瑠璃色の海と空

フッシー

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新しい家族

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 巨大な円柱状の建物の中、鬼神と彩、そして麻子が並んで歩いている。
 壁には、大人が入れるくらいの大きさのくぼみが上下左右に並んでいた。くぼみの下側は、木でできた観音開きの戸で覆われ、上側には位牌や花などが飾られている。
 ここは納骨堂の一つだ。地下都市に暮らした住民は全て、納骨堂の中に眠っている。もちろん、明日香や咲紀も例外ではない。
 鬼神が、中央にあるパネルを操作すると、壁が動き出した。いや、実際には床のほうが動いているのだが、3人には壁が動いているように見える。
 壁が静止して、くぼみの一つに付けられたランプが点滅した。3人は、そのくぼみに近づいていった。
「ここに、木魂先輩と咲紀さんが眠っているのね」
 彩が鬼神に話しかける。
「ああ。今までは、年に数えるくらいしか来てあげられなかった。もう少し、会いに来てあげなくちゃな」
 手に持った花を添えて、3人は手を合わせた。
「咲紀が生きていれば17歳になるのかな? 高校生の頃の明日香にそっくりだったろうな」
 鬼神は、寂しげに笑った。その顔を、彩と麻子はじっと見つめている。
「私より年上だから、お姉さんになるのね。一緒に遊んだりしたかったな」
 麻子が位牌に向かってつぶやいた。
「咲紀はお転婆だったからな。おしとやかな麻子とは趣味が合わないかもね」
 鬼神が麻子へ顔を向けて言葉を返すと、彩は
「性格が正反対なほうが、案外うまくいくものよ。きっと、仲のいい姉妹になっていたわ」
 と言って、麻子の肩を抱き寄せた。
 3人は、しばらくの間、その場に立ち尽くしていたが、やがて鬼神が2人に顔を向けて
「報告も終わったし、そろそろ行こうか」
 と声を掛けた。
「お母さんの花嫁姿、すごく楽しみ。どんな服を選んだか、私にもまだ秘密なんだから」
 麻子が彩に抱きついて話しかける。彩は
「麻子ちゃんにお母さんって言われるの、まだ慣れないわ。ちょっと恥ずかしいな」
 と、麻子の顔を見て笑った。
 3人が立ち去った後、位牌が少し輝き明るくなったように見えたのは思い過ごしだろうか。それとも、明日香と咲紀の2人が祝福してくれたのだろうか。

 事件が解決してから一ヶ月が過ぎた頃、鬼神は彩に結婚を申し込み、当然のごとく彩はそれを受け入れた。彩の両親へ挨拶をした時、母親は涙を流して喜び、父親は表情を変えないながらも、一度だけ大きくうなずいた。
「式も挙げるのよね。彩の花嫁姿が楽しみだわ」
「神前式と教会式のどちらがいいかしら。ウェディングドレスも白無垢も着てみたいけど、なんだか迷うな。鬼神さんは、どちらのほうがいいと思う?」
 彩が鬼神に問いかける。
「うーん、どっちも見てみたいな。試着してから決めるのはどうだい?」
 鬼神の提案に、彩も母親も納得したようだ。
 そんな話をしている時に、父親がポツリと言った。
「私は、孫の顔が見たかった・・・でも、それは難しいよな」
 笑顔だった母親が、父親のほうを見て少し寂しげに
「お父さん、結婚前から孫の話ですか?」
 と優しい声で話しかける。
「実はね、子供については鬼神さんと話し合ったの。スリーパーでも、体外受精なら感染していない子供を持つことは可能だわ・・・」
「じゃあ、孫の顔が見られるの?」
 彩の言葉に、母親が目を丸くして叫んだ。
「でもね、私達の手で育てることはできないでしょ。それじゃあ、私達の子供とは言えないよねって話になって・・・」
 両親は、がっくりと肩を落としてしまった。
「私達が育てるというのはダメかね?」
 父親がそう尋ねてみると、彩は笑みを浮かべた。
「そう言うと思ったわ。でもね、もう一つ違う案があるの」
 彩の後に続いて、鬼神が説明を始めた。
「実は、紫龍麻子さんを養女に迎えようかと相談しまして」
「麻子さん・・・病院でよく見かけた、あの女の子?」
 母親は、麻子のことを思い出したようだ。
「はい。彼女は両親を亡くしています。今はアンドロイドのサポートを受けて一人で暮らしていますが、私達の子供になってもらおうかと」
「彼女はスリーパーだったの?」
 麻子がスリーパーであることは知らなかったらしい。
「そうです」
「一人で生きていくのは、確かにかわいそうね。もう、麻子さんにもそのことは伝えたの?」
「いいえ、まだこれからなの。だから、うん、と言ってくれるか、まだ分からなくて」
 彩は、そう言って肩をすくめた。
「君たちがそう決めたんなら、私は何も文句は言わないよ」
 父親の意見を聞いた母親も
「私も反対はしないわよ。あとは、麻子さんの考え次第ね」
 と言葉を返したので、鬼神と彩は笑顔で顔を見合わせた。

