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炎と竜の記録
決死の一方通行
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登り始めた日の光を受けた黒く影を纏った蠢く者たちが、獲物に群がる虫のように鉄壁の壁を飲み込んでいく。
「随分と手間ーかかせやがって」
僅かが護衛を周りに置いたヘドランは遠巻きにその光景を眺めながら呟いた。
攻め込む前から分かっていた戦力、戦いの“たの字”も知らない臆病者たちと立った二人の冒険者にしては、かなり手こずらせてくれたものだが――もう勝敗は決した。
ヘドランの頭は既にこの後の事を考えていた。
失った戦力はどの程度なのか。
あの壁の向こうにどの程度の備蓄物資が存在しているのか。
武器は、食料は、水は、酒はあるのか。
何しろ冬を超えてからの種まき、収穫の始まる夏、秋まではまだ日数がある。欲のない田舎者らしく無駄な浪費などはしていないだろうが、部下たちの腹を満たせるほど残っているかは怪しい。
「ま、そいつは後でいいか」
重要なのは、可能な限り無傷であの外と内を隔絶する頑強な壁を得る事だろう。
その為にわざわざ壊さず被害の大きくなる手段を選んでいるのだ。あの貧弱な戦力でこれほど戦えるのだから、自分たちが利用すればどれほどの効果を持つことになるか、その価値は計り知れないものだろう。
もしかすれば、上手い具合に事が運べば、この先の本番でも勝利を得られるかもしれない。
ヘドランは首を振る。
楽観的な考えは捨てろ。今目の前にいる連中とはレベルの違う相手なのだ。
再びかつての町だったものへ視線を戻す。
「ん?」
異変に気がついたのは二度目の閃光の後。
一度目は怒涛と押し寄せている部下の影に隠れ、ただの見間違いかと思った。
だが二度目は、不自然なほどに煌々とはじける巨大な炎を確かに認めた。
吹き飛ばされる部下たちの影、遅れて届くのは轟音と僅かに熱を持った風である。これほど離れた場所にいながら感ぜられる熱の存在が、その爆発の勢いの強さを物語っていた。
爆弾か? いや、そんな便利なもんがあるならとっくに使っていたはずだ。
唐突に発生したイレギュラーにヘドランは困惑する。
思い当たる可能性は一つ。何らかの理由で戦線に出ていなかった魔法使いが、このタイミングで現れたというもの。
まさか、超強力な武器を持っていながら今の今まで忘れていた、などはありえないだろう。
「だが、なんでだ?」
どうして魔法使いは今の今まで隠れていた?
参戦するなら絶好のタイミングがこれまでにいくつもあったはずだ。あそこまで追い込まれては、魔法使いが一人増えたところで自分の勝利は揺るがない。
しかしヘドランの勘は訴える。
ここが“切り札”の一つの使いどころであることを。
「…………」
ヘドランは腰のベルトに差してあった道具へ視線を落とす。この直観を信じて使おうかと手がその内の一つ、鞘に入ったナイフのようなもの触れるも、結局は引き抜かずに手を降ろして視線を前に戻した。
普段なら従って使っていた事だろう。
一見して不自然に思える行為であっても、過去それで何度も命を助けられたのだから。
だが今はこの身に危機が迫っているようには思えない。
勝利は目の前にあり、脅かす物は一つとして無い。
だからヘドランは思ったのだ「もったいない」と。
――その考えが間違っていた事に気がついたのは、流星の如き二つの光が、顔を出し始めた日の光を受け軌跡を描く者たちがコチラへ飛んでくるのを見た時だった。
巨大な手で叩かれたような衝撃を受けて全身が悲鳴を上げる。
歯を食いしばっていなければ舌を噛んで悶絶していた事だろう。
連続厳禁、かかる負担から週に1回までと決めていた奥の手。――だというのに骨折も直っておらず疲労も蓄積しているという最悪なコンディションで、しかも本来よりも短いスパンによる2回目。他に手がないとはいえ限界を超えている体には些か辛いものがある。
