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「はは、えっ……何言ってるの? そんな笑えない冗談やめてよ……」

 珍しくタチの悪い冗談をいう拓人の言葉に乾いた笑いで返す。なんで、そんなことをこんなタイミングで言うんだという怒りが沸々と湧いてきた。
 しかし、拓人の方を見ると彼はいつになく真剣な目でぼくを見つめている。
 しかも、彼から放たれる圧倒的な威圧感がゆっくりとぼくを飲み込もうとしているのを本能が感じ取り体が震えだす。今まで拓人の隣にいて一度もこんな恐怖を感じたことはなかった。

 だからぼくは、拓人とぼくが対等な関係であると勘違いしていた。
 彼はアルファで、ぼくはオメガなのに……。 

「まさか、冗談じゃないよ。中学の時、蓮の二次性別がオメガじゃないって、ベータなんだって言われてオレがどれほど落胆したか、蓮には分かる?」

 いつもと変わらない穏やかな声色なのに、しかし口調は確かにぼくを責め立てるようなものだった。

「なんで、拓人が落胆なんかするの? それにあの時、拓人はぼくのことはアルファの可能性があったかもなんて言ってたし」

「そうだったね。だってまさか、蓮はオメガだった? なんて聞けなかったから。確信はなかったし、そこで関係に下手にヒビが入るのも避けたかったから」

「ちょっと待ってよ。……確信がなかったってどういう意味?」

「蓮がオメガだっていう確信が『あの時は』なかったってこと。この意味わかるよね?」

「え、まさか、拓人はぼくがオメガだって思ってるの?」

「違うの?」

 拓人はぼくがオメガであることを確信しているようだった。

「違うに決まってる。だってぼくの両親はベータだよ。ベータの両親からアルファやオメガの子供が産まれる確率がどれだけ低いか拓人だって知ってるでしょ?」

「もちろん知ってるよ。でも、確率が低いだけで絶対に生まれて来ないっていうわけじゃない。つまり、蓮の両親がベータだからといって、蓮がベータであるっていう確固たる証拠にはならないんじゃない?」

 拓人の言い分は最早こじつけだった。
 確かにぼくは拓人のいう通りオメガだが、今まで完璧にベータとして振る舞ってきた。
 それなのに、なぜ拓人はぼくがオメガであることをほぼ確信しているようなことを言うのだろうか。

 フェロモンだって、普段のぼくのものだったらいくらアルファだと言っても嗅ぎ取ることができる数値ではない。
 機械を通してどうにか検知できるような微量なものなのだから、そこからぼくがオメガであるというと気がついたというのは考え難い。

「なんで……、なんで拓人はぼくがオメガだと思ったの? いつからそんな風に思っていたの?」

(ぼくのやってきたことは無駄だった──?)

「蓮がもしかしたらって思ったのは多分中学生の頃かな。まだ、二次性別の検査を受ける前だよ。この時はなんとなくそう感じただけだから、勘違いだろうなって自分でも思ってた。その後も、時々蓮から微かにいい匂いがした気がしたんだ。でも、ボディクリームとか柔軟剤とかにありがちな匂いだからそういうのかなって思ってた」

「へえ……、匂いか。でもそれなら勘違いじゃないの?」

「勘違いじゃないよ。だって、今まさに匂い濃くなってる……蓮らしい匂い」

 拓人がぼくの首筋に触れようと右腕を伸ばしてきた。
 彼の指が触れる寸前、ぼくの体は緊張で強ばりまるで蛇に睨まれた蛙のように固まる。そんなぼくの恐怖に気づいたのか拓人が、腕を離してくれたからぼくは緊張から解けた。

「怖がらせてごめん。本当は蓮から打ち明けてくれるのを待っているつもりだった……。それなのに、新しい友人ができたってはしゃぐ蓮見てたらなんか面白くなくて」

「拓人だって赤松先輩と付き合ってるくせに……」

「それは……」

「言い訳はいいよ」

 拓人の言葉を食い気味に断ち切った。拓人はそれ以上何も言わなかった。
 せっかく久々に一緒に帰れる日だったのに、これ以上一緒にいたらどんどん酷い言葉が出てきそうだったから、ぼくは拓人を置いて歩く。

 拓人は早足で歩くぼくに付かず離れずの距離でついてきたが、結局家に着くまでの間一言も言葉を交わすことはなかった。
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