 麻子がモデルを務めた記事は社内でも評判となり、次の撮影を希望する意見もあったが、彩はそれを拒否していた。
「彼女とは、一回きりという約束でなんとか了承が得られたんです。それを反故にするなんて、できません」
 しかし、彩の予想していなかったことが起こった。麻子がモデルを務めた写真が大きな反響を呼んだのだ。顔を出していなかったのが、かえってミステリアスで目を引く結果となり、謎の美少女モデルとして問い合わせが殺到した。
「葉月さん、実は白星さんから、彼女を使いたいと連絡があったんだ」
 白星清志は有名なデザイナーであり、当然、業界への影響力も大きい。モデル達にとって、白星のような大物デザイナーからオファーを受けることは一つの目標でもある。
 白星だけでなく、他にもたくさんのデザイナーから問い合わせがあり、さすがに断り続けることもできない。彩は困ってしまい、鬼神に相談した。
「麻子さんのモデルが好評でね。白星清志からも連絡があったの」
「白星清志って、『SNOW STAR』で有名なファッション・デザイナーじゃないか。それはすごいな」
「うれしい話なんだけど、麻子さんには一度だけって約束だったから、またお願いするのも気が引けちゃって」
「で、どうしようかってことか。でも、麻子さんには正直に話すしかないよ」
「今度、引き受けたら、ずっと続けなくちゃならなくなりそうで」
 彩にそう言われ、鬼神は腕を組んで考え込んでいる。しかし、いい案が浮かぶこともなく、最終的には
「とにかく、本人に説明してみようよ。もし、もう一度やってみたいという気があれば、引き受けるのも一つの手だよ」
 と彩に言葉を返した。
「そうね。一度、連絡をとってみるわ」
 彩は一度ため息をついたが、すぐに鬼神の顔を見て微笑んだ。
「そしたら、例の件も一緒に話そうか?」
 彩の提案を聞いて、鬼神も
「そうだね。早いほうがいいかもね」
 と言って笑った。

 休日に、鬼神と彩は麻子の家を訪問した。
 リビングで、鬼神と彩に相対して、麻子とドナが座っている。
「せっかくの休日にごめんね」
 彩が、麻子に軽く頭を下げた。
「そんな・・・別に暇でしたし、問題ないですよ」
「実はね、2つ相談したいことがあるの」
 まずは、彩が切り出した。
「この間のモデルの仕事なんだけど、掲載された記事はもう見た?」
「いえ、見るのはちょっと恥ずかしくて」
「そっか。実はこの記事に対して問い合わせが殺到してね。いろんなデザイナーから撮影を希望されているの。白星清志って知ってる?」
「はい、知ってます。すごく謎の多い人なんですよね。有名人なのに、顔を見た人はほとんどいないとか」
「うん、私も会ったことがないのよね。ごく限られた人としか仕事しないらしいから、そんな人から声を掛けられるのって、すごい事よ」
「もしかして、もう一度モデルの仕事をしてほしいということですか?」
「ううん、お願いとは違うわ。麻子さんが好きに決めていいのよ。麻子さんがどちらを選択しても、私はそれを会社に伝えるだけ。本人の意思を曲げてまでお願いすることはしないわ」
 麻子は、下を向いたまま、しばらく考えていた。他の3人は、麻子が話し始めるまで静かに待っている。やがて、麻子は口を開いた。
「モデルの仕事をやってみたら、意外に面白くて、将来はファッション関係の仕事ができたらいいなあって考えたりもして、続けたいという気持ちもあります。でも・・・」
「注目を浴びるのが怖い、ということだね」
 鬼神の言葉に、麻子はうなずいた。
「また素性がばれて、顔や住所が公開されたらと思うと、やっぱり怖くて」
 麻子はうつむいたままだ。彩は決心した。
「心配しないで、麻子さん。会社には私からちゃんと説明するから、この話は無しにしましょう」
「・・・ごめんなさい」
「麻子さんが謝ることなんてないわよ。それより私のほうが謝らなきゃ。悩ませてしまってごめんなさいね」
「よし、この件はこれで終わりにしよう。もう一つの相談のほうが実は重要でね」
 今度は、鬼神が話を始める。
「今度、俺と葉月さんは、結婚することにしたんだ」
 鬼神が言い終わった途端、麻子は驚いた顔で2人の顔をじっと見つめた。しかしドナはすでに感づいていたらしく、どんな男も魅了されそうな微笑みを投げかけていた。

