【完結】ぼくたちの適切な距離【短編】

綴子

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 目を開けると、部屋の中はすっかり真っ暗になっていた。
 体調の方はまだ倦怠感は残っているものの、そのほかの症状は治っている。

 ホッと一息つくと、タイミングを見計らったように携帯が鳴った。
 拓人からのメッセージが届いたよあだ。内容は『話がしたい』の一言だけだった。

『いつ?』

 ぼくが返信すると、すぐに既読がつく。アプリを開きっぱなしにして、ぼくからの返信をまっていたのだろう。

『できれば早いうちに』

 明日は土曜日。ぼくには時間はたっぷりあるが、ひとつ大きな問題を抱えていた。
 ぼくは多分発情期を迎えた……と思う。初めての事なので確証はないが多分そうだろう。
 こんな状態のまま拓人に会うなんてできるわけがない。

『週明けなら』

 週明けの状態が今よりかはいいかどうかは分からないが、ぼくは拓人との話し合いを先延ばしにする選択をした。

『土日は予定あるの?』

 拓人が珍しく食い下がる。そっちこそ、土日に予定はないのかと送ってやりたかったが、揉めても仕方がないと思って『予定があるから土日は無理』と返す。

『じゃあ、今から行く』

 すぐ返信された内容に動揺するあまり、手が滑り枕の上にポスっと携帯を落とした。
 急いで、『今は無理』と返信がもう既読は付かなかった。電話をかけてみるがコール音が鳴るだけで一向に拓人が出る気配はない。

 拓人と喧嘩してぼくが拗ねると、いつだって拓人はぼくに落ち着いて話を聞けるようになるまで待ってくれていた。でも今回はそんなつもりはないようだ。
 さっき別れ際、目があったにもかかわらず何も言わなかったのは、ぼくが話を聞く体制になるまで待ってくれた訳ではなかったのだということに気がつく。

 外から物音が聞こえた。カーテンの隙間から外を除き見ると、丁度拓人が門扉を開けたところだった。
 ぼくはできるだけ物音を立てないように窓から離れて、彼の襲来に備え部屋の扉の鍵を閉める。

 インターホンが鳴った。

 扉に耳を当てて外の様子を伺う。
 インターホンがなってから十数秒後に、母の玄関に向かう足音が聞こえてきた。
 この前ぼくが早退した時は、湯澤先生から「発情期がもうすぐくるかも」と聞いていたので母がアルファである拓人に会わせるのはまずいだろうと玄関で足止めしてくれたが、今回はそうはいかない。
 拓人の行動があまりにも早すぎて、母に発情期を起こしかけてると伝えられなかった。拓人からのメッセージに返信する前に母にメッセージをしておけばよかったと後悔するが今更遅い。
 ゆっくりと拓人が階段を登る足音が聞こえてきたので、ぼくはもう一度自室の扉に鍵がかかっている事を確認して、布団に包まった。

 コンコン。

 扉の向こうに立つ人物が無言でノックをする。確実に拓人だ。
 返事をしないでやり過ごそうとすると、もう一度ノックされた。

「蓮……」

 扉の向こうで拓人がぼくの名前を呼ぶ。その声は少し動揺しているようだった。
 きっとぼくが発情しかけているのに気がついたのだろう。
 これで、拓人のぼくがオメガという仮説は完全に証明されてしまったのだと思うと涙が出てくる。

 拓人はぼくがオメガだったら番になれたのになんて言っていたが、ぼくがオメガでも拓人の番になれるわけがないのだ。
 彼の隣には、ちゃんとしたオメガが伴侶として並ぶべきなのだ。
 ぼくのような凡庸なオメガが彼の隣に並べるとしたら、それはちょっと優秀なベータとしてでしかない。
 優秀なベータとして振る舞ってきた今までですら、ぼくが拓人の隣に立つことを面白くないと思っている人は沢山いたのだ。そんなぼくが、オメガだと言って拓人の隣に並ぶなんて誰が許すものか──。

「蓮、もしかして──発情期きてる?」

 扉の向こうの拓人が優しい声色で問う。
 どう返事をしようかと迷っていると、拓人はさらに続ける。

「辛い時にごめんね。でも、蓮に話を聞いてもらう前にこれだけは伝えなきゃいけなくて、返事はいいからそのまま聞いてね。……オレ、千寿さんとは付き合ってないよ」
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