激痛に意識が飛びそうになり、体を駆け巡る衝撃に眩暈がして吐き気をもよおす。
しかしテルミスは歯を食いしばって耐える。
全てが終わった後に、このクソッたれな世界へ向けて不満も何もかも全部ぶちまけてやろう。
決意を新たにしたところで、いよいよ地面が目の前に迫った。
「しゃあああっ!!」
転がるようにして勢いを殺し素早く体制を整える。
想定よりも手前に落ちた為に標的まで距離はあるが、戦力の殆どを村の方へ投入してしまっているようで、立ちはだかる邪魔者は護衛と思われる影が三つだけだった。
テルミスが駆け出し、着地に少し失敗したブレイスが少し遅れてついてくる。
驚愕と動揺より立ち直るより早く接近したテルミスは、大ぶりな一撃を数本の髪と引き換えに屈んで避け、がら空きの胴体へめがけて剣を突き出す。
刃が正確に心臓を貫き、まだ理解の追いつかないようすの顔のまま目の前の男が倒れる。
――残りは3人。
刺した剣から素早く手を放し、倒れた男の手より少しだけ質の良い剣を奪い取って流れる動きで頭を守るように構える。同時に剣から強い衝撃を受け、耐える腕と体がビリビリとした。
動揺から立ち直った護衛が振り下ろした剣が、テルミスの構える剣とこすれてバチバチと火花を散らせる。
横目にブレイスを見れば、もう一人の護衛と戦闘を行っている真っ最中だった。
相手の護衛は腕もさることながら、片方の腕が使えない事を目ざとく見抜いて、グルグルとそちらへ回りこみながら攻撃を加えてきている。おかげでブレイスは戦い難そうだ。
力で押し勝つのは難しいと考えた護衛が一歩引いてから繰り出す斬撃に、テルミスは意識を目の前に集中させることを決める。最初の一人は偶然うまく倒せたが、近衛兵のように残されていただけあって彼らは相応に手練れだった。
勿論、万全の状態であれば敵にはならない程度ではあるのだが。
「っつぅ!!」
重い一撃をそう何度も受け止めるのは今のテルミスには辛いものがある。
疲労よりも折れている骨に響くのが問題だ。
幸いな事に周囲が明るくなり出したこともあって動きはよく見える。おかげで扱いの慣れていない武器ながらも、相手の繰り出してくる攻撃、そのフェイントを見抜き、本命の一撃へ剣を合わせて軌道を逸らすことは出来ていた。
テルミスはひたすらに待つ。
横薙ぎは屈み、時に飛ぶことで避ける。縦に繰り出される一撃は剣を合わせて軌道を脇へと逸らし、相手の体勢が崩れた隙を見て無理のない範囲での反撃を繰り出す。
戦いは傍目に見ても我慢比べの様相を見せていた。
打ち合いの音、金属のこすれる音、口から洩れる悪態、周囲に舞うのは土か血か。
「こんの死にぞこないがっ!」
そのボロボロの姿から己が優位な立場にいるのは明白だというのに、一方的に些細な程度の傷が増えていく現実に苛立ちが募ってついに爆発した。
男は再び逸らされようとしていた縦振りを、その途中で力任せに横へと軌道を変える。
滑っていく筈だった刃が突如として横から垂直に圧迫する力へと変化した。想定外の事にテルミスとその手に握られた剣は耐えるための力を入れる暇もなく押し込まれ、怒りのままに刃は横に振りぬかれた。
そう邪魔な全てをその一撃でついに切り裂いたのだ。
――護衛にはそのように感じた。
気がつくと天と地が逆転していた。
いや、天と地がグルグルと回っているのだ。
不自然なほど高い視点から、まるで渦にでも飲まれたかのように、グルグルグルグルと気分が悪くなるほど世界が回っている。
何が起きたのか。
そう思った時に目に留まったのは、中空にいながら上下逆さまの体勢でキラリと刃を光らせていたボロボロの小娘の姿。
前に立つのは首を失った大きな体で、いったいそれは誰のものなのだろうか。
そう思っている内に徐々に地面は近づいて来る。
考えるのはあとだ。
生きているなら今度こそ息の根を止めてやるまで。
地面が目の前に近づく。
――あれ、俺なんで頭から落ちて……?
