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炎と竜の記録

変わる戦局

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「クソったれ!」
 悪態を口から飛び出させながらブレイスは跳び込むようにその場から逃げる。
 次の瞬間には深いな音と共に悲鳴を上げる暇もなく、怪物が潰れ黒い汁を散乱させた。
 それだけならいい。ブレイスやテルミスなら十分に避けられる。
 だが急に狡猾になりだした空の怪物たちは、守備隊の者たちに対しても同じ攻撃を繰り出していた。一つの怪物が落ちるたびに犠牲が出て、犠牲が出るたびに戦意が失われていくのが分かる。
 一部ではパニックに陥りかけており、互いに声を掛け合うことで何とか精神を持ちこたえさせている状態だ。だが声を出しているのは特定の人物のみであるから、彼らがやられた時に今まで堰き止めていたものが爆発する事だろろう。
 そうと分かっていてもブレイスたちにはカバーしに向かう余裕がない。
 何台もの大砲が撃ち込んできているかのように、次から次へと巨体が落ちてくるため下手に移動すれば巻き添えを食う者たちが出てきてしまう。
「ああもう、いい加減にしろおおお!!」
 我慢の限界と、テルミスが犠牲になった者が落としたのだろう槍を拾い、それを降下中の奴へ向けて隙を見て投げつける。
 持ち上げていた翼の一つを失って支えきれなくなった空の怪物は、その掴んでいた怪物を素直に話して落とした。地上でそれまで壁の上で起きていた事と同じ惨劇が一つ起きるが、怪物たちはそれを大して気に留めない。
 まだまだ運び手はいくらでもいるのだ。
 一匹持ち上げるのに三匹必要でも、百を超える数があれば何十体と落とすことができる。
 そして空を舞う彼らを一挙に減らす方法はない。
 チマチマと槍や弓で仕留めてはいるが、今の早さでは全てを倒しきる前にコチラが瓦解する。
 冷静に今の状況を分析し、どうして大砲やバリスタの一つもこの村には置いていなかったのだと不満を抱くも、そんな事を考えている暇はない。
 なにか打開策は無いかと歯を食いしばりながら考える。
 また一つ黒い塊が守備隊の者たちを飲み込んだ。
 最悪なのは、それの犠牲となったのは周囲を鼓舞し統率を保っていた者だったこと。
 途端に、その周囲の者たちは取り乱し叫び声を上げながら空へ向けて槍を投げ始める。しかし非力な彼らによる投擲では到底届かず、足を止め武器を失ったところを鋭敏に察知した空の魔物たちが押し寄せて血肉の賛歌に酔いしれた。
 その凄惨な光景に、それまで正気をなんか保っていた者たちの中に取り乱す者たちが現れる。
 混乱は伝播していき、冷静さを欠いた者から闇に飲み込まれ、その友を救おうと飛び込んだ者は無残な眼前の者たちと同じ末路を辿っていく。圧倒的な身体能力の差が、無情にも彼らの刃を弾き一振りの爪で命を刈り取っていった。
 それらはあくまで一部であり防壁の守りは完全に瓦解したわけではない。
 しかし、もはや敗北は時間の問題と言えるほどに混乱の広がる速度は深刻だ。
 覚悟をしていた者でさえ吐いてしまう程の惨状、もはやブレイスやテルミスの声は届いておらず、統率を失った羊の群れのようにただただ暴れる事しか彼らは出来ない。
 ――何か手はないのか?!
 未だ諦めず思考を巡らせるブレイス。
 それは自らを鼓舞する為でもある。もしも何一つ希望が無いと認めてしまったなら自分自身もきっと狂気に飲み込まれてしまうだろう。
 だが、ジワリジワリと心は闇に侵されていく。
 テルミスは明らかに激高し、何度も隙を見ては槍を投げつけるが命中率は落ちていた。
 一人がいくら頑張っても全てを排除するには時間が足りない。
 圧倒的な数による暴力。しかも一つ一つの個体が雑兵とは比べ物にならない相手。
 冒険者が二人増えたくらいではどうにもならない戦力の差をまざまざと見せつけられる。
 それによって引き起こされた出来事を前にブレイスの中で何かが折れかけた。

 ――その時、彼らは背に激しき閃光を受けた。

 まるでもう一つの太陽が現れたかのような激しく、温かく、そして力の湧いてくる光。
「まだです!」
 声が響き渡る。
 恐ろしき怪物たちの奏でる無数の音が町を取り囲む中、その声は全ての者たちの耳にハッキリと届いた。
 空にいた怪物たちは嫌がるように、警戒するように、恐れるようにその場から距離を取る。
「まだ、諦める時ではありません! 私達がいます!」
 声はハッキリと言った。“私達”と。
 ブレイスとテルミスは互いに顔を見合わせ、そして噴き出す。
 あんまり酷い表情だったものだから互いについ笑ってしまったのだ。
「ああ、そうだったね」
「まったく、俺は何を考えているんだ」
 冒険者が二人ではどうにもならない?
 何を勘違いしていたんだか。俺たちはそもそも“三人で一つのパーティ”なのだ。
 二人では体調や武器が万全であろうと本来の力を発揮できるわけもない。
「これじゃリーダー失格だな」
「何言ってんのさ、ここから先がリーダーの腕のみせどころでしょ?」
「ははは、確かにその通りだ」
 壁を駈け上がる足音、トタトタと軽いそれは何よりも二人を勇気づける。
「すみません、遅れました!」
「何を言ってるのさ、最高のタイミングだよ!」
 振り返ると、そこには頼もしい最後の仲間が立っていた。
 普段の不安そうで自身の無い顔はどこへやら、驚く二人にイーファは自信にあふれた表情を見せつける。
「さあ、反撃だ!」
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