「本当ですか。おめでとうございます!」
 麻子はすぐに笑顔になった。
「ありがとう。それでね、もし・・・もしよかったら、麻子さんに、俺たちの養女になってほしいんだ」
 しばらく、沈黙が続いた。その後、麻子が口を開いた。
「あの・・・養女って何ですか?」
 少しの間の後、鬼神が慌てて説明する。
「ああ、ごめん。つまりね、俺たちの子供として、家族の一員になってほしいんだ」
 それを聞いて、麻子は両手で口を押さえた。よほど驚いたのだろう。しばらくは声が出ない。しかし、その後、暗い表情でうつむいてしまった。
「どうしたの麻子ちゃん?」
 ドナが心配そうに尋ねる。
「だって、ドナさんと別れなければならない」
「あら、私のことなら心配無用よ。家族になれるなんて、いい話じゃないの。受けるべきよ、麻子ちゃん」
「でも・・・」
 ドナと離れたくない麻子に、鬼神はこんな提案をした。
「実は、ドナにはヘルパーをお願いしたいと思っているんだ。俺も葉月さんも仕事があるから、昼間は家にいない。ドナがいてくれれば安心できるからね」
 その言葉に、ドナが反応した。
「じゃあ、私は麻子ちゃんと一緒にいられるのね」
「ああ、ドナがヘルパーでいいと言ってくれるならね」
「もちろん、異存はありませんわ。ぜひとも、よろしくお願いします」
「あとは麻子さんだけど、どうかな?」
「あの・・・私なんかでいいんですか?」
 麻子は、小さな声で尋ねる。
「麻子さんだから養女にするのよ」
 彩にそう言われて、麻子は
「よろしくお願いします」
 と頭を下げた。
 こうして、鬼神、彩、麻子にドナを加え、新しい家族が誕生したのである。

「葉月さん、モデルの件、どうだった?」
 上司の足立が、笑みを浮かべながら彩に近づいてきた。
「残念ですが、辞退したいとのことで」
「そうか・・・この間の撮影は楽しかったと言っていたらしいのだが、どうしてかな?」
 そう言って、足立は首をひねる。
「実は彼女、一度自宅の住所をネットに晒された経験があるんです。ほら、優香ちゃんも同じ被害に遭って、あの時は大変でしたよね。だから、この間のモデルの仕事も、顔を出さないという条件でようやく了承が得られたんです。でも、そのせいで余計に目立つことになっちゃって、また同じ目に遭わないか、心配で仕方ないんですよ」
「なるほどねえ。それじゃあ、無理に頼むこともできないな。分かったよ、皆にはあきらめてもらおうかな」
 これでモデルの件は一件落着、彩も安心していたのだが、実際にはこれだけで終わらなかった。
「白星さんが、どうしてもモデルの女の子と直接話がしたいって言ってるんだ。なんとかならないかな」
 翌日、上司からこんなことを頼まれ、彩は頭を抱えた。
「あの・・・親が代理で話をするのではダメでしょうか?」
 なんとしても依頼を断りたい彩は、自分が交渉するつもりで尋ねてみた。
 しばらくして、上司が戻ってくる。
「あのモデルの子、両親はいないんじゃないかって逆に質問されたよ」
 その話を聞いて、麻子の両親が亡くなっていることを、なぜ白星が知っているのか、彩は不思議に思った。
「実の両親は他界していますが、里親がいます」
 上司が、また電話で確認しているのを、彩は祈るような気持ちで見ていた。
「里親も一緒でいいから、本人に会わせてほしいってさ。もちろん、その親に同意を得た上でね。確認できる?」
「はあ・・・」
 彩は早速、鬼神に相談した。
「やけにご執心だな。よほど気に入ったのかな」
「どうしよう」
「このままだと引き下がりそうにないな。麻子さんに事情を話して、3人で会ってみるか。そこでなんとか説得してみよう」
 鬼神が麻子に話をすると、麻子は気味悪がった。
「なんだか、怖いな」
「話は俺たちがするから、麻子さんは座っているだけでいいよ」
 鬼神の後に
「大丈夫、心配しないで」
 と彩に笑顔で話しかけられ、麻子もようやく安心したのか、笑みを浮かべながらうなずいた。

