【完結】ぼくたちの適切な距離【短編】

綴子

文字の大きさ
上 下
7 / 21

7.

しおりを挟む
 何戦目かの対戦を終えたタイミングで、ベッドルームの個室がノックされた。

「篠原くん、もうすぐ授業が終わるけど起きてる?」

 声をかけてきたのは湯澤先生だった。

「起きてます」

「じゃあ、もう1回フェロモンを測らせてもらえる?」

 先生は測定機を片手にベッドルームに入ってきた。
 頸に機器を翳して、測定完了を知らせる機械音が鳴るのを待った。
 数秒後に測定を終えた測定機がピーッと音を鳴らした。先生は表示された数字を見て少し難しい顔をした。

「さっきより、少し数値は上がってるけど体の調子はどう?」

「特に変わりはないです」

「じゃあ、自分で鞄とって来れそうかな? さっき測った時よりフェロモンの数値が上がっていることが気がかりだから、今日は大事をとって早退した方がいいと思うんだ……」

 そう言われたところで、実感はあまりなかった。
 ぼくが黙ってどうするべきか考えていると、先生はさらに続けた。

「篠原くんはまだ、発情期を迎えたことがなかったよね? 個人差はあるんだけど、発情期の前に前兆がある人もいるのね。例えば、普段より少し体温が高くなったり、フェロモンの数値が通常時より少し多めに出たり。こういった症状がではじめると、1日から2日いないに発情期が訪れるという確率が高いとされている」

 ぼくは、少し考えて「帰ります」と言った。先生は「その方がいい、鞄は先生がとってくるね」と言うので、その言葉に素直に甘えることにした。
 チャイムが鳴ると、先生は保健室を出て行った。ぼくは先生の背中を見送った後、拓人に『体調が良く無いから、早退することになった』とメッセージを送った。休み時間ということもあり、既読のマークがすぐに付いて『今どこにいるの?』という返事がきた。
 どう返信しようかと迷っていると、『保健室?』と追加のメッセージが届く。
 このまま返信しないと、拓人が保健室まで来そうなので『もう帰るところ』と返事をした。

 機械でしか測定できないとはいえ、今のぼくは普段よりフェロモンが出ているらしいのだ。万が一にでも、拓人にオメガであることがバレるような事態は避けたい……。
 彼の隣にいるためには、ベータであると彼に偽り続けなければならない。華やかさの欠片もない凡庸なぼくがオメガとして彼の隣に立とうなんて烏滸がましいのだと自分に言い聞かせる。
 彼のように完璧なアルファには完璧なオメガがお似合いなのだ。そう、赤松千寿先輩のような──。

 赤松先輩は、学年は違うけれど新入生の間でもすぐに噂が広がるような特別な存在だった。
 綺麗で、頭も良くて、大手医療機器メーカーの社長令嬢だという話だ。両親が医者である拓人にとっては最良の相手ではないか……。

 考えれば考えるほど、胸がどうしようもなく痛くなった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

君はアルファじゃなくて《高校生、バスケ部の二人》

市川パナ
BL
高校の入学式。いつも要領のいいα性のナオキは、整った容姿の男子生徒に意識を奪われた。恐らく彼もα性なのだろう。 男子も女子も熱い眼差しを彼に注いだり、自分たちにファンクラブができたりするけれど、彼の一番になりたい。 (旧タイトル『アルファのはずの彼は、オメガみたいな匂いがする』です。)全4話です。

理香は俺のカノジョじゃねえ

中屋沙鳥
BL
篠原亮は料理が得意な高校3年生。受験生なのに卒業後に兄の周と結婚する予定の遠山理香に料理を教えてやらなければならなくなった。弁当を作ってやったり一緒に帰ったり…理香が18歳になるまではなぜか兄のカノジョだということはみんなに内緒にしなければならない。そのため友だちでイケメンの櫻井和樹やチャラ男の大宮司から亮が理香と付き合ってるんじゃないかと疑われてしまうことに。そうこうしているうちに和樹の様子がおかしくなって?口の悪い高校生男子の学生ライフ/男女CPあります。

