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炎と竜の記録
休息は許されず
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決死の逃走から三日。
無事に目を覚ましたブレイスは悪態をつきながら目の前の“人間”を切り捨てる。
鋭利に尖れた曲刀、それを握る指には黄金の眩しい指輪を嵌めてり、ほつれや穴のある衣服と比較するとチグハグ感が否めない。
汚い無精ひげの顔は恨みのこもった憤怒の顔で固まり、ようやく動きを止めた。
共に押し寄せていた連中は冷ややかなもので、それを見ると何の躊躇もなく撤退を始める。
「なんとか乗り切ったか」
もう安全と分かったところで慣れない左手に持った曲刀を肩に担ぎ、ブレイスはほっと息を吐いた。
振り返れば不釣り合いに思える石で出来た頑強な壁、そこにシンプルながらもシッカリとした作りの門があり、開かれつつある隙間の向こうから心配そうに見てくる仲間が1人見えた。
戻って行けば「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」と矢継ぎ早に尋ねてくる。
それは共に戦えない事からの不安と罪悪感が彼女を煩わせているからだろう。
魔法石も無い、精霊石も無い、それで何かが出来る魔法使いなど聞いたことが無い。
だから「落ち着けよ」と至って気楽に振舞って見せる。
そうして宥めているところへ、村の反対側からテルミスが渋い顔で来ていた。
「どうかしたか?」
「いや、師匠の言ったこと思い出して。ほら、1つの武器にだけ頼るんじゃないって耳にタコができるくらい言われてたでょ? あの時は聞き流してたけど、今になって後悔するなんてなー、と思って」
そう言ってブレイスの持つのと瓜二つの曲刀を地面に杖のようにつく。
本来の獲物が槍である彼女には扱いづらいようだ。特に傷も無いところを見ると十分に戦えているように思えるのだが、その光景を見ていたわけではないし、本人の感覚はまた別なのだろう。
取りあえず、一難は去ったということで部屋を貸してくれている村長の元へ報告へ向かう事にした。
そこはへカルトの目指していた所で、鉱石や宝石の取れた山がそれなりに近く、かつてはそこへ向かう時の中継地点の1つとしてそれなりに人の往来もあった村である。最盛期には町と呼べるほどの規模を誇っていたが、すっかり何も取れなくなると急激に人が減っていき気がつけば廃屋の山だけが残された。
そんな廃屋も倒壊による怪我人の出る危険性から多くが解体され、今は中継の町としての面影を一部に残すのみとなって元の寂れた農村へと戻っていく真っ最中だそうだ。
そうは言っても、かつて栄えた事もあって村の防備はそれなりにしっかりしており、村をグルリと囲む壁や門はその最もたるものだろう。
――もっとも、それが今回の襲撃にも関わっているのだが。
他よりも気持ち大きく作られた平屋の建物に3人で入り、玄関正面にある仕切りの扉を潜ると向こう側には不安に曇った顔の老人が部屋の中を歩き回っていた。
3人が入って来たことに気がつくと少しだけホッとした様子になる。
「よかった! ご無事な様子で」
「ま、あの程度なら魔物の群れの方がずっと厄介だからな」
ブレイスは更に安心させようと、そう強気に言って見せる。
実際、嘘は言っていない。
魔物の群れが獲物を襲う時の連携と統率の正確さは生半可な人間の集団よりも遥かに優れたものであるし、動きの早さに至っては訓練を積んだ軍隊にすら勝る事だってある。
しかし1つ違うのは、そう言った魔物たちに挑むときは基本的に万全の状態であったという事だ。
ハッキリ言って今はかなり状態が厳しい。
ドラゴンの戦いによってブレイスは利き腕を折り、テルミスはあばらを数本のほか得意武器を失い、イーファに至っては戦う手段全てを奪われた状態である。
普通なら準備が整うまで、苦労して貯めた貯金を切り崩しながら静養するのが正しいだろう。
だがそんな事は決して言わない。
