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炎と竜の記録
怒り
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いつの間にか眠っていた竜は朝日の輝きに目を覚ます。
翼をどければ人間にも陽光は差し、その顔を照らして無理矢理に叩き起こした。
幾分かマシになった顔で人間は起き上がると「それじゃあ、始めましょう」と言って父の眠る穴の縁まで歩いて行く。
付いて行くと、穴を挟むようにして大小二つの円が描かれていた。
小さな方に人間は入り、私に大きな円へ入るように言う。
素直に従い、私は自分の円には見慣れぬ小さな円盤の置かれている事に気がついた。
大きさはせいぜい爪の先、中央に窪みがあり何かが嵌め込まれていたように見えるが、今はそのようなものは影も形も無くなっている。
『これはなんだ?』
私は人間に尋ねる。
純粋な疑問であり、目の前の人間の意志をうたがってものもではない。
「本来は周囲の精霊の力を取り込みつつ魔力によって活性化させたものを、精晶石に送り込んで精霊石を作る試作品なんですが、今回は“逆の目的で”利用します」
『逆とは?』
正も分からないのだが、そこは黙っておく。
「その中央に活性化した精霊の力を追い繰り込むと、外へ向かうに従って精霊の力より活性化分の魔力を理論上抽出できるんです。そのように作り変えましたしね。」
人間は続ける。
「これから行う事には膨大な魔力が必要となるんですが、私一人程度の量では到底足りないのです。だから、アナタの力をお借りしたいんです」
『我の力を?』
「ドラゴンは精霊と獣の中間の存在、ですがかの巨竜に触れて分かったことがいくつかあります。それで、どうやら彼やアナタはより精霊に近い存在で、ならばその力を精霊のものとして扱う事も出来るのではないかと。――勿論、かなり無茶な暴論と推測による考えですが」
正直、人間が何を言っているのかは分からない。
しかし再び父を目覚めさせることが出来るのならば、私は協力を惜しまない。
だがもう一つ聞いておきたいことがある。
『この山に刻まれた紋様はなんだ?』
広大な窪地に描かれた不可思議な紋様。巨大でありながら細部に至るまで刻み込まれている様は、人間たちの好む絵画や彫刻に酷似した印象を抱かせる。しかし、これがそのような嗜好のために描かれたものでない事くらいは状況から容易に推察できるだろう。
では、これはいったい何の意味を持つ?
「簡単に言ってしまえば“レンズ”ですかね」
『レンズ?』
「はい。魔力の拡散を押さえ特定の距離に集約させる機構ですね。……実は倒れた時の出来事に一つ疑問があって、それに対する答えを既に聞いていた事を眠っていた時に思い出したんです。――おそらく、この山はまだ“生きて”います」
『生きて……何を言っている? この山の熱はとっくに失われて今はその残滓が残るのみだぞ』
「ええ、私も最初はそう思っていました。ですが、倒れる前に限定的とはいえかの竜と繋がった結果、僅かに漏れ出る山の息吹が存在するのを感じたんです」
『バカな! だとすれば何故我が父は目覚めない!』
「あまりにも少ない、いや遠いと言い換えた方がいいでしょうか。そして思い出したんです。ある人物はこの山を“眠っている”と言い表していました。それが事実であれば山が死んでいるように見えるのも、ごくわずかながら息吹が未だ感じられるのも説明が付きます」
信じられない。
私の鼻ですら分からぬほど遠くに熱がある?
これほど冷え切って久しいのに、まだ山は生きている?
「どれほど深くであるかは正直分かりません。それに、結局はそのように感じただけで本当は山が死んでしまっている可能性も否定はできません。でも私はやってみたいんです」
そう人間は弱々しい力で笑みを作る。
その顔を見て私はなんだか分からない感情が湧き上がるのを感じた。
喜びなのか、憐みなのか、それとも呆れているのか。何も分からないが少しだけ温かいような気がした。
『……どうすればいい?』
だから私は信じてみることにした。
ただ希望に縋っているだけなのかもしてないが、そんなのは最初からだ。
「その円盤の中心に体の一部を乗せてください。後はそこに力を注ぎ込むだけです」
『分かった。』
言われた通り、私は爪の先をその小さな円盤の中央に乗せる。
そして炉の火を半信半疑ながら僅かに送り出して見れば、円盤内側の紋様が赤く輝き出した。輝きは外へ外へと広がり、それと共に色が失われてい行く。
ただの光と化した輝きが外縁部に辿り着くと、円同士を繋ぐ線を通って人間の方へ流れていき――
「グゥっっ?!」
苦しそうに人間は蹲った。
『どうした!』
「だい、じょうぶです――続けてくださ、い――――!」
歯を食いしばりながら人間がそう訴える。
その姿に私は自分まで苦しい気持ちになった。
だが私は力を送り込むのを止めない。当の人間自身がそう望んでいないのだから、やめるわけにはいかないだろう。
