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商人と影たちの記録
無自覚な有名人
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「さて、それじゃあ軍資金も手に入れた事だし~」
昼食後、店を出るとフィリアンがクルリと振り返る。
「パーティまでは全然時間があるから、この町を思う存分楽しみましょう!」
「無駄遣いはしませんよ?」
「分かってますよ~、ちゃんと先生さん好みだろう研究者御用達のお店を巡りますから」
ご安心ください、とフィリアンは言うがそう言う相手ほど中々に信用ならないものである。
よってリオンはあまり期待しないで付いて行く。
町の区分けによりただ道を歩いているだけで、すれ違う者たち容姿がコロコロ変わっていく様は見ていて不思議な感覚である。
町の中流層がよく出歩く場所では、それなりに身なりは整っているが化粧品や香水などで身を飾る者は少なく元気に走り回る子供の姿も良く見えた。それが少し町の中心の方へ行くと途端に趣が変わる。道行く人々は歩き辛そうなドレスなどを着込み、誰も彼もが背筋を反り返るほどピンとして無駄に胸を張って歩く。やんちゃな子供の姿など当然なく、親の真似をしてふんぞり返りながら周囲をジロジロと値踏みするような目つきで見回すばかりだ。
ある成金ふうの青年などはフィリアンを見て口説きにかかりもした。
フィリアンは笑顔と共にやんわり断っていたが、何を勘違いしたのか恋人だと思われたリオンに対して「品がない」や「知性を感じない」などと罵倒を始めたので言われた本人は兎も角、明らかに気分を悪くしていくミュールを宥めるのは大変だった。
そんな連中もさらに町の中心に行くと見なくなり、落ち着いた様子の気品あふれる人達が悠々と歩く姿が多くなる。人の数もとても少なく、それまであまり見られなかった馬車なども非常に多く走っているようでだ。
立ち並ぶ店も先ほどのゴテゴテした衣装やギラギラした装飾品というのは店頭から姿を消し、一見して地味ながら質の高そうな調度品や嗜好品の数が多くなる。ふとリオンの視線が止まったのは茶葉を売る店であり、並べられた葉の産地や生産者の名前には学院で特別に取り寄せる人気の高いものがあった。
「随分と雰囲気が変わるものですね」
「この辺は昔からここに住んでる方々が多いからね~。交易が今ほど盛んじゃなかった頃、つまり商人たちが今ほどの力を持つ前はここの偉い人たちと、その偉い人たちの保有する農地で働く人しかここにはいなかったんだ。関係は凄く良好だったそうだよ?」
「そうなんですか」
「ま、領主さまが厳格なお人だったからね~。下手な管理すれば首が飛ぶから、自然とまともな人だけが残った感じ」
それも今は昔の話である。
農地は専属の商人に作物を下ろす場所となり、貴族たちはその収益を受け取って何割かを働く労働者へと与えるだけ。仕事の管理も契約商人の所属する商会から派遣される人間が行ってしまうため、実質的には何もやることがないそうだ。
いくつかの名家はこれを嫌って、今でも家名と古くからの流通網を使い農産物の売買を行っているが、商売敵として商会より圧力を受け中々に苦しい戦いをさせられているらしい。
「今のここの領主さまは割と成果主義の効率主義な感じだからねー。昔ながらの貴族とイケイケの承認なら、より多くの税を齎す後者を優遇するのはさもありなんといったところなわけ」
「何とも世知辛いですね」
「そんな人が領主になるのを認めた貴族たちの自業自得でもあるけどね~」
中々にフィリアンは厳しい。
そんな諸行無常を感じる話に花を咲かせつつ歩いていれば、再び周囲の様子が変わる。
今度は何と言うか、独創的な店構えをしている建物が非常に多い。
目の痛くなる色彩の看板もあれば、廃墟を連想させる凝った作りの建物があり、キラキラと光の粒を輝かせ模様を描く窓もあれば、怪しい七色の煙を吐き出す扉もある。
とにかく互いにどれだけ目立てるかをそれぞれ斜め上に争っているような店がズラリと並んでおり、道を行く人達の姿も独創性を体の内に抑えきれず爆発したような感じだ。
思わずリオンは「うわぁ」と引き気味の声を口より漏らしてしまう。
「お、その様子は初めてここをみた私とそっくり! でもでも残念ながらここが目的地なのです~」