“冒険者たるもの、市民の希望とあり続けろ”というのはギルドで職員や先輩方に散々言われたものだ。
――実のところ、それは不用意に面倒や不祥事を起こすんじゃないというギルド側からの注意を兼ねての言葉なのだが。今では冒険者の在り方として受け取る者も少なくない。
ブレイスたちも気に入っている教訓なので、これを忘れないように心掛けていた。
村長は勿論、そんな気遣いをされている事に気がついている。
だから形だけでも安心した姿を取り繕うのだった。
何はともあれ、彼らが来てから事態は一応好転しているのも事実であるから。
「しかし、連中は何が目的なんでしょうかね?」
撃退報告の後にブレイスは疑問を上げる。
既に金目のものなど残っていない、後は先細る一方の見捨てられた土地に力でもって押し寄せてくる盗賊であろう連中。
襲うならもっと適当な相手がいるだろうに。
「うーん、なんででしょう?」
村長も勿論分からない。
7日程前から度々ちょっかいをかけるような嫌がらせが始まり、最近になってその行動や規模が大きくなってきた。何か要求するわけでもないので、気味が悪くて仕方がない。
頑丈な壁に守られているおかげで何とか持ちこたえてはいたが、戦いに不慣れな住民たちでは今回のような明確な襲撃を退けることは厳しかっただろう。そういう意味では、へカルトが村へ連れてきた者たちの存在は非常にありがたいものだった。たとえ負傷し武器を失っていても。
「そういや先生は?」
「学者様ならへカルトと共に、怪我や病に侵されている者たちを見て回ってくださっています」
それより戦いに加わってほしい、とは流石に村長の前では言えない。
イーファとへカルトが言ったリオンの魔法に関し、ブレイスもテルミスも実際に目の当たりにしたわけではないので、それがどれほどの戦力になるのかは分からないが、少なくとも攪乱という1点においてはドラゴンからの逃走を成功させた事から信頼できる。
まだ二人で何とか出来ているが、これ以上に敵が戦力を投入してくるようだとイーファが戦えない以上リオンの魔法無しで切り抜けるのは厳しいだろう。
勿論、善良な一人の人間として放っておけないのは分からなくもないのだが。
そんな複雑な気持ちの中、「そうですか」と短く了解するブレイス。
これは後で少し話し合った方がいいかもしれないな。
そう決めたところで、扉を開き入ってくる者たちがいた。
「失礼します。こちらは一通り終えました」
リオンがまず入り、後からはへカルトではなく白い髪の老人が部屋へ。
リオンは先客の3人へ律儀に頭を下げてから村長へと話を続ける。
「状況としてはあまり良くありません。一応の手当はしましたが、私は医学の専門ではないし今は道具も無いので大したことは出来ていませんから」
「先生、それは謙遜というものです。私の方から申し上げますと、取り敢えずみな峠を越えました。あとはしっかりと静養すれば命を繋ぐことは十分に出来るでしょう」
命を繋ぐことは出来る。その言葉はとても重い。
ブレイスたちの聞いた話によると、患者たちは盗賊たちからの“過激な”嫌がらせを受けて酷い怪我をしたり、毒を体に受けてしまった者たちらしい。
それがどんなものであるかは知らないが、救護所で目を覚ました時に周囲に漂っていた嫌な臭いと重苦しい空気から患者たちがロクな状態で無かった事だけはハッキリと分かる。多少改善されたところで、あの空気はそうそう変えられないだろう。
「なので、これから先は私も皆さんの方に協力しますね」
「療養所はいいんですか?」
「私が出来ることはもうありませんので。それに一通りの対応の仕方は教えてありますから」
リオンはそう疲れた顔で笑みを浮かべる。
戦いに加わってほしいとは思ったが、それが叶うとそれはそれで別の不安が出てくるものだ。
なんとも複雑で自分勝手な想像を繰り広げる頭に心で喝を入れ、リオンに「よろしくお願いします」と畏まって頭を下げるのだった。
その様子にリオンが動揺していた時である。
「てきしゅううううううううう!!!!」
カンカンカン、と金属を打ち鳴らす音と怒声が外から部屋へと響く。
ブレイスですら僅かな時間、唖然とした。
いくら何でも早すぎる!