人間を中心に、山肌に刻み込まれていた魔法陣が輝きを増していく。
朝焼けに消える星々のような儚き姿は、徐々に煌々と地上を照らす月のように。やがては太陽のように輝くのだろうか、私はふと、そんな事を思った。
輝きの増長が止まった。
光りが――光りが一度、燃え尽きる流れ星のように激しい輝きを放った。
私でも分かるほどの流れが山の奥底へ流れていく。もしかしたら撃ち出したと言った方が正確かもしれない。それほどに勢いは凄まじいものだ。
無論、力の大きさで言えば、私からすればさほど大きなものでは無い。
そもそもが私が送り出した熱なのだから、その大本となる炉と比べるのは正しくないだろう。
重要なのは、今この時私は何かが起きるかもしれないと期待したことだ。
だが、何も起きなかった。
山は冷えたまま、何かが起きる前兆も無く静まり返っている。
やはり既に山は死んでいたのだ。
私は円盤から爪を離して、目の前に蹲る人間を憐憫と諦念の瞳で見下ろす。
全身から噴き出した汗、痛みに体を縮こまらせ震えた姿。乱れた呼吸は不規則で、一度でも咳き込みだすとなかなか止まらない。その喉は細く風を擦るような音を出して苦しそうに息を吸う。
私でなくても分かる。
目の前の人間は無茶をして限界だ。
『……ここまでだな』
だから私はそう告げた。告げて円より我が父の眠る穴の方へ行こうとした。
「まだです!」
声が円より出ようとする私を止める。
振り返るとこちらを見上げる人間の姿があった。
その目は赤々と決意と覚悟に燃えている。
『……もう十分だ』
私の目にその姿はただ意固地になっているようにしか見えなかった。
その瞳に宿るのは失敗すると分かっても認められず、立ち止まることを忘れて突き進もうと妄執に飲み込まれた者がする光だ。
私は目を背ける。ジッと見ているのが何故だか辛かった。
「もう一度ですっ!」
人間はかすれた声で、決意のこもる声で叫んだ。
なぜ、そこまで必死になる?
どうして上手くいかない現実を受け入れない?
私は再び、そして今度こそ希望という名の幻想を消し去る為に口を開いた。
『…………分かった』
数度の逡巡の間、私は人間の瞳に別な色を見た。
それは怒りだ。
あの日、空を翔けていく父の瞳に宿っていた光。
父を救おうともがいているうちに私が失ってしまった炎。
それを見てしまったら、それに気がついてしまったら、私に止めることはできない。
『足掻いて見せろ、何処までも』
私はそう言って人間と向き直る。
そして潰すように、乱暴に円盤へと手を叩きつけた。
先ほどのような加減はしない。力の差など考えない。もう欠片も躊躇しない。
激しく燃える炉の熱を私は荒れ狂うままに送り出していく。体の底より溢れる炎を赤き体躯に纏いながら私は人間を見据えた。
翼をどければ人間にも陽光は差し、その顔を照らして無理矢理に叩き起こした。
幾分かマシになった顔で人間は起き上がると「それじゃあ、始めましょう」と言って父の眠る穴の縁まで歩いて行く。
付いて行くと、穴を挟むようにして大小二つの円が描かれていた。
小さな方に人間は入り、私に大きな円へ入るように言う。
素直に従い、私は自分の円には見慣れぬ小さな円盤の置かれている事に気がついた。
大きさはせいぜい爪の先、中央に窪みがあり何かが嵌め込まれていたように見えるが、今はそのようなものは影も形も無くなっている。
『これはなんだ?』
私は人間に尋ねる。
純粋な疑問であり、目の前の人間の意志をうたがってものもではない。
「本来は周囲の精霊の力を取り込みつつ魔力によって活性化させたものを、精晶石に送り込んで精霊石を作る試作品なんですが、今回は“逆の目的で”利用します」
『逆とは?』
正も分からないのだが、そこは黙っておく。
「その中央に活性化した精霊の力を追い繰り込むと、外へ向かうに従って精霊の力より活性化分の魔力を理論上抽出できるんです。そのように作り変えましたしね。」
人間は続ける。
「これから行う事には膨大な魔力が必要となるんですが、私一人程度の量では到底足りないのです。だから、アナタの力をお借りしたいんです」
『我の力を?』
「ドラゴンは精霊と獣の中間の存在、ですがかの巨竜に触れて分かったことがいくつかあります。それで、どうやら彼やアナタはより精霊に近い存在で、ならばその力を精霊のものとして扱う事も出来るのではないかと。――勿論、かなり無茶な暴論と推測による考えですが」
正直、人間が何を言っているのかは分からない。
しかし再び父を目覚めさせることが出来るのならば、私は協力を惜しまない。
だがもう一つ聞いておきたいことがある。
『この山に刻まれた紋様はなんだ?』
広大な窪地に描かれた不可思議な紋様。巨大でありながら細部に至るまで刻み込まれている様は、人間たちの好む絵画や彫刻に酷似した印象を抱かせる。しかし、これがそのような嗜好のために描かれたものでない事くらいは状況から容易に推察できるだろう。
では、これはいったい何の意味を持つ?