ヨヨヨと演技ですと一目で分かる泣き真似を披露するフィリアン。
そしてまさかの目的地発現に頭の痛くなるリオン。
この光景が社会に受け入れられている。つまりは世間の人々から研究者とはこのように見られているというわけで、なんとも複雑な心境にさせるものだ。
肩に乗ったミュールは『くだらねー』と一刀両断。まったくその通りだ。
きっとクリフがこの場にいたなら、『見た目だけ取り繕う馬鹿ども』と一蹴していた事だろう。
取りあえず心を立て直してリオンは異様な街並みを進みつつ、適当な店を選んで入ることにした。したのだが、入りたいと思える店が極端に少ないのは勘弁願いたい。
「失礼します」
ようやく見つけて顔を覗かせたのは、本当に普通の店構えの建物だ。
店名の掛かれた看板が入り口上のひさしに乗せられている石作りの建物で、床や柱などに使われている濃い色の木材とクリーム色の石材が良い塩梅で組み合わさり落ち着きがある。普通なら地味で目に留まったか怪しい様相であったが、周囲が異常であるため逆に目立っていたため無事に見つけることができた。
「あいあい、いらっしゃい。何をお求めで?」
店の会計台に座る恰幅の良い男は顔を上げ気さくに挨拶を返す。
年齢は中年と呼ばれる程度のものだろうが、禿げあがった頭と深い皺が影響で老けて見える。身長はリオンとさほど変わらないが、腕はリオンの頭ほどの太さがあった。
「何か、というと具体的には出てこないんですが……少し見て回っても?」
「持ち逃げするってんでないならご自由に~」
男はそう言って帳簿の広げられた会計台に視線を戻した。
リオンは適当に棚に並べられた道具を見て回る。
魔力の回復を早くすると言われる眉唾な薬に、質の悪い魔晶石や精晶石。何世代か前の魔導機関の部品に杖に魔法紋を彫り込むための道具。特に珍しい物も欲しい物も特には見当たらない。
しかし、折角は言ったのだから何か一つくらいは買っておきたいと見ていると店の端に置かれた箱の中、乱雑に詰め込まれた物の中に目を引く品を見つけた。
「すみません、これいくらです?」
取り上げたのは白っぽい石のようであるが、これが非常に脆く、触っている場所からポロポロと粉上の欠片が落ちていく。
「あー? そりゃゴミだよお客さん」
「ゴミ? これが?!」
思わず大きな声を上げる。その声に驚いて「にゃにゃっ!」と飛び上がる影が視界の端にあった。
「何をそんな驚いてるんだ?」
「いえ、これ希少鉱石ですよ? それこそ魔法使いの中では喉から手が出るほど欲しがるほどの」
「そうかい? でも、うちの店でそんな魔法使いは見たことがないなぁ。……失礼だけど、お客さんは何処のどんな魔法使いで?」
「身分証は今紛失していますが、リベリオ王立魔法学院で教師をしてます」
胡乱気な視線を向けていた店主が固まった。
この光景は以前にも見たことがあるな、であればこの後の流れも恐らくは――。
そう直観が働いていた中で、現実は予想通りの方向へと向かっていった。
驚嘆し飛び上がる店主、引っ繰り返る会計台、裏返った声で落ち着かない店主、ひらひらと宙を舞って落ちていく帳簿の紙。ただ予想外だったのは、同じような反応をした人物がもう一人いた点だ。
「まって、まってまってお兄さんリベリオの人?」
これもどこかで見た事のあるような反応だ。
「あのリベリオ?」
「はい」
「マジで! あそこの人って外に出られないんじゃないの?!」
「いえ、そんな事はありませんよ。ただ大概のものは学院内にあるので外に出る必要がないんです」
ない物はない物で取り寄せればよいだけであったし。
にゃーとかふぁーとか裏返った悲鳴の洪水が店に反響し、何故かミュールはその光景に得意げな顔をする。
さすがにいくらか時が経てば興奮も落ち着いた。落ち着いたのだが店主の態度が明らかに豹変しており、先ほどまでの気さくな姿はどこへやら緊張でガチガチに固まってしまっている。
「それで、実はこれ魔法回路を作るのに使う道具の材料なんです」
そんな中でリオンは白い石に関して説明を行っていた。
普通は店員が客に説明を行うものでは無いだろうかと疑問があるが、ここは学者先生の立場なので必死にメモを取る店主のため必要な事は話しておこう。
「回路を作る場合、掘り込みを行うのが一般的なのですが、これは何にでも使える手段ではありません。極端に硬い物や脆い物に対しては当然無理ですよね? だから模様をインクなどで描くという選択肢が出てくるのですが、それでこの石が重要になります」
