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一章 父殺しの罪

逃げ込んだ酒場で……

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 その建物は大きかったが、ところどころ隙間が開いており、お世辞にも立派とは言えないボロ小屋だった。
 建物の入り口と思われるところには、「取ってつけたような扉」があり、その横には数頭の馬が並んでいる。
 鐙が乗せられているが、武装していないところを見ると、この建物の主人が所有しているのだろうか。
 それにしては数が多い。

 来客中か?

「エリー、こんなところに人が住んでいるのでしょうか?」

 目の前で立ち止まり、屋根を見上げながらお嬢様が呟いた。

「お嬢様。あれこれ考えていても仕方がありません。中に入ってみましょう」

 色々と詮索していても埒があかないので、思い切って中に踏み込むことにした。
 お嬢様の手を引くと、若干の抵抗が……
 振り返ると、何とも言いようのない表情で私の手を引っ張るお嬢様がいた。
 眉を寄せ、困ったような顔で私を見るお嬢様だが、ここで立ち止まっているわけにはいかない。
 申し訳ないが、ここは思いっきり手を引かせてもらうことにする。

「うぅ、うわわ!」 

 私が強引に手を引いたことで、お嬢様は前のめりになり、よたよたと前へと進んだ。
 バランスを崩して倒れそうになるが、かまわず私は建物のトビラをバン!    と開ける。

 中は薄暗く、酒の匂いが立ち込めている。
 建物の中はお世辞にも広いとは言えず、所狭しと使えた椅子が並び、数人の男が座ってグラスを煽っていた。

 どうやら、ここは酒場のようだ。

「おいおい、もうすぐ店じまいなんだがな」

 と奥から身体つきの良い壮年の男が顔を出し、声を掛けてきた。

「え、あ?    み、店じまい?」
「昨日の夜から開けてるんだ。この酔っ払い共を追っ払えば今日は終いだ」

 男はそう言って、親指でクイクイとグラスを煽っている男たちを指した。
 私はお嬢様を庇うようにして男の前に出た。

「あ、あの、私たち、追われてるんです」

 この場の雰囲気は何というか、あまり長居したくない雰囲気だ。
 しかし、お嬢様を隣国へ送り届けるためには護衛がいる。
 ここが酒場なら、何かしらの人脈にありつけれるのではないかと私は願った。

「は?    追われてる?」
「はい、訳あってこちらの方を隣国までお連れしなければなりません!    隣国までの道中は、女である私たちでは心許ない旅路になります。どなたか腕の立つ方をご存知ならば、ご紹介願えないでしょうか?」

 私は早口でまくし立ててしまったが、言いたいことを言ったつもりだ。
 だが、男はノシノシとこちらへ歩み寄ると、腰に手を置いてその長身で私たちを見下ろした。

「悪いがここは酒場だ。護衛が欲しけりゃ冒険者ギルドにでも行くんだな」
「え、あ、いやしかし!    急を要するんです!   それに私たちは、時間もなくギルドがあるような街には立ち寄れなくて……」
「だったらさっさと出てけ。ここは酒場だ。酒を呑む場所だ。酒を呑むなら座れ、呑まねぇなら出て行け!」

 言ってることが無茶苦茶だ。
 さっきは店じまいとか言ってたのに……

「ですが、私の話をちゃんと聞いて……」
「ツベコベ言うな!    呑まねぇならとっとと出て行きやがれ!」
「そんな、ちゃんと話を聞いてくれてもいいじゃないですか!」
「そんな時間はねぇ!    店じまいだ!」
「だったら何で呑めとか言うんですか!」
「あのー……!!」

 私と男が唾を飛ばしあってるところを、お嬢様が割って入ってきた。
 その表情は困惑極まりないといった表情で、今にも泣きそうである。
 だが、男はお構いなしにお嬢様を睨み付けた。

「あぁ?    なんだ小娘?」

 するとお嬢様は男から顔をそらすと、店の中にいる男たちに顔を向けた。
 そして大声で、

「どなたか!    私たちの用心棒をして下さいませんか!    お礼はきちんと致します!    私たち、剣士団に追われていて、非常に困っているのです!」

 と言い放ったのだ。
 お嬢様の言葉を聞いて、酒を煽っていた男たちが何やらざわめき始めた。
 お嬢様の仰った「剣士団」という言葉のせいだろうか。
 どこかしこから、

「剣士団に追われるなんざ、ろくなことねぇぞ」
「元勇者パーティのシンが仕切ってるって話だ」
「勿体ねぇな、上玉なのによ」
「くわばらくわばら、関わらないのが一番だね」

 などと、いかにも私たちの頼みなど聞けないと言うような言葉ばかり。
 剣士団は相当厄介なようだ。
 誰も関わりたくないのが態度を見ていると分かる。
 しかし、お嬢様はかまわず続けた。

「お願いします!    お願いします、どうか私たちを助けて下さい!」

 そして、名も知らない男たちに向けて頭を下げたのだ!
 一介の貴族の娘であるお嬢様が。
 高貴な血族であらせられるお嬢様が!
 カムリ家の次期当主を告げられたお嬢様が!

