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港町の錬金術師

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 外に海の見える窓は僅かに開かれ、そこからモクモクと立ち上るのは何とも体に悪そうな色をした紫色の煙である。
 煙が出ているという事は、当然ながらそこで何かが起きている事を示しているわけで。
「ぷはっ!」
 勢いよく窓が全開になったかと思えば、そこから飛び出すように半身を乗り出させて飛び出したのが私ことリーチカ・プロテチアである。
 透き通った水色の髪と、空色の瞳は涙で滲んでいる。
 齢を年頃に片足入れた程度の小娘であり、その割にやや平坦な体と低めの身長はこれからに期待をしているところである。きっと親に似た素晴らしいものに成長する事だろう。
 さて、なぜこんな珍妙な事態を起こして道行く人々よりクスクスと笑われているかというと――
「ゲ、なんなんだこの臭い?!」
 道行く者たちの中の一人、年甲斐もなくやんちゃであると自称するかのような恰好をした恥ずかしい男が近寄って来るではないか。
「うー酷い目にあった。あ、見世物じゃないぞー!」
「お前のとこの珍事は頻繁過ぎて見世物にすらなってねーよ」
 私の抗議をまったく意に介していない男はエルラント・フリーシスという者で、それなりに主に仕事の事で一応世話になっている相手である。
 それで今度は何をやらかしたと、エルラントはまるで私が何かをやってしまったかのような口ぶりで事の原因を尋ねてきた。心外である。
「別に、ただ鉱石の種類をいつもと変えてみただけだよ」
「それだけで、あんな毒々しくてクッサイ煙を出せるものか?」
「それは、その……精霊の力の配分をそれに合わせてちょこちょこと…………」
「お前、思い付きでやる癖をいい加減直したらどうだ?」
 呆れ顔で指摘してくる。
 確かに常識的に考えればその通りかもしれないが、常識にのみ縛られていては新たな発見など出来ようはずもないのだ。私がその確固たる意志を持って顔を背けてみれば、エルラントは呆れ顔のまま更に溜息を吐く。
 一応言っておくが、これら一連の流れは私とエルラントにおけるお決まりのやり取りだ。
「まあいいや。そんで、お前いま暇だろ」
「この流れでどうして私が暇だと思えるのか」
「暇だから、こんな変な実験が出来てるんだろ?」
「変って言うな。それに面倒事ならお断りだか――」
「実はお前に作って欲しいもんがあってな」
「詳しく聞こう」
 失敗による気持ちの落ち込みで小言の一つでも言って吐き出しておきたいところではあるが、ここは慈悲深い私であるから頼み事とあらば最優先は当然の選択である。
 断じて依頼の来たことが嬉しく喜んでいるわけではない。
「ま、詳しい話は組合の施設でな」
「えー、ここでいいじゃないか」
「守秘義務とか個人情報とか色々とあるんだよ。じゃ、待ってるぜ」
 そう言ってエルランとは手をひらひらさせながら離れていく。
 私はというと、すっかり煙の収まった部屋を振り返った。
 棚、並べられた素材、巨大な釜、その周囲に配置された機材――これらはとくに散乱したり壊れたりした様子はない。爆発するでもなく、ただ臭く不気味なだけの煙が出てきただけだったのは不幸中の幸いだった。
 その幸運に期待を込めて釜を覗き込む。
「うわぁ……」
 その燦々たる光景に私は思わず言葉を失った。
 虹とヘドロとを混ぜ合わせたかのような不気味なドロドロ、時折プクリと上がってくる泡は紫色の煙をゲップのように吐き出し、硬くこびり付いた縁部分は金属じみた光沢を放っている。
「仕方ない、ちゃっちゃとやるか」
 その地獄の様相を見せている釜へ向けて、そうして覚悟を決めた私は掃除を始めたのだった。
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