絆のアトリエ 錬金術師リーチカ・プロテチア

狐囃子星

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今日はいろいろと出る日だ。

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 さて思い立ったが吉日と私は早速作業に取り掛かった。
 作業と言っても別に酷使され続ける錬金釜を使うわけではない。
 何事も物事には順序というものがあり、何かを作るとなれば情報収集から入るというのは基本中の基本である。もちろん天啓たるひらめきが舞い降りていれば話は別であるが、そんなものは気配すら感じられない。
 しかし幸運な事に今回は獲物あっての餌であるから、お食べ頂く相手の好みをつぶさに調査することにより堅実にして最短な道のりを歩むことが出来よう事がハッキリしていた。
 そんなわけで今、私は大海原へと乗り出しているわけだ。
 船は人乗る船体と横に渡すように取り付けられた二本の棒、更にその先に丸太が一本船と並行するように固定され重しとなる事で引っ繰り返る事を抑止している。
 この港において漁師たちが使う平均的な大きさで基本的には六人乗り、無理をすればその倍は人を乗せることも不可能ではないが、転覆の可能性と釣り上げた獲物を置く場所を考えれば六人が最適であるというのが経験による漁師たちの結論だった。
 船の動力は力自慢のたくましい腕と個性の欠片も無いヘラ状のオールである。
 だが、これもなかなか侮れない。
 何しろ人漕ぎするたびにググっと船が確かに進んでいくのだから大したものである。
 同行人である私のせいで今の船は七人が乗っていた。
 四人が息を合わせてオールを動かし、一人が後ろで板のついた棒を使っての舵取り。そして残る一人が船の先端に立ったり座ったりした姿勢で行く先を決めている。
 何も目印の無い海原であるにもかかわらず、先導役たる船長は周囲を知り尽くしているようで「あっちにしばらく行けばいつもの漁場、そんで新しく使いたい漁場は向こうだ」と教えてくれた。
 断言しているのだから適当にそれっぽい事を言っているわけではないのだろう。
 その後暫く程よい波に揺られれば目的のポイントへと辿り着いたようで、オールを漕ぐ腕の動きが船長の声一つでピタリと止まった。
 さて、では漁の開始である。
 最初に手づかみでバケツより掴んで海にパラパラと放り投げたのは撒き餌だ。これも私の作った物であり、この目で効果のほどは確認してあるはずなのだが今回は魚影の一つも水面に浮かび上がってこない。
 ユラユラと波に煽られ散り散りとなり流れていく餌には、何とも言えない哀愁を感じるが今回の依頼はこの撒き餌ではないので忘れる事する。
 漁師たちはというと落胆の様子はなく「やっぱり」と慣れた反応を示していた。
 続いて彼らは手に竿を持っては空を切る小気味いい音を振って奏で、その先の糸のさらにその先に付けられた針、針を隠すように付けられた餌を遠くへと放つ。
 今回、依頼を受けた餌である。
 これの食い付きがどの程度であるか、また可能ならば何を理由に食い付いているのかが分かると非常に助かるのだが――。
「う、おええええ…………」
 ついに誤魔化しきれなくなり私は盛大に吐いた。
 波に揺られる船の上、天地がごちゃごちゃになったかのような錯覚に目を回して大して残ってもいない腹の中身が喉より込み上げてくる。
 つくづく慣れない。
 そもそも人というのは元来海ではなく陸において生活する者なのだ。こんなユラユラ揺れる場所で平然としている方が異端であるというか、特殊なのである。故に酔っては目を回し、込み上げるものを海面へと吐き出す私の反応は平均的なものだ。ものであるに違いない。
 むしろ、ここに至るまでその類まれなる集中力を持って我慢していたのだから凄い部類だろう。