「随分と洒落た店だな。豪華な料理で釣ろうという魂胆かな?」
 鬼神が、店の前で思わず口にした。
 食事でもしながら、という白星が選んだ店は、かなりの高級店のようだ。鬼神たちも準備は怠らない。鬼神は黒のスーツ、彩は胸元が花柄のレースになった濃紫色のワンピース、そして麻子は白のフォーマルドレスを身につけてやって来た。
 店に入り、店員に白星の名を告げると、店員はにこやかな顔で、奥にある個室に3人を案内した。
 すでに、白星は椅子に腰掛けて待っていた。3人の姿が目に入り、立ち上がって挨拶する。
「今日は無理を言って、ごめんなさいね。でも、どうしてもあなたに会いたかったのよ」
 麻子だけでなく、鬼神や彩も驚いて白星の顔を見た。白星の正体、それは、以前住んでいた麻子の家でよく見かけた、女言葉を使う男性だったのである。

「知らないうちに、いなくなっちゃうもんだから、随分と心配したのよ」
 3人を席に座らせ、近くにいたウェーターに料理を運ぶよう指示した後、白星は麻子に話しかけた。
「ごめんなさい。あの場所に住むのがやっぱり怖くて、結局引っ越ししたんです」
「そうだったのね。でも、元気でいることが分かってホッとしたわよ。それに、新しい家族まで見つかってよかったわね」
 そう言いながら、鬼神のほうを見た。
「でも、あなたが連れていた女性、違う人だったわよね。あの美人の彼女はどうしたの?」
 その言葉に、彩がビックリして鬼神の顔を見た。
「いや、違う違う。ドナと一緒に訪れたことがあったんだよ」
「あら、ごめんなさい。誤解させるような事を言ったみたいね」
 そう言って白星は笑った。
「ところで、モデルの件ですが」
 鬼神は早速、白星に本題をぶつけようとした。しかし、白星は
「ああ、モデルをお願いするために来てもらったわけじゃないのよ。あの記事の写真を見た時、髪型や目元が何となく紫龍さんに似ていたものだから、もしかしてと思ったの。でも、素晴らしい写真だったものだから、最初はモデルをお願いしたかったのよ。だけど、もし紫龍さんだったら、世間に注目されるのが怖いんじゃないかと思って、それは止めたわ。今日は、純粋に顔を見たかっただけ。ほら、いつかパーティーをしましょうって言ってたでしょ? だから、思い切り楽しんでちょうだい」
 と話すので、構えていた鬼神と彩は拍子抜けしてしまった。
 やがて、豪華な料理が運ばれてきた。鬼神たちの緊張も解けて、楽しく語らいながらの食事となった。
「白星さんが、こんなに近くに住んでいたなんて、ビックリです」
 麻子が白星に笑顔で話しかける。
「私もね、素性が知られてしまうのが怖いのよ。あなたと同じように、誹謗や中傷を受けたことは今まで何度もあったわ。だから、人には内緒にしているの。周囲の人は私が白星だなんて思いもしないでしょうね」
「でも、普段もあまりお会いしたことはありませんでしたよね。私があまり、外に出歩かないからかな?」
「私も、引っ越して間もないのよ。だから、あなたが夜に玄関にいたのを偶然見かけたのが初めてのはずだわ。私はね、一年も経たないうちに、引っ越すことが多いの」
「そんなに頻繁に?」
 彩が驚いて尋ねた。
「マスコミ対策っていうのもあるけど、ずっと同じところにいるのが苦手なの。今の場所も、そのうちいなくなるわよ」
 そう言った後、白星は3人を見回してから
「でも、それであなた方と縁が切れてしまうのはもったいないわね」
 と、シャンパングラスを手にとって一口飲み
「もし、紫龍さんがもっと大きくなって、それでもまだモデルの仕事に興味があるのなら、ぜひ私のところに連絡してちょうだい。月日が流れれば、あなたの素性なんて誰も気にはしなくなるわ。あなた、きっと素敵なモデルになれるわよ」
 と麻子に語りかけた。
「でも、私はモデルより、デザイナーのお仕事に興味があるな。モデルの人に、自分のデザインした服を着てもらうの」
 麻子の言葉を聞いて、白星は少し目を見開いて驚いた表情を見せたが
「両方している人も多いのよ。まあ、将来何になるかは、まだ決められないと思うから、これからしっかり考えて、それでもファッション関係に進みたいなら、声を掛けてほしいな」
 と言って微笑んだ。
「はい、そのときはよろしくお願いします」
 麻子も笑顔で、大きくうなずく。その様子を、鬼神と彩は暖かな目で見守っていた。