「と言いますと?」
「一般的にインクなど塗料の場合、回路の魔力効率が掘り込みに比べて格段に落ちるんです。ですがこの石の粉末を塗料に混ぜると、この効率が上昇して掘り込みに匹敵するレベルまでになります」
クリフなどは個人でこの石の取れる山を保有していると聞く。
それほど魔法回路、魔法陣や魔法紋を作る者たちにとっては無くてはならない素材なのだ。
「まさか、そんな凄い物だったなんて……」
「これはどのように手に入れたんです?」
「偶にここに物を売りに来るガキどもがいるんですけどね、そいつらが町の外で拾って来たもんなんです。私はいつもガラクタにも使いようと思って二束三文で買い取ってやるんですが、そんな中にこんなお宝が紛れ込んでいるなんて……」
「もしも安定的に供給できるようなら魔法協会に売り込みに行くと良いですよ。世間には広まってませんけど欲しがっている研究者は山ほどいますから」
それでお代はと財布を取りだしたところ「こんな価値ある事を教えて貰ったのにトンデモネェ!」と店主に受け取りを拒否されてしまう。それでは問題だとこちらも食い下がると、何故か流れで高そうな羊皮紙にサインをすることで決まった。
一緒に貰った革袋に石を入れヘコヘコと頭を下げる店主の見送りを受けながら外へ出る。
何故だかどっと疲れが溜まったような気がした。
「あのう、その……私もサイン貰えます?」
歩いていると後ろよりモジモジしながらフィリアンが尋ねる。
そんな価値のある物でもないだろうに、どうしてそんなに欲しがるのだろうか?
「ではではここに!」
そう言ってフィリアンはババッと上着の裾を掴むと持ち上げてお腹を晒した。引き締まり張りのある艶やかで綺麗なお腹。さらさらしそうな見た目に余分な物は何一つとしてついていない。
リオンは一瞬固まった後、何事も無かったというようにクルリと踵を返して歩き出す。
「……さて次は何処に行きましょうか」
「ああ、冗談だよ~!!」
慌ててついてくるフィリアン。
その後、どうしてもという要望により彼女の身に着けていた外套の裏側にサインを書く事になったのだが、結局どうしてそこまで欲しがるのかリオンには理解できなかった。
昼食後、店を出るとフィリアンがクルリと振り返る。
「パーティまでは全然時間があるから、この町を思う存分楽しみましょう!」
「無駄遣いはしませんよ?」
「分かってますよ~、ちゃんと先生さん好みだろう研究者御用達のお店を巡りますから」
ご安心ください、とフィリアンは言うがそう言う相手ほど中々に信用ならないものである。
よってリオンはあまり期待しないで付いて行く。
町の区分けによりただ道を歩いているだけで、すれ違う者たち容姿がコロコロ変わっていく様は見ていて不思議な感覚である。
町の中流層がよく出歩く場所では、それなりに身なりは整っているが化粧品や香水などで身を飾る者は少なく元気に走り回る子供の姿も良く見えた。それが少し町の中心の方へ行くと途端に趣が変わる。道行く人々は歩き辛そうなドレスなどを着込み、誰も彼もが背筋を反り返るほどピンとして無駄に胸を張って歩く。やんちゃな子供の姿など当然なく、親の真似をしてふんぞり返りながら周囲をジロジロと値踏みするような目つきで見回すばかりだ。
ある成金ふうの青年などはフィリアンを見て口説きにかかりもした。
フィリアンは笑顔と共にやんわり断っていたが、何を勘違いしたのか恋人だと思われたリオンに対して「品がない」や「知性を感じない」などと罵倒を始めたので言われた本人は兎も角、明らかに気分を悪くしていくミュールを宥めるのは大変だった。
そんな連中もさらに町の中心に行くと見なくなり、落ち着いた様子の気品あふれる人達が悠々と歩く姿が多くなる。人の数もとても少なく、それまであまり見られなかった馬車なども非常に多く走っているようでだ。
立ち並ぶ店も先ほどのゴテゴテした衣装やギラギラした装飾品というのは店頭から姿を消し、一見して地味ながら質の高そうな調度品や嗜好品の数が多くなる。ふとリオンの視線が止まったのは茶葉を売る店であり、並べられた葉の産地や生産者の名前には学院で特別に取り寄せる人気の高いものがあった。
「随分と雰囲気が変わるものですね」
