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1章 私の望むケーキを用意できないなんてありえない

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 こじんまりした小綺麗な部屋。小さなオイルランプの灯が揺れる中、私は羊皮紙にガラスペンを走らせていた。日誌だ。日々の出来事を日誌として文字にまとめている。こうした自分の行動を日々振り返り、まとめることを積み重ねて行くことが、いざという時の行動力や判断力につながると私は信じている。だから私は毎日の日課を欠かさない。この城で働き始め10年。執事長として起用された今も、ずっと続けている。

 コンコンと小気味いいノックが木のドアから鳴った。

「はい。リューイだ」

 私はドアの向こうに声をかけた。

「私です。ナロです。今、よろしいでしょうか?」

 低く、重たい声が返ってくる。ナロは私と同じく城で働く執事で、私の部下のような存在だ。

「どうした?」

「そ、それが……」

 私の返事にナロは言いにくそうに言葉を詰まらせた。

 その様子で大体の事情は察する。城でこの国に使える家臣としての英才教育に励み、希望に燃えて入城した私の思いを打ち砕いた頭痛のタネだ。

「何よ!! これはー!!」

 ナロが要件を渋っている間に叫び声にも似た、甲高い声が城中に響き渡る。頭痛のタネの方から声を上げてくれたようだ。

「アリンス姫か……」

 私は持っていたガラスペンを机に置き、目がしらを抑えた。アリンス姫はこのエンフィールア王国の姫さまだ。彼女が騒いでるということは、執事長の私はすぐにでも駆けつけなければならない。私は急ぎナロを連れ、上階の姫さまの寝室へと向かった。

 階段を上がりきる頃にはガッシャンと食器をひっくり返したような音が廊下に響いた。今はティータイムの時間だったか? 何か勘に触るようなものがあったろうか?
 私とナロは姫さまの部屋の前で片膝をつき、声を上げた。

「私です。リューイです。アリンス姫。どうなされましたか?」

「リューイ! ちょうどよかったわ。この人たちじゃ話にならないの。入って」

 アリンス姫のお言葉を待ち、私は寝室のドアを開けた。中には一人の女性がメイドを見下ろす格好で立っていた。その女性は直視するのも憚れるほど美しい。透き通る栗色の髪は空気を含んだように、ふわふわと揺れる。アリンス姫は私に視線を向けると早口に捲し立てた。

「リューイ! このお茶菓子を見て。代わり映えのしない焼き菓子。もう飽き飽きだわ。私は柔らかいスポンジにたっぷりの生クリームが乗った可愛らしいケーキが食べたいのよ。そんなこと、この国の料理長ならわかって欲しいわ」

 あーあ。これは……。私は少し料理長とお茶菓子を運んできたメイドに同情したが、すぐに気持ちを切り替える。この城の中ではお姫様の言うことは絶対なのだ。

「それはお気の毒ですね。すぐに代わりのケーキを焼かせます」

 私はこれ以上火に油を注がぬよう、視線を地面に向けたまま、静かに答えた。

「そうね。でも、そんなんじゃだめよ。そうでしょ? 私をこんな気持ちにさせたのよ。普通のケーキじゃ満足できないわ」

「と言いますと?」

 そうくるだろうとは予想していた。代わりのケーキを作る程度では姫の怒りは治らない。

「そんなことあなたが考えなさい。私のそば付なんだから」

「そうですね。では……。城下町の外の森にポツンとある、一件のケーキ屋をご存知ですか? そこには国外からも多くのセレブがケーキを求めて殺到している有名なケーキ屋です。そこのケーキなど、興味はありませんか?」

「ふ、ふーん」

 アリンス姫は平然を装いながら、チラチラとこちらを見ている。興味を持ってくれたようだ。私はたたみかけるように続ける。

「そこのパティシエは多分、国内一のパティシエでしょう。そんな国内一のケーキを姫さまに届けましょう。なに。だたケーキを持ってくるのではありません。そのパティシエをこの城に招き、出来立てのケーキをご用意しますよ」

 私はそこで姫さまの目を見て微笑んだ。このカードを切れば姫さまの心は動くはずだ。

「ふん。そんなにいうならそのケーキを食べてみることにするわ。すぐに準備して」

「かしこまりまりました。では、私は準備に参りますので……」

 私は部屋を後にしようと頭を深く下げた。その頭上からチーンと澄んだベルの音が響いた。

「いつも言ってるけど、あなたがこの場を離れるのは構わないわ。けど、このベルが鳴ったら、どこにいようと私の元に駆けつけなさい」

 顔をあげるとアリンス姫は小さな金色のベルを持っていた。

「わかっていますよ。では、行ってまいります」

 そういうと私は姫の寝室を出た。
 ドアが閉まったことを確認すると、そばに控えていたナロに小さく指示を出す。

「ナロ。全ての事情を説明し、厨房で準備を進めておけ。パティシエが到着したらすぐに始められるように」

「はい」

 ナロはそう言うと厨房のある下の階へと降りていった。

 さてと。私はポケットからチェスの駒を一つ取り出す。黒のルークだ。それをグッと握りしめる。駒に魔法をかける。魔法はこの国でも珍しい。魔導士が長い時間をかけ、修練を重ねて身につけるのだ。一般の人間では扱うことはできない。しかし、私は家臣になるための英才教育の過程でマスターした。
 チェスの駒に魔力と、自分の心の一部を移していく。これでこの駒は私の分身のような存在になった。
 ルークの駒をそっとアリンス姫の寝室入り口の脇に置いた。これでこの駒を通じてベルの音が私の耳にも届くはずだ。

 私はそのまま姫さまの望みをかなえるべく、城を後にした。今回も骨の折れるお使いになりそうだ。なに。愛する姫さまのためだ。
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