急いで家から飛び出て、全速力で警鐘を鳴らしていた方角の壁の上にあがる。
「おいおい、嘘だろ?」
そこには少なからぬ集団が武器を携え並んでいた。
1000人近くいるのではないかと思われる盗賊団たちが。
無事に目を覚ましたブレイスは悪態をつきながら目の前の“人間”を切り捨てる。
鋭利に尖れた曲刀、それを握る指には黄金の眩しい指輪を嵌めてり、ほつれや穴のある衣服と比較するとチグハグ感が否めない。
汚い無精ひげの顔は恨みのこもった憤怒の顔で固まり、ようやく動きを止めた。
共に押し寄せていた連中は冷ややかなもので、それを見ると何の躊躇もなく撤退を始める。
「なんとか乗り切ったか」
もう安全と分かったところで慣れない左手に持った曲刀を肩に担ぎ、ブレイスはほっと息を吐いた。
振り返れば不釣り合いに思える石で出来た頑強な壁、そこにシンプルながらもシッカリとした作りの門があり、開かれつつある隙間の向こうから心配そうに見てくる仲間が1人見えた。
戻って行けば「大丈夫ですか? 怪我はありませんか?」と矢継ぎ早に尋ねてくる。
それは共に戦えない事からの不安と罪悪感が彼女を煩わせているからだろう。
魔法石も無い、精霊石も無い、それで何かが出来る魔法使いなど聞いたことが無い。
だから「落ち着けよ」と至って気楽に振舞って見せる。
そうして宥めているところへ、村の反対側からテルミスが渋い顔で来ていた。
「どうかしたか?」
「いや、師匠の言ったこと思い出して。ほら、1つの武器にだけ頼るんじゃないって耳にタコができるくらい言われてたでょ? あの時は聞き流してたけど、今になって後悔するなんてなー、と思って」
そう言ってブレイスの持つのと瓜二つの曲刀を地面に杖のようにつく。
本来の獲物が槍である彼女には扱いづらいようだ。特に傷も無いところを見ると十分に戦えているように思えるのだが、その光景を見ていたわけではないし、本人の感覚はまた別なのだろう。
取りあえず、一難は去ったということで部屋を貸してくれている村長の元へ報告へ向かう事にした。
そこはへカルトの目指していた所で、鉱石や宝石の取れた山がそれなりに近く、かつてはそこへ向かう時の中継地点の1つとしてそれなりに人の往来もあった村である。最盛期には町と呼べるほどの規模を誇っていたが、すっかり何も取れなくなると急激に人が減っていき気がつけば廃屋の山だけが残された。
そんな廃屋も倒壊による怪我人の出る危険性から多くが解体され、今は中継の町としての面影を一部に残すのみとなって元の寂れた農村へと戻っていく真っ最中だそうだ。
そうは言っても、かつて栄えた事もあって村の防備はそれなりにしっかりしており、村をグルリと囲む壁や門はその最もたるものだろう。
――もっとも、それが今回の襲撃にも関わっているのだが。
他よりも気持ち大きく作られた平屋の建物に3人で入り、玄関正面にある仕切りの扉を潜ると向こう側には不安に曇った顔の老人が部屋の中を歩き回っていた。
3人が入って来たことに気がつくと少しだけホッとした様子になる。
「よかった! ご無事な様子で」
「ま、あの程度なら魔物の群れの方がずっと厄介だからな」
ブレイスは更に安心させようと、そう強気に言って見せる。
実際、嘘は言っていない。
魔物の群れが獲物を襲う時の連携と統率の正確さは生半可な人間の集団よりも遥かに優れたものであるし、動きの早さに至っては訓練を積んだ軍隊にすら勝る事だってある。
しかし1つ違うのは、そう言った魔物たちに挑むときは基本的に万全の状態であったという事だ。
ハッキリ言って今はかなり状態が厳しい。
ドラゴンの戦いによってブレイスは利き腕を折り、テルミスはあばらを数本のほか得意武器を失い、イーファに至っては戦う手段全てを奪われた状態である。
普通なら準備が整うまで、苦労して貯めた貯金を切り崩しながら静養するのが正しいだろう。
だがそんな事は決して言わない。
“冒険者たるもの、市民の希望とあり続けろ”というのはギルドで職員や先輩方に散々言われたものだ。
――実のところ、それは不用意に面倒や不祥事を起こすんじゃないというギルド側からの注意を兼ねての言葉なのだが。今では冒険者の在り方として受け取る者も少なくない。