「まさか、こんなサプライズを受けることになるとは思わなかったな」
 車の中で、鬼神はつぶやいた。
「麻子さんのこと、気にかけていたのね。優しい方だわ」
 彩はそう言って、麻子の顔を見る。
 麻子は、大きな包み紙を手にしていた。白星からのプレゼントで、中身は白星がデザインした服らしい。
「どんな服が入っているんだろう。すごく楽しみ」
 麻子は、思いも寄らない贈り物に大喜びだ。
「さて、これで心配事はすべて片付いたな」
 鬼神は大きく伸びをした。
「ねえ・・・式場なんだけどさ。『白いうさぎ』ってところ知ってる?」
「聞いたことはあるけど、どんな場所かはよく知らないな」
「3Dホログラムを使った演出がすごいらしいの。ちょっと見てみたいと思わない」
「えっ? でも、実際の式で、そんな派手な演出をするの?」
「うん・・・ちょっと興味あるかな」
 彩は、派手な結婚式が好みらしい。
「じゃあ、今度見に行くか?」
「私も、どんな式場か見てみたい」
 麻子も興味があるようだ。
「それなら、3人で行きましょうか」
 彩の提案を聞いて、2人は同時にうなずいた。

 主に彩と、ほんの少し麻子の意見も取り入れ、結婚式の段取りは大きな問題もなく決まっていった。
 唯一、鬼神の出した希望は、結婚式の前に、明日香と咲紀、そして麻子の両親の納骨堂へ行くことだった。
「2人に報告しておきたい。麻子もそうじゃないのかな?」
 麻子は、小さくうなずいた。
 結婚後の住居は、鬼神の家をそのまま使うことに決まった。
「私、不思議に思ってたことがあるの」
「どんなこと?」
 麻子の顔を見て、鬼神が尋ねる。
「明日香さんや咲紀さんは、鬼神さんがスリーパーになってからの家族よね。お父さんの家に泊まっていた時、咲紀さんの部屋を使っていたと思ってたんだけど、考えてみたら一緒には暮らしてなかったわけだから、あの部屋は何なんだろうって」
「ああ・・・俺は、この病気をいつか治して、3人で一緒に暮らすことを夢見ていたんだ。だから、そのための部屋をきちんと準備していたってことさ。実は、咲紀が生まれた時、明日香と相談してあの家を用意したんだよ」
「そうだったのね」
 麻子は、うつむいてしまった。
「その願いは叶わなかったけど、こうして新しい家族を迎えることができるんだから、無駄にはならなかったってことさ」
 鬼神は、麻子の肩をポンと叩き、微笑んでみせた。麻子も、そんな鬼神の顔を見て、顔をほころばせてうなずく。
 鬼神の両親にも彩と麻子を紹介し、再婚することを報告した。
 当然、両親は驚き、突然の孫の来訪に慌てふためいた。
「再婚だけでも驚きなのに、その上、孫だなんて、心臓が止まるかと思ったよ」
 母親の驚きの言葉に
「そんな大げさな」
 と鬼神は笑った。
 もう一つ、鬼神には辛い仕事が残っていた。明日香の両親への報告である。
 家の敷居をまたぐことは今でも許されていない。明日香や咲紀の葬式のときも、ひどい罵声を浴びせられていた。
 今回も罵られることを覚悟して、鬼神は、明日香の両親のいる家の扉の前にやって来た。
 深呼吸をして、ドアの横のボタンを押す。
「どなたですか?」
 女性の声だ。母親だろう。
「ご無沙汰しております。鬼神です。今日はご報告があって参りました」
 しばらく、無言の時間が過ぎた。このまま門前払いを食らうのかと鬼神が思っていた時、ドアが開いた。
