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平家伝説財宝殺人事件✨✨

源内邸✨✨✨

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 すでに辺りは暗く夜のトバリが江戸の町を包んでいた。
 今夜も蒸し暑い。何もしなくとも汗が滲んでくるようだ。

 妖しく満月が夜空に輝いていた。
 蒼白《あおじろ》い光りを放っている。

 深川清住町(現、清澄)にある源内邸で信乃介が怪我を負ったお蝶を治療していた。
 庭から鈴虫の鳴き声が聞こえてくる。涼やかな音色が響いてきた。

 甲斐甲斐しくお蘭が美女の腕に包帯を巻いていた。  
 自ら信乃介の助手を名乗っているが腕の方は定かではない。

 阿蘭陀オランダ人形のように目鼻立ちがクッキリとした美少女だ。

「もう、女の方を襲うなんて、どんな酷いヤツらなの」
 お蘭は不満げに形の良い唇を尖らせた。

「フフゥン、安心しろよ。お蘭を襲うような酔狂は居ないからなァ」
 信乃介はあざけるように軽口を叩いた。

「ああァら、なによ。信乃介先生ッたら、知らないのねえェ……。お蘭だって脱いだらスゴいのよ」
 ムカッとして、本気で着物を脱ごうとした。

「おいおい、お蘭!  わかったよ。冗談さ。脱がなくてもわかってるよ」
 さすがの信乃介もお転婆てんば娘のお蘭には形無かたなしだ。彼は剣の腕は超一流だが、美女にはことごとく振られていた。

「それはそうと、どうでしょうか。お蝶さんの容態は」
 俺は心配になって訊いた。

「うん、まァ、命に関わるような傷じゃないが」
 治療を終えた信乃介は苦笑いを浮かべた。

「ありがとうございます。信乃介先生……」
 お蝶は丁寧に頭を下げた。

「いやァ……、別に当たり前の事をしたまでですよ」
 剣の達人ではあるが、信乃介は美女には滅法弱い。
 照れて頬をかすかに赤く染めている。

「ケッケケ、信さん。また惚れたのか。美女には、からっきしだからね。困ったモンだぜェ……」
 山師のヒデが茶化すように股間を握ろうとした。なんともヤツだ。

「よせよ。ヒデ……。別に俺は惚れてなんかいないよ」
 照れ笑いを浮かべ、なんとか身を翻して避けた。
 
「でも、かなり傷痕が残りますね……」
 お蘭は心配そうにお蝶の腕の包帯を見た。
「傷跡が……」そうか。

「ケッケケ、なァに、こんだけのべっぴんさんだ。少しくらい腕に傷があってもなんの問題もねえッて、なァ!!」
 山師のヒデが満面の笑みを浮かべ、俺に同意を求めてきた。

「ええェ……、まァそうですね」
 確かに、たぐまれな美女だ。
 腕に多少の傷痕があっても問題ないかもしれない。

「どうしてもッて云うなら、オイラが嫁にもらってやろうか」
 ヒデは酔っているのか。馴れ馴れしくお蝶の肩を抱き寄せた。

「ええェ……?」彼女は苦笑いを浮かべているが、少し遠慮気味なようだ。

「冗談でしょ。ヒデさん!」
 お蘭は、ムッとしてヒデの手の甲をひっ叩いた。

「イッテテェ……、なんだよ。お蘭、良いだろう。信さんのおかげで命拾いしたんだ」

「関係ないじゃん。ヒデさんには。信乃介先生のおかげなんでしょ」

「バカだな。信さんの手柄はオイラの手柄だろ」
「なによ。その屁理屈は」

「ところで、信乃介……。相手は土蜘蛛衆だったらしいが」
 源内は真面目な顔で見つめた。

「ああァ、それもかなりの手練てだれだ。間違いなくお蝶さんを狙っていたね。ありゃァ何か、いわくがありそうだけど」
 信乃介は、お蝶の顔色を伺った。

「いえ……、私には心当たりはありません」
 かぶりを振った。

「そうかな。あんたのあの身のこなし。くノ一じゃないのか。しかもかなりの腕前だ」
 なおも信乃介は詮索しようとした。手に持った石の飛礫を弄んだ。

「ううゥン……」おそらくそうだろう。俺もこの謎の美女は、相当腕のたつだと思う。

「いえ、滅相もございません。私は一介の町人の娘です」
   
「まァまァ、良いではないか。信乃介!
 そんな事より久しぶりに酒でもみ交わそう」
 源内もだいぶ酔いが回っているようだ。

「いやァ、源内先生には悪いが。それよりもキヨ。俺にも例の飾り絵のついた羽子板を見せてくれよ」

「え、羽子板ですか……?」

「羽子板……!」かすかにお蝶の顔色が変わった。

「ケッケケ、ありゃァ『平家の家紋』だぜ。間違いなくキヨは平家の末裔なんだよ」
 山師のヒデもご機嫌な様子だ。何でも大袈裟に言うので困ってしまう。


「平家の末裔……」お蝶は独り言のように小声でつぶやいた。

「そんなことはないよ。さァ、これです。信さん」
 俺は信乃介におっぁの遺品の羽子板をみせた。

「ンううゥン……」
 信乃介は手に取って、じっくり見つめている。
 どうやらタダの羽子板ではなさそうだ。

「フフゥン、どうだい。信さん、お宝の匂いがして来るだろう」
 山師のヒデは調子が良い。『クンクン』と匂いを嗅ぐ素振りをした。 

 胡散臭い話しに首を突っ込んでは周りに迷惑をかけるヤカラだ。

「ン……、揚げ羽蝶か」信乃介は角度を変えたりして入念に羽子板を調べていた。その刹那。
「ムッ!!」
 いきなり信乃介は目を光らせ、小太刀を手にし天井へ放り投げた。

『ズダァン!!』
 音を立てて、小太刀は天井に突き刺さった。
 
「キャァーー、なにィ……!!」
 お蘭も驚いて悲鳴を上げ飛び退いた。

「ぬうぅ……!」俺も天井を見上げ呻いた。

「おいおい、なんだよ信さん」ヒデも飛び上がって驚いている。
 
「……!!」お蝶も天井を見上げ睨んでいる。
 すでに臨戦態勢だ。いつの間にか、後ろ手に短刀を忍ばせていた。

「うううゥ……」いったい何があったと云うんだ。
 俺も見上げていると、小太刀の刺さった天井から血がポトリとしたたり落ちてきた。


「キャァァー……、ち、血よォ!!」
 またお蘭が悲鳴を上げ信乃介の背中へ逃げた。

「フフゥン、どうやら大きな蜘蛛がいたようだ……」
 天井を睨みつけて信乃介が苦笑しつぶやいた。

「ええェ……、大きな蜘蛛!」まさか。土蜘蛛衆なのか。
「キャッ蜘蛛なんて大っ嫌い」お蘭は信乃介の背中に抱きついた。

「フフゥン、のん気にヒデと羽子板で遊んでいる暇はなさそうだ。敵は、そこかしこに潜んでいるみたいだ」
 しかし言葉とは裏腹に、信乃介は愉しそうに笑みを浮かべた。













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