受け身を取るため手を伸ばそうとしたが、体が動いてくれているような感覚が無い。
疑問の中、護衛の意識は大地に塗りつぶされた。
「随分と手間ーかかせやがって」
僅かが護衛を周りに置いたヘドランは遠巻きにその光景を眺めながら呟いた。
攻め込む前から分かっていた戦力、戦いの“たの字”も知らない臆病者たちと立った二人の冒険者にしては、かなり手こずらせてくれたものだが――もう勝敗は決した。
ヘドランの頭は既にこの後の事を考えていた。
失った戦力はどの程度なのか。
あの壁の向こうにどの程度の備蓄物資が存在しているのか。
武器は、食料は、水は、酒はあるのか。
何しろ冬を超えてからの種まき、収穫の始まる夏、秋まではまだ日数がある。欲のない田舎者らしく無駄な浪費などはしていないだろうが、部下たちの腹を満たせるほど残っているかは怪しい。
「ま、そいつは後でいいか」
重要なのは、可能な限り無傷であの外と内を隔絶する頑強な壁を得る事だろう。
その為にわざわざ壊さず被害の大きくなる手段を選んでいるのだ。あの貧弱な戦力でこれほど戦えるのだから、自分たちが利用すればどれほどの効果を持つことになるか、その価値は計り知れないものだろう。
もしかすれば、上手い具合に事が運べば、この先の本番でも勝利を得られるかもしれない。
ヘドランは首を振る。
楽観的な考えは捨てろ。今目の前にいる連中とはレベルの違う相手なのだ。
再びかつての町だったものへ視線を戻す。
「ん?」
異変に気がついたのは二度目の閃光の後。
一度目は怒涛と押し寄せている部下の影に隠れ、ただの見間違いかと思った。
だが二度目は、不自然なほどに煌々とはじける巨大な炎を確かに認めた。
吹き飛ばされる部下たちの影、遅れて届くのは轟音と僅かに熱を持った風である。これほど離れた場所にいながら感ぜられる熱の存在が、その爆発の勢いの強さを物語っていた。
爆弾か? いや、そんな便利なもんがあるならとっくに使っていたはずだ。
唐突に発生したイレギュラーにヘドランは困惑する。
思い当たる可能性は一つ。何らかの理由で戦線に出ていなかった魔法使いが、このタイミングで現れたというもの。
まさか、超強力な武器を持っていながら今の今まで忘れていた、などはありえないだろう。
「だが、なんでだ?」
どうして魔法使いは今の今まで隠れていた?
参戦するなら絶好のタイミングがこれまでにいくつもあったはずだ。あそこまで追い込まれては、魔法使いが一人増えたところで自分の勝利は揺るがない。
しかしヘドランの勘は訴える。
ここが“切り札”の一つの使いどころであることを。
「…………」
ヘドランは腰のベルトに差してあった道具へ視線を落とす。この直観を信じて使おうかと手がその内の一つ、鞘に入ったナイフのようなもの触れるも、結局は引き抜かずに手を降ろして視線を前に戻した。
普段なら従って使っていた事だろう。
一見して不自然に思える行為であっても、過去それで何度も命を助けられたのだから。
だが今はこの身に危機が迫っているようには思えない。
勝利は目の前にあり、脅かす物は一つとして無い。
だからヘドランは思ったのだ「もったいない」と。
――その考えが間違っていた事に気がついたのは、流星の如き二つの光が、顔を出し始めた日の光を受け軌跡を描く者たちがコチラへ飛んでくるのを見た時だった。
巨大な手で叩かれたような衝撃を受けて全身が悲鳴を上げる。
歯を食いしばっていなければ舌を噛んで悶絶していた事だろう。
連続厳禁、かかる負担から週に1回までと決めていた奥の手。――だというのに骨折も直っておらず疲労も蓄積しているという最悪なコンディションで、しかも本来よりも短いスパンによる2回目。他に手がないとはいえ限界を超えている体には些か辛いものがある。
激痛に意識が飛びそうになり、体を駆け巡る衝撃に眩暈がして吐き気をもよおす。
しかしテルミスは歯を食いしばって耐える。
