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炎と竜の記録
頑迷なる意地の先に
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テルミスは胸壁の上を舞うように走り、今まさに侵入を果たそうとしていた悪辣顔の男を蹴落とす。
後から続こうとする者たちへは、その登りかけのはしごを倒すことで対処しようとするが――。
「クソッ! ガッツリ固定してんじゃないわよ!」
そう何度も同じ手が通用するわけもなく、学習した盗賊たちは頭目の指示を待つ事無く下で抑える者と登る者に分かるようになっていた。
同じように他の場所に掛けられた梯子も固定されるようになり、上まで攻め込んでくる人数が一気に増加し始める。
ブレイスは周辺の者たちを激励し、危なそうな場所へ加勢に加わっているが明らかに手数が足りなくなっており、徐々に胸壁を超えて中へ踏み込んでくる敵の数が増えていく。見下ろす立場という圧倒的に有利な立場によりなんとか成りたっていた均衡は、ここにきて加速度的に崩れ始める。
もしここで撤退し市街戦となれば、経験と数の優位による各個撃破は時間の問題だろう。
だからテルミスはブレイスと同じように駆け回り、突破されそうな者たちの前に現れては攻め込んできている者たちを切り伏せていく。
止まるわけにはいかない。休憩なんか考えている暇もない。
幸いだったのは防衛地点たす市壁の上、そこに作られた通路は決して広いとは言えない幅しか無かった事だ。おかげで一気に敵が雪崩れ込んでくるという事は避けられているし、何の躊躇もなく胸壁の上を走り回るテルミスが現場に到着するまで、盾を壁のように構え進行を抑える者たちは持ちこたえる事ができていた。
だが、それも結局は局所的な話である。
いくら持ちこたえても間に合わず、押し切られ命を落としてく者たちは増えていく。
じわりじわりと守りは削られ、気がつけば孤立し凶刃に飲み込まれる場所も出てくる。
「さすがにこれはマズいな」
「マズいなんてものじゃないでしょ!」
移動途中、テルミスとブレイスは互いの背後に迫った敵の影を切り伏せながら言葉を交わす。
ただでさえ走り回ることによる振動が折れた骨に響いて来るのに、大声で怒鳴った事による痛みで思わず顔をしかめる。
「このままじゃジリ貧だよ」
「ああ分かってる。だが、まだ準備が整っていない」
「そんなこと言ってられる状況には見えないけど?」
「タイミングを誤ればご破算、全滅必至なんだ。どんなに絶望的でもギリギリまで待つしかない」
「そんなのは分かってるっての!」
胸壁を乗り越えてきた者を切り、そのまま蹴りで梯子の上に落とすことで続く者たちを巻き添えにする。
そうしている間にブレイスは左手の崩壊寸前の戦線へ加勢に加わっていた。
戦いは続く。
悲鳴が上がる。
怒号が聞こえる。
鉄の音が響く。
錆のような臭いに満ちる。
靴底がぬるりとした感触を伝えてくる。
動かなくなった塊を踏みつける者と、それを飛び越える者がいる。
戦いの音は徐々に少なくなっていく。
「ッ?! くっそがああああああ!!」
テルミスは怒鳴る。
脇腹には熱した鉄をあてられたかのような感触、死んだふりをしていた敵による不意打ちに気が付けなかったのは長きに渡る戦闘による集中力の乱れによるもの。
直ぐにその首を刎ね飛ばし、傷の状態を一瞥で確認する。
それほど深くはないが、血の出ていく量が思いのほか多い。
一緒に流れだしていく体力と熱。近くの死体の山と胸壁の影に隠れると、直ぐに衣服の一部を破いて帯のようにし、ギュッと硬く縛ることで圧迫止血を行う。
ただの気休めだが、やらないよりはマシだ。
処置とも呼べない作業を終えると直ぐにテルミスは戦線に復帰する。
まだ戦いは続く――。
どれほどの敵を、その命を奪っただろう。
100だろうか、200だろうか。いやもしかしたら10人も倒していないかもしれない。
体は限界を超えて悲鳴を上げ続け、それでも気持ちだけで動かし続ける。
意地のみが失われた体力の代わりに燃料となって燃え続けた。
目が霞む。
血を流し過ぎたかもしれない。
その流れた血はいったい誰ものものだろうか。
自分なのか、敵なのか、それとも勇敢な者たちのものか、かつて倒して来た魔物たちのものか、魔物たちに襲われ命を落とした者たちのものか――。
自分の物以外は区別をつける必要はない。他人の血は他人の血である。
そう訴えるのは冷静にして冷徹な自分。
他の誰が何処で死んだところで同じ事だ。近いから、親しいから、まだ幼いから、哀れだから、適当な理由を付けて感情移入したり特別扱いしたり。でも実際のところは、興味なんかないんだろう?
