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炎と竜の記録
嘲笑うように
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声が聞こえる。
「――な!!」
懐かしいような、そうでもないような声だ。
「――――り――な――っ!!」
この声は確か。
「しっかりしな! さっさと目を覚ますんだよ!」
イーファは目を覚まし、霞んだ目で目の前の女性を見る。
白髪交じりの髪の毛はぼさぼさで、その顔の焦りは事態の深刻さを物語っている。
途端にイーファは思い出した。
自分が何処にいたのか、何を見たのか、何が起きたのか。
「急いで戻らな――つぅっ?!」
「無理して起き上がろうとするんじゃない。まったく生きているのが不思議な怪我なんだよ」
クリフは話す。
手足は変な方向にねじれていたし、あばらは悉く折れて腹と背中が薄い一枚の布切れのようになっていた。そんな姿で魔法の破壊されたことを感じ取った自分のすぐ近く前に落ちてきたのだと。
今いる場所は近くの建物の屋上で、イーファが落ちてきた場所だ。
「なんとか最低限の手当てはしたが動ける状態じゃないんだ」
「でも、でも行かないとっ!」
掠れた声でイーファは訴える。
あの怪物を放置したら二人の仲間は間違いなく死んでしまう。
もしかしたら自分が行っても何も変わらないかもしれないが、それでも生き残る可能性。勝利する可能性は上がるはずだ。
「だから動くんじゃない!」
再びクリフに叱られ、イーファは渋々起き上がるのを止める。
そうしているうちに巨鳥、クリフの友人であるキュリオスが側に降り立った。
クリフはキュリオスと互いに視線を合わせて意思疎通を行う。
「キュー……」
「バカだね、そんな事にはならないから安心しな」
「キーウ」
「じゃあ、頼んだよ?」
おもむろにイーファを担いだクリフは、その身を体を低くしたキュリオスの背に乗せる。
「え、待ってください……何のつもりですか?」
「見ての通りだよ」
「まさか――」
まさか逃がす? 自分を?
混乱するイーファにクリフは笑みを作って見せる。今まで見た事の無いような弱い笑みを。
「今のアンタじゃ足手まといだからね。どっか安全な場所にいてもらったほうがいいのさ」
嘘だ。
言葉とは裏腹にその顔は語っている。
“これは勝ち目のない戦いだ”と。力なく微笑む諦観に染まった表情がそう教えている。
そう、氷壁が破られた時点で分かり切っている事なのだ。
地を埋め尽くすような大軍勢を前に、唯一の守りを失った村を守り切る事など不可能。怒涛と押し寄せる川の水を人の身だけで堰き止めることが出来ないのと同じだ。
どれだけの力を持っていても結末は変わらない。
「先生が――」
「私は何処にもいかない。これは誇りの問題だからね。あの坊主が守った連中を、この私が見捨てるなんて出来るわけがないんだよ」
「それだったら私だって」
自分だって仲間のために残らなければいけない。
そう思っても体は動かない。ずたずたに割かれた筋肉、粉々に砕けた骨では体を支えられないのだ。
やっと、仲間たちの隣に立つに相応しい自分へ少し近づけた。
そう思った矢先に何度目か分からない無力感が込み上げてきて涙が溢れだす。
「すまないね。こいつは完全に私のエゴだ。恨んでくれていい」
クリフは逃がす相手にそう告げる。
イーファは必死に首を振ろうとした。僅かに動く頭がその気持ちを伝える。
たしかに我が儘かもしれない。しかし折角できた新しい教え子を失いたくないというのは師匠が抱く願いとして、これほど純粋なものは無いだろう。
だから責めてはいない。責められないとイーファは首を振る。
「さあ、行きな!」
クリフの言葉に翼は力強く羽ばたく。
空へと巨鳥は舞い上がる。
もっとも安全な場所へ、もっとも惨劇から離れた場所へ。
その願いを受けて友は空を翔けていく。
――そして輝く鳥は無様に落ちていった。
四方八方より空へと舞い上がった残虐なる者たち。
虎視眈々と獲物が現れるのを待っていた無数の黒き翼に飲み込まれ。
テルミスはガックリと膝を付く。