 どこぞの馬の骨とも分からぬ男共に頭を……
 その様子が信じられず、しばらく呆然とお嬢様を眺めていたその時。

 ドバーン!

 豪快な音と共に、入ってきた入り口が破られた。
 薄暗い室内に外の灯りが差し込んでくる。
 その中から、腰に帯刀した数人の男たちがなだれ込んできた。
 その数は三人か。
 恐らく、私たちを追ってきた剣士団だろう。
 もう追いつかれたのか?

「あ?    なんだお前ら?    今日はもう閉店なんだがよ」
「お前に用はない。あるのは……」

 男に声を掛けられた先頭の剣士が我々に視線を向け、

「そこのお嬢様だ」

 と私たちを睨み付けた。

「アリシア・カムリだな?」

 先頭の剣士がそう言うと、酒場の男は顔色を変えた。

「ア、アリシア?」

 お嬢様の名前を呼ばれたことで、また男たちがざわめき始めた。

「おい、アリシア・カムリって言えば」
「カムリ家の娘か?」
「何でそんないいとこの娘があんな格好……」
「まさか、マジで逃げてきたのか?」

 こちらを見る男たちの目は、疑心で凝り固まっている。
 そんな視線から背を向けると、視線を遮るようにしてお嬢様のすぐ傍に立った。
 剣士と目が合う。
 とんでもなく鋭い目付きだ。
 殺気が込められているというか、獲物を狩る狼のような……
 一瞬だが、足がすくんでしまった……。

「アリシア・カムリ。父殺しの罪で、お前をカムリ邸へ連行する。兄上がお待ちだ」
「もし抵抗したら……?」
「抵抗?   その時は……」

 剣士は腰に下げた鞘から剣をシャランと引き抜いた。

「殺してその首を持ち帰るまで」
「「!?」」
「フェルディナント様は貴様に懸賞金を懸けられた。生かすならば手足を捥ぎ取ってでも連れ帰り、抵抗するようなら殺しても構わぬと言われている」

 ……私の予感は当たってしまった。
 やはりフェルディナント様はお嬢様を亡き者にしようとしている。
 剣士が抜刀したことが何よりの証拠。
 ただ捕らえるだけなら力ずくで十分だ。
 しかし、生死を問わずとなれば、相手を殺しても構わないということになる。
 剣士は今度は酒場の男たちに目を向けると、

「おい、貴様ら。構わんぞ、獲物を横取りしても。尤(もっと)も……」

 と言って、口元まで刃を持ち上げると、その刀身をベロリと舐めた。

「死体の数が増えるだけだがなぁ」

 その表情のなんとおぞましいことか!
 見るだけで背筋に悪寒が走り、ゾクゾクと震えてくる。

 本当に彼らは同じ人間なのだろうか?
 もしかしたら、別の生き物なんじゃないだろうか?

 そんな錯覚に陥ってしまう。

「何だ、挑発したのに誰も向かってこないとは。腰抜け共め」  

 男たちを蔑み、一瞥すると、剣士はまた、お嬢様に顔を向けた。

「さて、取り敢えずは無傷で連れ帰りたいものだが。どうかな」

 とお嬢様に手を伸ばそうとしたその時。
 私は思わず、足元にあった粗末な作りの丸椅子を手にしていた。

「お嬢様に触るなぁぁぁぁ!」

 そしてその丸椅子を剣士の頭にぶつけてやった!
 ガシャ!    と叩きつけた衝撃で丸椅子はバラバラになり、剣士は呻き声を上げてその場に蹲った。

(よし!)