遠くで、知らない場所で、分からない理由で、理不尽に命を落とした者のために涙を流した者は一人だっていはしない。今ここで起こっている出来事でさえ、他人事として目もくれない者たちに世界は溢れているんだ。
意地の悪そうな顔でもう一人の自分が笑う。
だからさ、もう諦めたらどう? 今からでも逃げれば私は生き残れるよ?
――いいやダメだ。
どうして? どうせここで見ていた連中は全員死ぬ。盗賊たちの言葉なんか誰も信用しないんだから、逃げたって誰も気にしないよ?
――誰に何と思われるかは関係ない。
ふーん、じゃあなんで戦ってるの? 感謝して欲しいから? それとも薄っぺらい正義感?
どれでもない。
じゃあ、なんで?
「そんなの、アイツらがまだ戦ってるからに決まってんでしょうが!」
すぐ後ろ今にも振り下ろされようとしていた刃、その持ち手を振り向きざまに切り伏せる。
まだ諦めるわけにはいかない。
ブレイスは戦っている。
イーファも自分たちを信じて無茶な挑戦をしている。
そんな状況で一人、命惜しさに臆病風に吹かれるなんてことはあってはいけない。
その瞳に消えかけていた光が戻る。
そして、その瞳でイーファはハッキリと見た。
「すみませんっ、遅れました!!」
自分よりも一回り小柄な仲間が、その手に光る石を持ってかけてくる姿を。
世界の果てより現れ、大地を覆っていた影を消し去っていく光を。
後から続こうとする者たちへは、その登りかけのはしごを倒すことで対処しようとするが――。
「クソッ! ガッツリ固定してんじゃないわよ!」
そう何度も同じ手が通用するわけもなく、学習した盗賊たちは頭目の指示を待つ事無く下で抑える者と登る者に分かるようになっていた。
同じように他の場所に掛けられた梯子も固定されるようになり、上まで攻め込んでくる人数が一気に増加し始める。
ブレイスは周辺の者たちを激励し、危なそうな場所へ加勢に加わっているが明らかに手数が足りなくなっており、徐々に胸壁を超えて中へ踏み込んでくる敵の数が増えていく。見下ろす立場という圧倒的に有利な立場によりなんとか成りたっていた均衡は、ここにきて加速度的に崩れ始める。
もしここで撤退し市街戦となれば、経験と数の優位による各個撃破は時間の問題だろう。
だからテルミスはブレイスと同じように駆け回り、突破されそうな者たちの前に現れては攻め込んできている者たちを切り伏せていく。
止まるわけにはいかない。休憩なんか考えている暇もない。
幸いだったのは防衛地点たす市壁の上、そこに作られた通路は決して広いとは言えない幅しか無かった事だ。おかげで一気に敵が雪崩れ込んでくるという事は避けられているし、何の躊躇もなく胸壁の上を走り回るテルミスが現場に到着するまで、盾を壁のように構え進行を抑える者たちは持ちこたえる事ができていた。
だが、それも結局は局所的な話である。
いくら持ちこたえても間に合わず、押し切られ命を落としてく者たちは増えていく。
じわりじわりと守りは削られ、気がつけば孤立し凶刃に飲み込まれる場所も出てくる。
「さすがにこれはマズいな」
「マズいなんてものじゃないでしょ!」
移動途中、テルミスとブレイスは互いの背後に迫った敵の影を切り伏せながら言葉を交わす。
ただでさえ走り回ることによる振動が折れた骨に響いて来るのに、大声で怒鳴った事による痛みで思わず顔をしかめる。
「このままじゃジリ貧だよ」
「ああ分かってる。だが、まだ準備が整っていない」
「そんなこと言ってられる状況には見えないけど?」
「タイミングを誤ればご破算、全滅必至なんだ。どんなに絶望的でもギリギリまで待つしかない」