手に持っていた杖は離れ、カラカラと命のように軽い音を奏でた。
「――な!!」
懐かしいような、そうでもないような声だ。
「――――り――な――っ!!」
この声は確か。
「しっかりしな! さっさと目を覚ますんだよ!」
イーファは目を覚まし、霞んだ目で目の前の女性を見る。
白髪交じりの髪の毛はぼさぼさで、その顔の焦りは事態の深刻さを物語っている。
途端にイーファは思い出した。
自分が何処にいたのか、何を見たのか、何が起きたのか。
「急いで戻らな――つぅっ?!」
「無理して起き上がろうとするんじゃない。まったく生きているのが不思議な怪我なんだよ」
クリフは話す。
手足は変な方向にねじれていたし、あばらは悉く折れて腹と背中が薄い一枚の布切れのようになっていた。そんな姿で魔法の破壊されたことを感じ取った自分のすぐ近く前に落ちてきたのだと。
今いる場所は近くの建物の屋上で、イーファが落ちてきた場所だ。
「なんとか最低限の手当てはしたが動ける状態じゃないんだ」
「でも、でも行かないとっ!」
掠れた声でイーファは訴える。
あの怪物を放置したら二人の仲間は間違いなく死んでしまう。
もしかしたら自分が行っても何も変わらないかもしれないが、それでも生き残る可能性。勝利する可能性は上がるはずだ。
「だから動くんじゃない!」
再びクリフに叱られ、イーファは渋々起き上がるのを止める。
そうしているうちに巨鳥、クリフの友人であるキュリオスが側に降り立った。
クリフはキュリオスと互いに視線を合わせて意思疎通を行う。
「キュー……」
「バカだね、そんな事にはならないから安心しな」
「キーウ」
「じゃあ、頼んだよ?」
おもむろにイーファを担いだクリフは、その身を体を低くしたキュリオスの背に乗せる。
「え、待ってください……何のつもりですか?」
「見ての通りだよ」
「まさか――」
まさか逃がす? 自分を?
混乱するイーファにクリフは笑みを作って見せる。今まで見た事の無いような弱い笑みを。
「今のアンタじゃ足手まといだからね。どっか安全な場所にいてもらったほうがいいのさ」
嘘だ。
言葉とは裏腹にその顔は語っている。
“これは勝ち目のない戦いだ”と。力なく微笑む諦観に染まった表情がそう教えている。
そう、氷壁が破られた時点で分かり切っている事なのだ。
地を埋め尽くすような大軍勢を前に、唯一の守りを失った村を守り切る事など不可能。怒涛と押し寄せる川の水を人の身だけで堰き止めることが出来ないのと同じだ。
どれだけの力を持っていても結末は変わらない。
「先生が――」
「私は何処にもいかない。これは誇りの問題だからね。あの坊主が守った連中を、この私が見捨てるなんて出来るわけがないんだよ」
「それだったら私だって」
自分だって仲間のために残らなければいけない。
そう思っても体は動かない。ずたずたに割かれた筋肉、粉々に砕けた骨では体を支えられないのだ。
やっと、仲間たちの隣に立つに相応しい自分へ少し近づけた。
そう思った矢先に何度目か分からない無力感が込み上げてきて涙が溢れだす。
「すまないね。こいつは完全に私のエゴだ。恨んでくれていい」
クリフは逃がす相手にそう告げる。
イーファは必死に首を振ろうとした。僅かに動く頭がその気持ちを伝える。
たしかに我が儘かもしれない。しかし折角できた新しい教え子を失いたくないというのは師匠が抱く願いとして、これほど純粋なものは無いだろう。
だから責めてはいない。責められないとイーファは首を振る。
「さあ、行きな!」
クリフの言葉に翼は力強く羽ばたく。
空へと巨鳥は舞い上がる。
もっとも安全な場所へ、もっとも惨劇から離れた場所へ。
その願いを受けて友は空を翔けていく。
――そして輝く鳥は無様に落ちていった。
四方八方より空へと舞い上がった残虐なる者たち。
虎視眈々と獲物が現れるのを待っていた無数の黒き翼に飲み込まれ。
テルミスはガックリと膝を付く。
手に持っていた杖は離れ、カラカラと命のように軽い音を奏でた。
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