【休載中】キミに愛を。【長編】

綴子

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第11話

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 時刻は19時を過ぎ。
 軒を連ねた居酒屋の看板に電気が灯り、表通りは賑わいを見せ始める。
 どこからともなくやってきた仕事帰りの会社員や、派手な頭や個性的な服装の学生たちが各々好きな店を選んで暖簾を潜っていった。

 晴人と久我は、そんながやがやと騒がしい表通りの途中にある少し薄暗い路地に足を踏み入れる。
 すると、先ほどまでの喧騒がまるで遠くの世界に感じられるほどの静寂が訪れた。

 チェーン店が立ち並ぶ表通りと比べて、独特な雰囲気を放っている裏通りは慣れていなければ足を踏み込むのに躊躇してしまうことだろう。
 実際晴人も、学生時代にサークルの先輩に連れられてこの路地に立ち入った時は、ヤバい店に連れて行かれるのではないかと内心ヒヤヒヤしたものだ。

 しかし、この仄暗い雰囲気はある一定の人々の好奇心を擽ぐるらしく、毎年春先になるとちょっと大人な雰囲気に憧れて背伸びしたい学生や社会人1年目の人達がこの辺りの飲み屋にフラッと立ち入る。
 が、大抵は店選びを失敗してそれっきりとなるのがオチだ。何を隠そうこの辺りにある大抵の店はゲイバーやハプニングバーなのである。
 


 クレオメに着く頃には、空の色がオレンジがかった薄紫から濃紺へと変わっていた。
 まだカフェタイムということもあり小窓から漏れ出る店内照明は明るかったが、後で合流すると言っていた叶が来る頃にはバータイムになって店内の照明もムーディーなものに変わっているだろう。

 アンティークなドアノブのついた少し重たい扉を久我が開けて入店すると、カウンターには先客がおり百合斗と楽しそうに談笑していた。
 来客に気がついた百合斗は、「いらっしゃいませ」と短く言ってから目の前の客に一言断りを入れてこちらにやってきた。

 後で叶も合流することを伝えるとボックス席に案内された。
 普段ひとりで来る時はカウンターの席に案内されるので、晴人はなんだか新鮮な気分でボックス席のソファの肘置きを撫でる。
 そんな晴人の行動に微笑ましいと言わんばかりの視線を向けていた久我は、茶色の表紙がついているメニューの冊子を晴人の前に置いた。

「まだ、バータイムになってないようだから先に何か腹に入れよう。俺はカルボナーラにするけど、ハルくんはどうする?」

 他の客がいたので気を使った久我が本名ではなく、晴人が使っている愛称で呼ぶ。

「トマトの冷製パスタにします」

 晴人は、メニューの冊子をめくって1ページ目にあった夏季限定のパスタを迷うことなく選ぶ。晴人が注文を決めると、久我はアイコンタクトで百合斗を呼んだ。

「何にしますか?」

「カルボナーラとトマトの冷製パスタを。あと、バータイムのメニューも」

 伝票に2人分の注文を記入すると百合斗はそわそわとした視線を晴人と久我に投げかけた。

「了解。2人で来るなんて珍しいじゃん。なんかあった?」

「可愛い後輩が災難続きで可哀想だったから、美味しいものでも食べさせようと思ってね」

 久我がそう言い切ると、百合斗は「あらヤダ、褒めても何も出ないからね」と昔の癖の女性言葉を出しつつ照れ笑う。

 この2人は大学時代からの友人らしく、晴人は何度かこういったやり取りを目にしたことがあった。

 晴人と2人の時だとかっこいい年上の男性という雰囲気を醸し出している百合斗の一面が崩れて子供っぽい振る舞いをする様子を見るのは少し楽しい。

 メニューを取って戻った百合斗が、カウンターに座る人物にも話しかけた。

「トウマくん、もう少ししたらバータイムになるけどメニューいる?」

 それに対して、先客のトウマは晴人が聞き覚えのある声で「はい。お願いします」と答えた。

 まさか、自分の想像する人物がそこにいるはずもないだろうと晴人が横目でカウンター席に座る男の顔を確認する。
 嫌な予想ほど当たるもので、晴人の目に映った横顔は紛れもなく神代柊真であった。

 晴人が慌てて顔をカウンターの方から見えない角度に向ける。

「ハルくん、どうした? もしかして、カウンターの人知り合い?」

 声を潜めた久我の問いに晴人は、深刻そうにゆっくりと頷いた。

「元カレ?」

「いえ、義弟の方です」

「サークルの後輩?」
 
「はい」

「彼もこっちの人?」

「少なくとも学生時代は、そういう話は聞いたことないです……」

 久我がちらりとカウンター席の神代に視線を向けた。

「モテそうだね……」

 しげしげと神代を観察していた久我が率直な感想を述べる。

「モテてたと思いますよ。同じサークルの女性で告白してない人を見つける方が難しいくらい、なんて噂を聞いたことがあります」

「そんな漫画みたいなことある?」

「どうでしょう……。でも、学科やサークル問わず色んな人に囲まれてたのは見たことがあるので、一概に否定は出来ないです」

「話だけ聞いてれば、面白そうだね。ハルくんは苦手そうだけど……」

「お察しの通り苦手なので、今から声をかけるとかやめてくださいね」

 面白いものを見つけた子供のように目を輝かせた久我に、晴人はすかさず釘を刺した。
「後輩の嫌がることはしないよ」と久我は言うが、その目に若干の落胆があることを晴人は見逃さなかった。

 晴人は最後にもう一度「ダメですよ」と、言ってから平静を装った。
 数年、久我の後輩をやって学んだことではあるが、彼はしつこく嫌がるほど好奇心を擽られてしまうタイプなのである。
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