私のドレスを奪った異母妹に、もう大事なものは奪わせない

文野多咲
恋愛
優月(ゆづき)が自宅屋敷に帰ると、異母妹が優月のウェディングドレスを試着していた。その日縫い上がったばかりで、優月もまだ袖を通していなかった。 使用人たちが「まるで、異母妹のためにあつらえたドレスのよう」と褒め称えており、優月の婚約者まで「異母妹の方が似合う」と褒めている。 優月が異母妹に「どうして勝手に着たの?」と訊けば「ちょっと着てみただけよ」と言う。 婚約者は「異母妹なんだから、ちょっとくらいいじゃないか」と言う。 「ちょっとじゃないわ。私はドレスを盗られたも同じよ!」と言えば、父の後妻は「悪気があったわけじゃないのに、心が狭い」と優月の頬をぶった。 優月は父親に婚約解消を願い出た。婚約者は父親が決めた相手で、優月にはもう彼を信頼できない。 父親に事情を説明すると、「大げさだなあ」と取り合わず、「優月は異母妹に嫉妬しているだけだ、婚約者には異母妹を褒めないように言っておく」と言われる。 嫉妬じゃないのに、どうしてわかってくれないの? 優月は父親をも信頼できなくなる。 婚約者は優月を手に入れるために、優月を襲おうとした。絶体絶命の優月の前に現れたのは、叔父だった。

花婿候補は冴えないαでした

いち
BL
バース性がわからないまま育った凪咲は、20歳の年に待ちに待った判定を受けた。会社を経営する父の一人息子として育てられるなか結果はΩ。 父親を困らせることになってしまう。このまま親に従って、政略結婚を進めて行こうとするが、それでいいのかと自分の今後を考え始める。そして、偶然同じ部署にいた25歳の秘書の孝景と出会った。 本番なしなのもたまにはと思って書いてみました! ※pixivに同様の作品を掲載しています

消えない思い

樹木緑
BL
オメガバース:僕には忘れられない夏がある。彼が好きだった。ただ、ただ、彼が好きだった。 高校3年生 矢野浩二 α 高校3年生 佐々木裕也 α 高校1年生 赤城要 Ω 赤城要は運命の番である両親に憧れ、両親が出会った高校に入学します。 自分も両親の様に運命の番が欲しいと思っています。 そして高校の入学式で出会った矢野浩二に、淡い感情を抱き始めるようになります。 でもあるきっかけを基に、佐々木裕也と出会います。 彼こそが要の探し続けた運命の番だったのです。 そして3人の運命が絡み合って、それぞれが、それぞれの選択をしていくと言うお話です。

成り行き番の溺愛生活

アオ
BL
タイトルそのままです 成り行きで番になってしまったら溺愛生活が待っていたというありきたりな話です 始めて投稿するので変なところが多々あると思いますがそこは勘弁してください オメガバースで独自の設定があるかもです 27歳×16歳のカップルです この小説の世界では法律上大丈夫です  オメガバの世界だからね それでもよければ読んでくださるとうれしいです

両片思いのI LOVE YOU

大波小波
BL
 相沢 瑠衣(あいざわ るい)は、18歳のオメガ少年だ。  両親に家を追い出され、バイトを掛け持ちしながら毎日を何とか暮らしている。  そんなある日、大学生のアルファ青年・楠 寿士(くすのき ひさし)と出会う。  洋菓子店でミニスカサンタのコスプレで頑張っていた瑠衣から、売れ残りのクリスマスケーキを全部買ってくれた寿士。  お礼に彼のマンションまでケーキを運ぶ瑠衣だが、そのまま寿士と関係を持ってしまった。  富豪の御曹司である寿士は、一ヶ月100万円で愛人にならないか、と瑠衣に持ち掛ける。  少々性格に難ありの寿士なのだが、金銭に苦労している瑠衣は、ついつい応じてしまった……。

処理中です...