「この辺は昔からここに住んでる方々が多いからね~。交易が今ほど盛んじゃなかった頃、つまり商人たちが今ほどの力を持つ前はここの偉い人たちと、その偉い人たちの保有する農地で働く人しかここにはいなかったんだ。関係は凄く良好だったそうだよ?」
「そうなんですか」
「ま、領主さまが厳格なお人だったからね~。下手な管理すれば首が飛ぶから、自然とまともな人だけが残った感じ」
それも今は昔の話である。
農地は専属の商人に作物を下ろす場所となり、貴族たちはその収益を受け取って何割かを働く労働者へと与えるだけ。仕事の管理も契約商人の所属する商会から派遣される人間が行ってしまうため、実質的には何もやることがないそうだ。
いくつかの名家はこれを嫌って、今でも家名と古くからの流通網を使い農産物の売買を行っているが、商売敵として商会より圧力を受け中々に苦しい戦いをさせられているらしい。
「今のここの領主さまは割と成果主義の効率主義な感じだからねー。昔ながらの貴族とイケイケの承認なら、より多くの税を齎す後者を優遇するのはさもありなんといったところなわけ」
「何とも世知辛いですね」
「そんな人が領主になるのを認めた貴族たちの自業自得でもあるけどね~」
中々にフィリアンは厳しい。
そんな諸行無常を感じる話に花を咲かせつつ歩いていれば、再び周囲の様子が変わる。
今度は何と言うか、独創的な店構えをしている建物が非常に多い。
目の痛くなる色彩の看板もあれば、廃墟を連想させる凝った作りの建物があり、キラキラと光の粒を輝かせ模様を描く窓もあれば、怪しい七色の煙を吐き出す扉もある。
とにかく互いにどれだけ目立てるかをそれぞれ斜め上に争っているような店がズラリと並んでおり、道を行く人達の姿も独創性を体の内に抑えきれず爆発したような感じだ。
思わずリオンは「うわぁ」と引き気味の声を口より漏らしてしまう。
「お、その様子は初めてここをみた私とそっくり! でもでも残念ながらここが目的地なのです~」
ヨヨヨと演技ですと一目で分かる泣き真似を披露するフィリアン。
そしてまさかの目的地発現に頭の痛くなるリオン。
この光景が社会に受け入れられている。つまりは世間の人々から研究者とはこのように見られているというわけで、なんとも複雑な心境にさせるものだ。
肩に乗ったミュールは『くだらねー』と一刀両断。まったくその通りだ。
きっとクリフがこの場にいたなら、『見た目だけ取り繕う馬鹿ども』と一蹴していた事だろう。
取りあえず心を立て直してリオンは異様な街並みを進みつつ、適当な店を選んで入ることにした。したのだが、入りたいと思える店が極端に少ないのは勘弁願いたい。
「失礼します」
ようやく見つけて顔を覗かせたのは、本当に普通の店構えの建物だ。
店名の掛かれた看板が入り口上のひさしに乗せられている石作りの建物で、床や柱などに使われている濃い色の木材とクリーム色の石材が良い塩梅で組み合わさり落ち着きがある。普通なら地味で目に留まったか怪しい様相であったが、周囲が異常であるため逆に目立っていたため無事に見つけることができた。
「あいあい、いらっしゃい。何をお求めで?」
店の会計台に座る恰幅の良い男は顔を上げ気さくに挨拶を返す。
年齢は中年と呼ばれる程度のものだろうが、禿げあがった頭と深い皺が影響で老けて見える。身長はリオンとさほど変わらないが、腕はリオンの頭ほどの太さがあった。
「何か、というと具体的には出てこないんですが……少し見て回っても?」
「持ち逃げするってんでないならご自由に~」
男はそう言って帳簿の広げられた会計台に視線を戻した。
リオンは適当に棚に並べられた道具を見て回る。
魔力の回復を早くすると言われる眉唾な薬に、質の悪い魔晶石や精晶石。何世代か前の魔導機関の部品に杖に魔法紋を彫り込むための道具。特に珍しい物も欲しい物も特には見当たらない。
しかし、折角は言ったのだから何か一つくらいは買っておきたいと見ていると店の端に置かれた箱の中、乱雑に詰め込まれた物の中に目を引く品を見つけた。
「すみません、これいくらです?」
取り上げたのは白っぽい石のようであるが、これが非常に脆く、触っている場所からポロポロと粉上の欠片が落ちていく。
「あー? そりゃゴミだよお客さん」
「ゴミ? これが?!」
思わず大きな声を上げる。その声に驚いて「にゃにゃっ!」と飛び上がる影が視界の端にあった。
「何をそんな驚いてるんだ?」