 心の中でグッとガッツポーズ!
 そして、剣士の代わりにお嬢様の手を取り酒場の奥へ逃げようとするが……

「このクソガキがーーー!!」

 剣士は倒れていなかった。
 むしろ逆鱗に触れてしまったようだ。
 私は肩を掴まれると、そのまま壁に強く叩きつけられてしまった。

「よくも俺の顔を!    ガキの分際でぇぇぇ!」

 叩きつけられてなお、頭をグリグリと壁に押さえつけられたかと思うと、今度は俯せの姿勢で床に叩きつけられ、背中に足をドン!    と乗せられた。
 胸元に、締め付けられたような衝撃と圧迫感が走る。

「アリシアの前に貴様から殺してやる!」

 逆上した剣士はそう言って、剣の先を私に向けた。
 他の剣士たちは、ニヤニヤと口元を綻ばせながら眺めている。
 誰も止めようとしない。
 そうか、私の命はそんなに軽いものなのか。
 ふとそう思ってしまった。

「やめて!    エリー!」
「ふん!    ガキのくせにでしゃばった真似をするからだ!」

 お嬢様の声が聞こえる。
 剣士の声も聞こえる。
 あぁ、お嬢様……
 守るなんて大層なことを言ってしまい、申し訳ありませんでした。

 剣士は刃を下に向けると、柄を両手で持ち変えた。

「心臓を一差しするか、それともジワジワ嬲り殺してやるか?」

 その声色に何の慈悲も感じず、私は下唇をきつく結んだ。
 最後の時。
 その時はお嬢様の顔を目にしっかり焼き付けておきたい。
 そう思うが、瞼が開かない。
 情けないが、怖いのだ。
 いつ刃を突き立てられ、その先が自分の肉を斬り、裂き、断つのかと思うと、とてもじゃないが目を開けていられなかった。
 体が震える。
 ブルブルと震える。
 歯もガチガチと鳴り出した。
 怖い、怖い怖い怖い!
 あまりの恐怖に、気が遠くなりそうだ……!

「ヒャハハハ!    見ろ、震えてるぜこいつ!」
「や、やめてぇぇぇぇ!」

 お嬢様の声で目を開けると、剣士の足にお嬢様がしがみついていた。

「エリーを離して!    殺さないで!」
「離せぇ!    次はお前だ!   黙ってそこにいろぉ!」

 剣士は自身の足にしがみ付くお嬢様を振り払うために、片足でお嬢様を蹴り飛ばした。
 飛ばされたお嬢様は机の足に背中を打ち、痛むのか、顔をしかめるが、その目は閉じることなく私に向けられている。
 お嬢様が叫んだ。

「エリーーー!!」

 ……お嬢様。
   奇跡は起きませんでしたね。
 必ず起こると信じれば奇跡は起こるものだと思いましたが、何も起きませんでしたね。
 お嬢様、申し訳ありません。
 このエリー、最後の最後までお役に立つことは出来ませんでした。
 お嬢様の作る、新しいこの国を見てみたかったのですが……




「嬲り殺しはやめだ!    さっさと殺してやる!    死ねぇ!」

 私はギュッと瞼を閉じた。
 いつ来るか分からない痛みは私を苦しめるのか。
 それとも、苦しめることなく、一瞬の痛みだけで私を奪うのか。

 分からない。
 神がいるのならば、祈ろう。
 どうかお嬢様をお守り下さい、と。
 そして、心の中で祈りを唱えている時。






 ガシャーン!







 金属同士がぶつかり合う、甲高い音が耳に響いた。
 体に痛みはない。
 私は何が起こったのかと思い、ゆっくりと目を開けた。

 目の前には使い古したブーツがあった。
 上に視線を走らせる。
 ボロボロになった麻のズボンのようだ。
 さらに上へ。
 これまたボロボロの薄汚れたシャツに、頭は長い間髪を切った形跡が見られない。
 黒くなびく髪は肩まで伸びていてボサボサだ。
 その顔には……
 頬に大きな傷があり、荒んだ表情だ。
 そしてその目付き。
 剣士団のそれよりも研ぎ澄まされた鋭い視線。
 死線を幾度となく潜り抜けてきたような、そんな目……

 恐怖とは違う何かが、私の心を襲った。

 そして、驚くべきは……


「おい、いい加減うるさいんだよ。酒が不味くなるだろうが」

 彼は私に向けられて振り下ろされた剣士の剣を、止めていたのだ。
 手にした剣で。
 いや、確かに剣は手にしているのだが…
 剣を鞘から出していない。

 、そのまま

 私は信じられない光景を目の当たりにしていた。
普通、鞘から剣は抜くものだろう。
だが、私の前(上)に立つこの男は鞘のままで剣士の剣を受け止めていたのだ!

 ーーそんなことがあるのだろうか?

 お嬢様、一体何が起きたのでしょうか?




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