ブレイスたちも気に入っている教訓なので、これを忘れないように心掛けていた。
村長は勿論、そんな気遣いをされている事に気がついている。
だから形だけでも安心した姿を取り繕うのだった。
何はともあれ、彼らが来てから事態は一応好転しているのも事実であるから。
「しかし、連中は何が目的なんでしょうかね?」
撃退報告の後にブレイスは疑問を上げる。
既に金目のものなど残っていない、後は先細る一方の見捨てられた土地に力でもって押し寄せてくる盗賊であろう連中。
襲うならもっと適当な相手がいるだろうに。
「うーん、なんででしょう?」
村長も勿論分からない。
7日程前から度々ちょっかいをかけるような嫌がらせが始まり、最近になってその行動や規模が大きくなってきた。何か要求するわけでもないので、気味が悪くて仕方がない。
頑丈な壁に守られているおかげで何とか持ちこたえてはいたが、戦いに不慣れな住民たちでは今回のような明確な襲撃を退けることは厳しかっただろう。そういう意味では、へカルトが村へ連れてきた者たちの存在は非常にありがたいものだった。たとえ負傷し武器を失っていても。
「そういや先生は?」
「学者様ならへカルトと共に、怪我や病に侵されている者たちを見て回ってくださっています」
それより戦いに加わってほしい、とは流石に村長の前では言えない。
イーファとへカルトが言ったリオンの魔法に関し、ブレイスもテルミスも実際に目の当たりにしたわけではないので、それがどれほどの戦力になるのかは分からないが、少なくとも攪乱という1点においてはドラゴンからの逃走を成功させた事から信頼できる。
まだ二人で何とか出来ているが、これ以上に敵が戦力を投入してくるようだとイーファが戦えない以上リオンの魔法無しで切り抜けるのは厳しいだろう。
勿論、善良な一人の人間として放っておけないのは分からなくもないのだが。
そんな複雑な気持ちの中、「そうですか」と短く了解するブレイス。
これは後で少し話し合った方がいいかもしれないな。
そう決めたところで、扉を開き入ってくる者たちがいた。
「失礼します。こちらは一通り終えました」
リオンがまず入り、後からはへカルトではなく白い髪の老人が部屋へ。
リオンは先客の3人へ律儀に頭を下げてから村長へと話を続ける。
「状況としてはあまり良くありません。一応の手当はしましたが、私は医学の専門ではないし今は道具も無いので大したことは出来ていませんから」
「先生、それは謙遜というものです。私の方から申し上げますと、取り敢えずみな峠を越えました。あとはしっかりと静養すれば命を繋ぐことは十分に出来るでしょう」
命を繋ぐことは出来る。その言葉はとても重い。
ブレイスたちの聞いた話によると、患者たちは盗賊たちからの“過激な”嫌がらせを受けて酷い怪我をしたり、毒を体に受けてしまった者たちらしい。
それがどんなものであるかは知らないが、救護所で目を覚ました時に周囲に漂っていた嫌な臭いと重苦しい空気から患者たちがロクな状態で無かった事だけはハッキリと分かる。多少改善されたところで、あの空気はそうそう変えられないだろう。
「なので、これから先は私も皆さんの方に協力しますね」
「療養所はいいんですか?」
「私が出来ることはもうありませんので。それに一通りの対応の仕方は教えてありますから」
リオンはそう疲れた顔で笑みを浮かべる。
戦いに加わってほしいとは思ったが、それが叶うとそれはそれで別の不安が出てくるものだ。
なんとも複雑で自分勝手な想像を繰り広げる頭に心で喝を入れ、リオンに「よろしくお願いします」と畏まって頭を下げるのだった。
その様子にリオンが動揺していた時である。
「てきしゅううううううううう!!!!」
カンカンカン、と金属を打ち鳴らす音と怒声が外から部屋へと響く。
ブレイスですら僅かな時間、唖然とした。
いくら何でも早すぎる!
急いで家から飛び出て、全速力で警鐘を鳴らしていた方角の壁の上にあがる。
「おいおい、嘘だろ?」
そこには少なからぬ集団が武器を携え並んでいた。
1000人近くいるのではないかと思われる盗賊団たちが。
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