまでの道のりの間ヒヤヒヤしっぱなしだった。

「初めまして、篠原蓮くん。私は3年の赤松千寿です」

「えっと、初めまして……」

「そんなに緊張しないで。取って食ったりなんかしないから」

 思いの外ギスギスした雰囲気はなく、ぼくは肩の力が抜けた。

「まずは謝らせてね。拓人との時間を取り上げるようなことをしてごめんなさい。この子から聞いてると思うけど、私と拓人は付き合ってません。それっぽく振る舞っていたけどね」

 ぼくは驚いて2人の顔を見比べた。あの日拓人の言っていたことは本当だったのか。

「じゃあどうして付き合ってるフリなんかしてたのって顔だから説明するとね、私と拓人はいとこ同士なの。今回の色々も拓人が好き子にやきもち妬かせて……」

 赤松先輩がそこまでいうと、拓人は彼女の口を押さえた。

「千寿さん、おしゃべりがすぎますよ」

 そう言って、先輩の言葉を誤魔化した拓人の顔は今まで見たことがないくらい真っ赤になっていた。彼は本当にぼくが知っている拓人なのだろうか?
 ぼくが、拓人を見つめていると赤松先輩が彼の手をゆっくり外してぼくと向き合った。

「なかなか発展しないあなた達には外部からのアクションも必要と思って拓人に手を貸したけど、あなたを傷つけた事実に変わらないのよね。ごめんんなさい」

「いいえ。ぼくも今回のことがあったおかげで、どれだけ拓人のことが好きだったかも自覚しましたし、自分の心に嘘を吐いても後悔するだけだと学ばせてもらったので、感謝してます」

「そう。拓人のパートナーがあなたのようにいい子でよかったわ。それから拓人。今回は私も面白そうってノリノリであなたの提案に乗っちゃったから強くは怒れないけれど、恋愛にはスパイスが必要と言っても加減を間違えればお互いが傷つきかねないってことを忘れちゃだめよ? これからはもっとお互い素直になるのよ」

 そう言って赤松先輩は去っていった。お弁当を持ってきていなかったから最初からちょっと話すだけのつもりだったのかもしれない。

「赤松先輩って、噂通り魅力的な人だよね」

 楽しそうに遠ざかる先輩の背中に熱い視線を向けていると、拓人が腰に腕を回した。

「好きになったら怒るよ」

「赤松先輩は人間として尊敬してるだけ。ぼくが好きなのは拓人だけだよ」

「オレは蓮のこと愛してる」
しおりを挟む
感想 0

この作品の感想を投稿する

あなたにおすすめの小説

弱小貴族のオメガは神に祟られたアルファと番いたい【オメガバース】

さか【傘路さか】
BL
全8話。高位貴族の家から勘当されたアルファ×政略結婚をする弱小貴族オメガ。 貧しい土地を治める貴族の家に生まれたティリアは、身体が小さく、幼馴染みのアーキズに守られながら過ごしていた。 ある時、いじめっ子に唆されたティリアを庇い、アーキズは岩で神像を打ち壊してしまう。その瞬間、雷が落ち、その場にいた人たちを呑み込む。 アーキズは身体こそ無事であったが、神から祟られ、神より与えられる『運命の番』を得る術を失うことになってしまった。 神から祟られた、と吹聴され、立場を失ったアーキズを引き取るような形で、オメガであるティリアと、アルファであるアーキズは結婚する。 形ばかりの結婚、会話も昔ほど交わさなくなってしまったが、ティリアは幼馴染みにふさわしい番が見つかってほしい、と毎日、神祠で祈りを捧げ続けていた。 ----- ※小説の文章をコピーして無断で使用したり、登場人物名を版権キャラクターに置き換えた二次創作小説への転用は一部分であってもお断りします。 無断使用を発見した場合には、警告をおこなった上で、悪質な場合は法的措置をとる場合があります。 自サイト: https://sakkkkkkkkk.lsv.jp/ 誤字脱字報告フォーム: https://form1ssl.fc2.com/form/?id=fcdb8998a698847f