全てが終わった後に、このクソッたれな世界へ向けて不満も何もかも全部ぶちまけてやろう。
決意を新たにしたところで、いよいよ地面が目の前に迫った。
「しゃあああっ!!」
転がるようにして勢いを殺し素早く体制を整える。
想定よりも手前に落ちた為に標的まで距離はあるが、戦力の殆どを村の方へ投入してしまっているようで、立ちはだかる邪魔者は護衛と思われる影が三つだけだった。
テルミスが駆け出し、着地に少し失敗したブレイスが少し遅れてついてくる。
驚愕と動揺より立ち直るより早く接近したテルミスは、大ぶりな一撃を数本の髪と引き換えに屈んで避け、がら空きの胴体へめがけて剣を突き出す。
刃が正確に心臓を貫き、まだ理解の追いつかないようすの顔のまま目の前の男が倒れる。
――残りは3人。
刺した剣から素早く手を放し、倒れた男の手より少しだけ質の良い剣を奪い取って流れる動きで頭を守るように構える。同時に剣から強い衝撃を受け、耐える腕と体がビリビリとした。
動揺から立ち直った護衛が振り下ろした剣が、テルミスの構える剣とこすれてバチバチと火花を散らせる。
横目にブレイスを見れば、もう一人の護衛と戦闘を行っている真っ最中だった。
相手の護衛は腕もさることながら、片方の腕が使えない事を目ざとく見抜いて、グルグルとそちらへ回りこみながら攻撃を加えてきている。おかげでブレイスは戦い難そうだ。
力で押し勝つのは難しいと考えた護衛が一歩引いてから繰り出す斬撃に、テルミスは意識を目の前に集中させることを決める。最初の一人は偶然うまく倒せたが、近衛兵のように残されていただけあって彼らは相応に手練れだった。
勿論、万全の状態であれば敵にはならない程度ではあるのだが。
「っつぅ!!」
重い一撃をそう何度も受け止めるのは今のテルミスには辛いものがある。
疲労よりも折れている骨に響くのが問題だ。
幸いな事に周囲が明るくなり出したこともあって動きはよく見える。おかげで扱いの慣れていない武器ながらも、相手の繰り出してくる攻撃、そのフェイントを見抜き、本命の一撃へ剣を合わせて軌道を逸らすことは出来ていた。
テルミスはひたすらに待つ。
横薙ぎは屈み、時に飛ぶことで避ける。縦に繰り出される一撃は剣を合わせて軌道を脇へと逸らし、相手の体勢が崩れた隙を見て無理のない範囲での反撃を繰り出す。
戦いは傍目に見ても我慢比べの様相を見せていた。
打ち合いの音、金属のこすれる音、口から洩れる悪態、周囲に舞うのは土か血か。
「こんの死にぞこないがっ!」
そのボロボロの姿から己が優位な立場にいるのは明白だというのに、一方的に些細な程度の傷が増えていく現実に苛立ちが募ってついに爆発した。
男は再び逸らされようとしていた縦振りを、その途中で力任せに横へと軌道を変える。
滑っていく筈だった刃が突如として横から垂直に圧迫する力へと変化した。想定外の事にテルミスとその手に握られた剣は耐えるための力を入れる暇もなく押し込まれ、怒りのままに刃は横に振りぬかれた。
そう邪魔な全てをその一撃でついに切り裂いたのだ。
――護衛にはそのように感じた。
気がつくと天と地が逆転していた。
いや、天と地がグルグルと回っているのだ。
不自然なほど高い視点から、まるで渦にでも飲まれたかのように、グルグルグルグルと気分が悪くなるほど世界が回っている。
何が起きたのか。
そう思った時に目に留まったのは、中空にいながら上下逆さまの体勢でキラリと刃を光らせていたボロボロの小娘の姿。
前に立つのは首を失った大きな体で、いったいそれは誰のものなのだろうか。
そう思っている内に徐々に地面は近づいて来る。
考えるのはあとだ。
生きているなら今度こそ息の根を止めてやるまで。
地面が目の前に近づく。
――あれ、俺なんで頭から落ちて……?
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