「そんなのは分かってるっての!」
胸壁を乗り越えてきた者を切り、そのまま蹴りで梯子の上に落とすことで続く者たちを巻き添えにする。
そうしている間にブレイスは左手の崩壊寸前の戦線へ加勢に加わっていた。
戦いは続く。
悲鳴が上がる。
怒号が聞こえる。
鉄の音が響く。
錆のような臭いに満ちる。
靴底がぬるりとした感触を伝えてくる。
動かなくなった塊を踏みつける者と、それを飛び越える者がいる。
戦いの音は徐々に少なくなっていく。
「ッ?! くっそがああああああ!!」
テルミスは怒鳴る。
脇腹には熱した鉄をあてられたかのような感触、死んだふりをしていた敵による不意打ちに気が付けなかったのは長きに渡る戦闘による集中力の乱れによるもの。
直ぐにその首を刎ね飛ばし、傷の状態を一瞥で確認する。
それほど深くはないが、血の出ていく量が思いのほか多い。
一緒に流れだしていく体力と熱。近くの死体の山と胸壁の影に隠れると、直ぐに衣服の一部を破いて帯のようにし、ギュッと硬く縛ることで圧迫止血を行う。
ただの気休めだが、やらないよりはマシだ。
処置とも呼べない作業を終えると直ぐにテルミスは戦線に復帰する。
まだ戦いは続く――。
どれほどの敵を、その命を奪っただろう。
100だろうか、200だろうか。いやもしかしたら10人も倒していないかもしれない。
体は限界を超えて悲鳴を上げ続け、それでも気持ちだけで動かし続ける。
意地のみが失われた体力の代わりに燃料となって燃え続けた。
目が霞む。
血を流し過ぎたかもしれない。
その流れた血はいったい誰ものものだろうか。
自分なのか、敵なのか、それとも勇敢な者たちのものか、かつて倒して来た魔物たちのものか、魔物たちに襲われ命を落とした者たちのものか――。
自分の物以外は区別をつける必要はない。他人の血は他人の血である。
そう訴えるのは冷静にして冷徹な自分。
他の誰が何処で死んだところで同じ事だ。近いから、親しいから、まだ幼いから、哀れだから、適当な理由を付けて感情移入したり特別扱いしたり。でも実際のところは、興味なんかないんだろう?
遠くで、知らない場所で、分からない理由で、理不尽に命を落とした者のために涙を流した者は一人だっていはしない。今ここで起こっている出来事でさえ、他人事として目もくれない者たちに世界は溢れているんだ。
意地の悪そうな顔でもう一人の自分が笑う。
だからさ、もう諦めたらどう? 今からでも逃げれば私は生き残れるよ?
――いいやダメだ。
どうして? どうせここで見ていた連中は全員死ぬ。盗賊たちの言葉なんか誰も信用しないんだから、逃げたって誰も気にしないよ?
――誰に何と思われるかは関係ない。
ふーん、じゃあなんで戦ってるの? 感謝して欲しいから? それとも薄っぺらい正義感?
どれでもない。
じゃあ、なんで?
「そんなの、アイツらがまだ戦ってるからに決まってんでしょうが!」
すぐ後ろ今にも振り下ろされようとしていた刃、その持ち手を振り向きざまに切り伏せる。
まだ諦めるわけにはいかない。
ブレイスは戦っている。
イーファも自分たちを信じて無茶な挑戦をしている。
そんな状況で一人、命惜しさに臆病風に吹かれるなんてことはあってはいけない。
その瞳に消えかけていた光が戻る。
そして、その瞳でイーファはハッキリと見た。
「すみませんっ、遅れました!!」
自分よりも一回り小柄な仲間が、その手に光る石を持ってかけてくる姿を。
世界の果てより現れ、大地を覆っていた影を消し去っていく光を。
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