 さていくらか吐き出したお陰で落ち着いた頃に船へ視線を戻す。
 なるほど、まったく釣れていない。
 それどころか、ピクリとも動かない竿が物悲しそうにしているようにすら感じる。
 釣りというのは海の生き物たちとの我慢比べであるという者もいるが、歯牙にもかけられていないのでは我慢損というものだろう。
 天気ばかりよい中、何か寒々しい空気に波の音だけが鳴っている。
 その時だ。
「来たぞ!」
 そう声を上げたのは船の先導役。流石は船長と言うところだろうか。
 グググと引っ張られた“しなやか”な素材の竿は首の重そうな犬のように曲がり、ピンと張った糸の縦横無尽に動くさまは先に掛った獲物が激しく暴れている事を教えていた。
 随分と元気だ。弱々しい視線を投げ掛ける青い顔の私とは大違いである。
 一方の船長も負けてはいない。
 他の者たちは自分たちの竿も気にしながら、いつでも船長の助けに入れるよう目を光らせているが、素人目から見ても船長の戦いはとても安定しているように見えた。
 相手の勢いを流し殺しては一瞬でも隙を見せられれば引く丸太のように太い腕、船底にくっ付いているのではないかと思う程にピクリとも動かない足、不安定に揺れさらに動き回る釣り竿を持っていてもなお崩れない体。この男は本当に海の上にいるのだろうかと疑いたくなるような不安を感じさせない光景である。
 さて戦いの行方はというと、これは終始一方的なものだった。
 力をいなされる匠の技により着々と体力を奪われ、抵抗の随分弱まったところを船長は素手で糸を掴んでは一気に引っ張り上げていく。相手も負けじと間際に水面を叩いて水しぶきを上げる抵抗を見せたが、それも船に乗る者たちを海水で濡らす仕事しか果たさなかった。
 艶やかな黒い背のウロコと、日の光を受けて鈍い虹色の腹のウロコを持つ魚。
 大きさ一メートルほどのサーマンと言う魚が船にあがった。
「これが新しい獲物?」
「そうだ」
 青い顔の私がした短い質問に、少し息の上がり赤くなった顔で短く船長は答える。
 この魚の味は私も良く知っている。
 偶に漁港にあがっては比較的高値で売られており、錬金術や仕事が上手くいったときに偶然居合わせれば買うようにしているのだ。味は滑らかな油が特徴で血の味が薄い事から苦手とする者は少ない。しかし食べやすいという事は特徴が薄いともいえるわけで、働く男たちの中では物足りなさがあるとの声も上がっている。
 無論、私は好みである。特に皮が錬金術の素材としての可能性を秘めているのが良い。
「この通り、今の餌だとこれだけ待ってやっと一匹ってところだ。これじゃあ日が暮れるまで釣りを続けても大した量にならねぇ」
 確かに、以前のポイントでの釣りを見学した時はこの数十倍の勢いで獲物を釣り上げていたように思う。サーマンよりも割安であるはいえ、それだけの数が取れるのだから収入源として困る事はなかったのだろう。……というか、思い出して見ればあれだけ釣りあげていたのに餌の買い取り価格を一向に上げてくれなかったのは納得がいかないな。
 ふと湧き出してきた不満はとりあえず後日精査するとして、私は初めて見る生きたサーマンを観察することにする。
 コイツは獲物さがすのに何に頼っているのだろう。
 目か、鼻か、それとも触覚、或いは電磁的な第六感の可能性も否定できない。
 見方を変えよう。
 こいつは撒き餌には反応しなかったが釣り竿の餌には多少なりとも反応を示す。
 そこの差は一体なんだろうか?
 私は海の波も忘れて考え事に没頭していると、何やら漁師たちが騒がしくなった。
 いったい何事か。船に穴でも開いたのか?
 思考の邪魔をされてやや復元になりながら現実の世界へ私が帰ってくると、漁師たちは慌ただしくオールを漕いで船長は銛を片手に怒鳴り声を上げていた。
「え? ぐえっ?!」