「簡単に言ってしまえば“レンズ”ですかね」
『レンズ?』
「はい。魔力の拡散を押さえ特定の距離に集約させる機構ですね。……実は倒れた時の出来事に一つ疑問があって、それに対する答えを既に聞いていた事を眠っていた時に思い出したんです。――おそらく、この山はまだ“生きて”います」
『生きて……何を言っている? この山の熱はとっくに失われて今はその残滓が残るのみだぞ』
「ええ、私も最初はそう思っていました。ですが、倒れる前に限定的とはいえかの竜と繋がった結果、僅かに漏れ出る山の息吹が存在するのを感じたんです」
『バカな! だとすれば何故我が父は目覚めない!』
「あまりにも少ない、いや遠いと言い換えた方がいいでしょうか。そして思い出したんです。ある人物はこの山を“眠っている”と言い表していました。それが事実であれば山が死んでいるように見えるのも、ごくわずかながら息吹が未だ感じられるのも説明が付きます」
信じられない。
私の鼻ですら分からぬほど遠くに熱がある?
これほど冷え切って久しいのに、まだ山は生きている?
「どれほど深くであるかは正直分かりません。それに、結局はそのように感じただけで本当は山が死んでしまっている可能性も否定はできません。でも私はやってみたいんです」
そう人間は弱々しい力で笑みを作る。
その顔を見て私はなんだか分からない感情が湧き上がるのを感じた。
喜びなのか、憐みなのか、それとも呆れているのか。何も分からないが少しだけ温かいような気がした。
『……どうすればいい?』
だから私は信じてみることにした。
ただ希望に縋っているだけなのかもしてないが、そんなのは最初からだ。
「その円盤の中心に体の一部を乗せてください。後はそこに力を注ぎ込むだけです」
『分かった。』
言われた通り、私は爪の先をその小さな円盤の中央に乗せる。
そして炉の火を半信半疑ながら僅かに送り出して見れば、円盤内側の紋様が赤く輝き出した。輝きは外へ外へと広がり、それと共に色が失われてい行く。
ただの光と化した輝きが外縁部に辿り着くと、円同士を繋ぐ線を通って人間の方へ流れていき――
「グゥっっ?!」
苦しそうに人間は蹲った。
『どうした!』
「だい、じょうぶです――続けてくださ、い――――!」
歯を食いしばりながら人間がそう訴える。
その姿に私は自分まで苦しい気持ちになった。
だが私は力を送り込むのを止めない。当の人間自身がそう望んでいないのだから、やめるわけにはいかないだろう。
人間を中心に、山肌に刻み込まれていた魔法陣が輝きを増していく。
朝焼けに消える星々のような儚き姿は、徐々に煌々と地上を照らす月のように。やがては太陽のように輝くのだろうか、私はふと、そんな事を思った。
輝きの増長が止まった。
光りが――光りが一度、燃え尽きる流れ星のように激しい輝きを放った。
私でも分かるほどの流れが山の奥底へ流れていく。もしかしたら撃ち出したと言った方が正確かもしれない。それほどに勢いは凄まじいものだ。
無論、力の大きさで言えば、私からすればさほど大きなものでは無い。
そもそもが私が送り出した熱なのだから、その大本となる炉と比べるのは正しくないだろう。
重要なのは、今この時私は何かが起きるかもしれないと期待したことだ。
だが、何も起きなかった。
山は冷えたまま、何かが起きる前兆も無く静まり返っている。
やはり既に山は死んでいたのだ。
私は円盤から爪を離して、目の前に蹲る人間を憐憫と諦念の瞳で見下ろす。
全身から噴き出した汗、痛みに体を縮こまらせ震えた姿。乱れた呼吸は不規則で、一度でも咳き込みだすとなかなか止まらない。その喉は細く風を擦るような音を出して苦しそうに息を吸う。
私でなくても分かる。
目の前の人間は無茶をして限界だ。
『……ここまでだな』
だから私はそう告げた。告げて円より我が父の眠る穴の方へ行こうとした。
「まだです!」
声が円より出ようとする私を止める。
振り返るとこちらを見上げる人間の姿があった。
その目は赤々と決意と覚悟に燃えている。
『……もう十分だ』
私の目にその姿はただ意固地になっているようにしか見えなかった。
その瞳に宿るのは失敗すると分かっても認められず、立ち止まることを忘れて突き進もうと妄執に飲み込まれた者がする光だ。
私は目を背ける。ジッと見ているのが何故だか辛かった。
「もう一度ですっ!」
人間はかすれた声で、決意のこもる声で叫んだ。
なぜ、そこまで必死になる?
どうして上手くいかない現実を受け入れない?
私は再び、そして今度こそ希望という名の幻想を消し去る為に口を開いた。
『…………分かった』
数度の逡巡の間、私は人間の瞳に別な色を見た。
それは怒りだ。
あの日、空を翔けていく父の瞳に宿っていた光。
父を救おうともがいているうちに私が失ってしまった炎。
それを見てしまったら、それに気がついてしまったら、私に止めることはできない。
『足掻いて見せろ、何処までも』
私はそう言って人間と向き直る。
そして潰すように、乱暴に円盤へと手を叩きつけた。
先ほどのような加減はしない。力の差など考えない。もう欠片も躊躇しない。
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