「いえ、これ希少鉱石ですよ? それこそ魔法使いの中では喉から手が出るほど欲しがるほどの」
「そうかい? でも、うちの店でそんな魔法使いは見たことがないなぁ。……失礼だけど、お客さんは何処のどんな魔法使いで?」
「身分証は今紛失していますが、リベリオ王立魔法学院で教師をしてます」
胡乱気な視線を向けていた店主が固まった。
この光景は以前にも見たことがあるな、であればこの後の流れも恐らくは――。
そう直観が働いていた中で、現実は予想通りの方向へと向かっていった。
驚嘆し飛び上がる店主、引っ繰り返る会計台、裏返った声で落ち着かない店主、ひらひらと宙を舞って落ちていく帳簿の紙。ただ予想外だったのは、同じような反応をした人物がもう一人いた点だ。
「まって、まってまってお兄さんリベリオの人?」
これもどこかで見た事のあるような反応だ。
「あのリベリオ?」
「はい」
「マジで! あそこの人って外に出られないんじゃないの?!」
「いえ、そんな事はありませんよ。ただ大概のものは学院内にあるので外に出る必要がないんです」
ない物はない物で取り寄せればよいだけであったし。
にゃーとかふぁーとか裏返った悲鳴の洪水が店に反響し、何故かミュールはその光景に得意げな顔をする。
さすがにいくらか時が経てば興奮も落ち着いた。落ち着いたのだが店主の態度が明らかに豹変しており、先ほどまでの気さくな姿はどこへやら緊張でガチガチに固まってしまっている。
「それで、実はこれ魔法回路を作るのに使う道具の材料なんです」
そんな中でリオンは白い石に関して説明を行っていた。
普通は店員が客に説明を行うものでは無いだろうかと疑問があるが、ここは学者先生の立場なので必死にメモを取る店主のため必要な事は話しておこう。
「回路を作る場合、掘り込みを行うのが一般的なのですが、これは何にでも使える手段ではありません。極端に硬い物や脆い物に対しては当然無理ですよね? だから模様をインクなどで描くという選択肢が出てくるのですが、それでこの石が重要になります」
「と言いますと?」
「一般的にインクなど塗料の場合、回路の魔力効率が掘り込みに比べて格段に落ちるんです。ですがこの石の粉末を塗料に混ぜると、この効率が上昇して掘り込みに匹敵するレベルまでになります」
クリフなどは個人でこの石の取れる山を保有していると聞く。
それほど魔法回路、魔法陣や魔法紋を作る者たちにとっては無くてはならない素材なのだ。
「まさか、そんな凄い物だったなんて……」
「これはどのように手に入れたんです?」
「偶にここに物を売りに来るガキどもがいるんですけどね、そいつらが町の外で拾って来たもんなんです。私はいつもガラクタにも使いようと思って二束三文で買い取ってやるんですが、そんな中にこんなお宝が紛れ込んでいるなんて……」
「もしも安定的に供給できるようなら魔法協会に売り込みに行くと良いですよ。世間には広まってませんけど欲しがっている研究者は山ほどいますから」
それでお代はと財布を取りだしたところ「こんな価値ある事を教えて貰ったのにトンデモネェ!」と店主に受け取りを拒否されてしまう。それでは問題だとこちらも食い下がると、何故か流れで高そうな羊皮紙にサインをすることで決まった。
一緒に貰った革袋に石を入れヘコヘコと頭を下げる店主の見送りを受けながら外へ出る。
何故だかどっと疲れが溜まったような気がした。
「あのう、その……私もサイン貰えます?」
歩いていると後ろよりモジモジしながらフィリアンが尋ねる。
そんな価値のある物でもないだろうに、どうしてそんなに欲しがるのだろうか?
「ではではここに!」
そう言ってフィリアンはババッと上着の裾を掴むと持ち上げてお腹を晒した。引き締まり張りのある艶やかで綺麗なお腹。さらさらしそうな見た目に余分な物は何一つとしてついていない。
リオンは一瞬固まった後、何事も無かったというようにクルリと踵を返して歩き出す。
「……さて次は何処に行きましょうか」
「ああ、冗談だよ~!!」
慌ててついてくるフィリアン。
その後、どうしてもという要望により彼女の身に着けていた外套の裏側にサインを書く事になったのだが、結局どうしてそこまで欲しがるのかリオンには理解できなかった。
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