 はてと首をかしげていたところ、唐突に頭を掴まれてグイッと下へ押し込まれる。勢いあまって船底に額をぶつけるも、同時に何か後頭部の後ろを通り抜けていく音が聞こえた。
 手が離されたので顔を上げる。
 目の前には険しい顔の船長が立っていた。
「クソ! どうしてアイツらがここに出てくんだよ!」
「あの、何がどうしたんですか?」
「見りゃあ分かんだろ、海魔だ!」
 私は首を船の後ろへと向ける
 海面にいくつもの黒い影が浮かび、時折飛び出すように姿を現すのはナイフの如き鋭利な角を持った魚のようなものだ。なぜ魚のようなもの、と思ったかと言えばソレの体は骨に皮だけを張りつけ、更に尾びれのある場所がタコの足のようになっているというものだからだ。
 ウネウネと動くいくつもの足を器用に動かしては飛び魚のように追いかけ、唐突にその足の影がギュッと縮まったかと思えば矢のように水中から飛び出し襲い掛かってくる。
 その好戦的な性質も獰猛そうな顔つきも、まさに魔物と呼ぶにふさわしいだろう。
 幸いなのか彼らは飛び出す力こそ強いが泳ぐのはそれほど得意ではないらしい事か。
 もし彼らが風の噂に聞く人魚のように華麗に泳げていたならば、あっと言う間に船を取り囲んでは四方八方より串刺しにせんとしていたに違いない。
 舵取りは最後尾にありながら華麗に海魔を避けつつ、穴を開けられないよう船を蛇行させている。
 しかしいつまでも、この意地の悪い鬼ごっこは続かなかった。
「ちくしょうっ! 当たったぞ!」
 絶望的な声を上げたのはオールを力強く漕ぐ船員の一人。
 見れば確かに船の横に穴が開いている。海魔の姿が無いところを見ると、偶然内側に当たって外へと飛びぬけていったようだ。
「お前はバケツで水をかきだせ!」
「え、あはいっ!」
 船長に私作餌の入っているバケツを押し付けられる。
 中身を捨てて私は一心不乱に侵入してくる水を外へと投げ始めた。
 穴を塞いだ方が良いのではないか、一瞬思いもしたがここは幾多の修羅場を潜り抜けてきたであろう船乗りたちに従う事にする。素人が下手に口を出して混乱などさせていられる状況ではない。
 どうしてこんな事に、その気持ちも含め全員が一心同体となることで戦い拮抗する。
 しかしそれも一時の間であり、二つ目の穴が開いたことであっと言う間に劣勢となってしまった。船に水の入る勢いが強くなり、沈み始めることで見るからに船は遅くなっていく。
「クソが! やってやろうじゃねぇか!」
「こんなところで死んでたまるか!」
「勘弁してくれよ、この船やすくねぇのに」
 などなど口々に覚悟を決める声が出始める。
 しかし、そうは言っても環境は一方的に相手側が有利。冷静になって考えれば勝ち目のない事は明らかであろう。
 死を前にしてか非常に冷静になった私は、だからこそ救世主の音を聞き逃さなかった。
 “ゴゴゴゴ”
 海どころか港町ですら聞いたことのない音が聞こえてくる。
 “ドン”と今度は何か爆発するような音が聞こえ、ソチラへ視線を向けると同時に私は船長の背中を猫さながらの動きで登った。

 ――直後、海魔の群れを中心に海面が凍り付いた。

 巻き込まれるように船の後方、そして半ば沈んでいた船の中も一瞬にして凍り付く。
 何が起きたのか、理解の前に体を刺す冷気による痛みに全員が慌てて立ち上がり氷の中から足を引き抜いた。無論、一人だけ逃げていた私は無事である。
『大丈夫ですか!』
 そこでようやく、私以外の船員たちも視線を海面より上げる。
 肥えの聞こえた場所は当然ながら、先ほどの爆発音を発したところである。
「こりゃあ、いったい……」
 言葉を失う船長。
 私達の前には一つのガレオン船が迫ってきていた。
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