スノードロップに触れられない

ヘタノヨコヅキ@商業名:夢臣都芽照
BL
*表紙* 題字&イラスト:niia 様 ※ 表紙の持ち出しはご遠慮ください (拡大版は1ページ目に挿入させていただいております!) アルファだから評価され、アルファだから期待される世界。 先天性のアルファとして生まれた松葉瀬陸真(まつばせ りくま)は、根っからのアルファ嫌いだった。 そんな陸真の怒りを鎮めるのは、いつだって自分よりも可哀想な存在……オメガという人種だ。 しかし、その考えはある日突然……一変した。 『四月から入社しました、矢車菊臣(やぐるま きくおみ)です。一応……先に言っておきますけど、ボクはオメガ性でぇす。……あっ。だからって、襲ったりしないでくださいねぇ?』 自分よりも楽観的に生き、オメガであることをまるで長所のように語る後輩……菊臣との出会い。 『職場のセンパイとして、人生のセンパイとして。後輩オメガに、松葉瀬センパイが知ってる悪いこと……全部、教えてください』 挑発的に笑う菊臣との出会いが、陸真の人生を変えていく。 周りからの身勝手な評価にうんざりし、ひねくれてしまった青年アルファが、自分より弱い存在である筈の後輩オメガによって変わっていくお話です。 可哀想なのはオメガだけじゃないのかもしれない。そんな、他のオメガバース作品とは少し違うかもしれないお話です。 自分勝手で俺様なアルファ嫌いの先輩アルファ×飄々としているあざと可愛い毒舌後輩オメガ でございます!! ※ アダルト表現のあるページにはタイトルの後ろに * と表記しておりますので、読む時はお気を付けください!! ※ この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

【完結】はじめてできた友だちは、好きな人でした

月音真琴
BL
完結しました。ピュアな高校の同級生同士。友達以上恋人未満な関係。 人付き合いが苦手な仲谷皇祐(なかたにこうすけ)は、誰かといるよりも一人でいる方が楽だった。 高校に入学後もそれは同じだったが、購買部の限定パンを巡ってクラスメートの一人小此木敦貴(おこのぎあつき)に懐かれてしまう。 一人でいたいのに、強引に誘われて敦貴と共に過ごすようになっていく。 はじめての友だちと過ごす日々は楽しいもので、だけどつまらない自分が敦貴を独占していることに申し訳なくて。それでも敦貴は友だちとして一緒にいてくれることを選んでくれた。 次第に皇祐は嬉しい気持ちとは別に違う感情が生まれていき…。 ――僕は、敦貴が好きなんだ。 自分の気持ちに気づいた皇祐が選んだ道とは。 エブリスタ様にも掲載しています(完結済) エブリスタ様にてトレンドランキング BLジャンル・日間90位 ◆「第12回BL小説大賞」に参加しています。 応援していただけたら嬉しいです。よろしくお願いします。 ピュアな二人が大人になってからのお話も連載はじめました。よかったらこちらもどうぞ。 『迷いと絆~友情か恋愛か、親友との揺れる恋物語~』 https://www.alphapolis.co.jp/novel/416124410/923802748

孤高の羊王とはぐれ犬

藤間留彦
BL
クール美形α×元気で小柄なΩ。 母の言いつけを守り、森の中で独り暮らしてきた犬族のロポ。 突然羊族の国に連れて来られてしまう。 辿り着いたのは、羊族唯一のαの王、アルダシール十九世の住まう塔だった。 番候補として連れて来られたロポと孤高の王アルダシールに恋心は芽生えるのか? ※αΩに対して優性劣性という独自設定あり。ご注意下さい。 素敵な表紙イラストをこまざき様(@comazaki)に描いて頂きました!ありがとうございます✨

噛痕に思う

阿沙🌷
BL
αのイオに執着されているβのキバは最近、思うことがある。じゃれ合っているとイオが噛み付いてくるのだ。痛む傷跡にどことなく関係もギクシャクしてくる。そんななか、彼の悪癖の理由を知って――。 ✿オメガバースもの掌編二本作。 (『ride』は2021年3月28日に追加します)

愛しているかもしれない 傷心富豪アルファ×ずぶ濡れ家出オメガ ~君の心に降る雨も、いつかは必ず上がる~

大波小波
BL
 第二性がアルファの平 雅貴(たいら まさき)は、30代の若さで名門・平家の当主だ。  ある日、車で移動中に、雨の中ずぶ濡れでうずくまっている少年を拾う。  白沢 藍(しらさわ あい)と名乗るオメガの少年は、やつれてみすぼらしい。  雅貴は藍を屋敷に招き、健康を取り戻すまで滞在するよう勧める。  藍は雅貴をミステリアスと感じ、雅貴は藍を訳ありと思う。  心に深い傷を負った雅貴と、悲惨な身の上の藍。  少しずつ距離を縮めていく、二人の生活が始まる……。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

ひとりのはつじょうき

綿天モグ
BL
16歳の咲夜は初めての発情期を3ヶ月前に迎えたばかり。 学校から大好きな番の伸弥の住む家に帰って来ると、待っていたのは「出張に行く」とのメモ。 2回目の発情期がもうすぐ始まっちゃう!体が火照りだしたのに、一人でどうしろっていうの?!

処理中です...