 そこには、明日香の母親が立っていた。顔立ちは明日香によく似ていて、きれいな白髪は後ろで束にしている。
「何の御用ですか?」
「実はご報告したいことがあって参りました。あの・・・私、この度、再婚することになりました」
 母親は、何の反応もしなかった。無表情なまま、鬼神の顔をじっと見つめている。
「お父様にも、その旨お伝え願えないでしょうか」
「お父さんは亡くなりました。去年のことです。突然、倒れてそのまま・・・」
 鬼神は、しばらく声が出なかった。ようやく
「すみません」
 と謝ることができただけだ。
「私達は、全てを失いました。一人娘を奪われ、大事な孫まで・・・」
 鬼神は何も言えず、ただうつむくだけだった。
「お父さんは、死ぬ直前まで、明日香と咲紀の事を忘れることができませんでした。思い出すんですかね、よく一人で泣いているところを見かけて」
 目を伏せていた母親が、すっと鬼神の顔に視線を移した。
「あなたも、そうでしたね。お父さんにいくら罵倒されても、何も反応しなかったから。一番つらかったのは、あなただったのでしょう」
 母親は、鬼神を指差して、こう尋ねた。
「あなたは、どうやって、それを克服したのですか?」
 鬼神は、直立不動のまま、しばらく無言でいた。
「私は、今でも明日香や咲紀のことを愛しています。でも、それを誤った感情に・・・復讐心に変えて過ごしてきました。今は、自分の幸せを考えるようになりました。それが、明日香と咲紀の望んでいることだと信じています」
 やっと口を開いた鬼神を見て、母親は微笑んだ。
「分かりました。ご再婚、おめでとうございます。これで、あなたと私をつなぐものは何もなくなるわけですね。2度と、私の家に立ち寄らないようお願いします。それでは」
 そう言って、母親は家の中へ戻ってしまった。2度と開くことのないだろうドアの前で、鬼神はしばらくの間、立ち尽くしていた。

 月日は流れ、年が明けて、春の季節になった頃、鬼神と彩の結婚式が行われた。
 鬼神、彩、麻子の3人は、明日香と咲紀の眠る納骨堂を訪れた後、今度は麻子の両親が眠る納骨堂に足を運ぶ。
「さあ、お父さんとお母さんに報告だ」
 鬼神の言葉を聞いて、麻子はうなずき、手を合わせた。
「私、麻子ちゃんの立派な母親になるから、見守っていて下さい」
 彩も手を合わせ、小さな声でつぶやいた。
 麻子は、どんな言葉を投げかけたのだろうか? それは分からないが、麻子は手を合わせている間、涙を流していた。
 その涙を拭い、鬼神と彩に笑いかけ
「私、素直ないい子になるよう努力します。これからも、よろしくお願いします」
 と頭を下げた。
「俺たちも、麻子が幸せになるよう努力するよ」
 鬼神も、麻子に微笑みかける。
「さあ、いよいよ本番よ。夕べは緊張して眠れなかったわ」
 彩が頬を両手で押さえながら口を開いた。
「私も。白星さんがくれたドレス、着ているのを見て喜んでくれるかな?」
 麻子も、彩と同じように頬を両手で押さえている。
「もちろん、喜んでくれるさ。すごく似合っていたよ」
 鬼神が麻子に声を掛けると、彩は
「本当、私の着るウェディングドレスより目立ちそう」
 と言って笑った。
 3人が立ち去った後、位牌の前に添えられた花が、スポットライトを浴びるように光り輝いていた。
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