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小橋ショウ

第3話 見学

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 4月15日(金)

 初日は仮入部者は0であった演劇部だが、その後は徐々に仮入部者は増えていき、今は3人の入部者がいる。

「うんうん、なかなかいい感じだね。もう1人入れば5人か。やっぱり、去年と同じ5人はほしいところだなぁ」

 私が生徒を眺めながらそんなことを呟いていると、入り口のドアが開く。生徒の注目が入り口に集まる。もちろん、私も注目していた。そこに立っていたのは、小橋くんであった。

「あの、見学させてもらっても良いですか?」

 小橋くんはまっすぐ私の方を見て、そう言った。彼も演劇部の入部希望者なのだろうか。

「もちろん、構わないよ。こっちに座って見学してるといいよ」

 私は小橋くんを手招きし、自分の隣の椅子に座らせる。小橋くんは椅子に座ると、熱心に練習風景を見学していた。と言っても、現状でまともな芝居が出来るのは部長の中山さんだけなのだが。

「どう? ほとんどが新入部員だからレベルは高くないけれど、その分、1からしっかりと学んでいくことが出来ると思うよ」

 私の言葉に、小橋くんは「そうですね」と相槌を打ちながらも視線は部員から離れない。だれか、気になる部員でもいるのだろうか?そんなことを考えていると、おもむろに小橋くんが立ち上がった。

「あの、僕も参加させてもらえませんか?」

 小橋くんの突然の申し込みに、部長の中山さんは少し困惑しつつも「どうぞ」と小橋くんを招き入れる。小橋くんは新入部員の輪に入り、一緒に練習を始めた。

「あめんぼあかいな、あいうえお。うきもにこえびもおよいでる」

 前の黒板に書いてあるとはいえ、小橋くんは誰に教えられるわけでもなく発声練習に混ざっていた。もしかして、演劇経験者なのだろうか? 中山さんも同じことを感じたらしく、小橋くんに経験者なのか尋ねている。

「いえ、演劇の経験はないです。この発声練習は、ネットで見つけて知っていました」

 ネットで見つけて……という辺りが現代っ子だなぁ。私はそんなことをぼんやり考えていた。しかし、発声練習の方法をネットで見つけるということは、もともと演劇に興味があったということだろうか。

「小橋くんは、役者志望なの?」

「はい、そうです。ただ、僕のなりたいのは声優なんですけど」

 私の質問に小橋くんは少し考え、照れたように答える。

「なるほど、声優志望か。中山さんもそうだったよね?」

 私が話を振ると、中山さんはにっこり微笑んで頷いた。

「先輩もそうなんですか? 良かった……。演劇の役者志望じゃないと、演劇部には入っちゃだめなのかなって今まで来るのをためらっていたんですが……。勇気を出して見学に来て、良かったです」

 小橋くんはそう言ってにっこり微笑んだ。仲間を見つけた嬉しさだろうか、その笑顔は輝いて見えた。

「他のみんなも、声優志望だったりするのかな?」

 ふと気になった私は、新入部員に声をかけた。すると、次々と「そうです」とか「声優にも興味あります」という答えが返ってくる。一人だけ「面白そうだから入っただけ」という子もいたが。

 なるほど、今の学生の中には声優に興味のある子が多いんだなぁ。日本の漫画やアニメは世界に誇れる文化だって話もあるし、それに憧れる若者が多いのは当たり前かもしれないな。

「それなら、朗読劇をやってみるのも面白いかもしれないね」

 私がそう提案してみると、次々と「賛成」という声が返ってくる。朗読劇はそれはそれで難しいものなのだが、台本を見ながら出来ること、体を使った表現をしなくていいことなどがあるので、初心者にはオススメな気がする。

「でも、演劇部なのに朗読劇でも良いんですか?」

「そうだなぁ。朗読劇しかしないのは困るけど、最初はそこから始めても良いんじゃないかな。私と中山さんが部活紹介でやったのも朗読劇だったしね」

 私の言葉に、小橋くんは納得したようだ。部長の中山さんも最初は基礎練習と台本の読み合わせを中心に考えていたらしく、私の提案に乗ってくれた。こうして、演劇部は声優部と言っても過言ではない部となったのであった。

********************

4月22日(金)

 演劇部の活動は、順調に進んでいた。部長である3年生の中山さんと新入生4人なので、中山さんの指示のもと、活動をするという形に落ち着いていた。すっかり中山さんが先生役になってしまっているのは良いのか悪いのかわからないが、もともとこの演劇部は部長が中心となって活動してきたらしい。なので、私はあまり口を挟まずに活動を見守ることにしていた。

 もちろん、中山さんから要求された資料を用意したりと、顧問らしい事はちゃんとやっていたが。しかし、中山さんの要求するものは、ストレッチ法に発声法に早口言葉一覧の載った本、5人で演じることの出来る簡単な台本など、多岐に渡っていた。

「今日も沢山資料を持ってきてくれたんですね。ありがとうございます、先生」

 5人で演じることの出来る台本を5人分刷り、ストレッチ法が載っていた本を数冊持って部室に入ると、小橋くんがそう声をかけてきた。

「いやいや、お役に立てて光栄だよ。基本的に資料はだいぶ部室に揃ってきたから、最近はそんなに量はないしね」

 私は軽い口調でそう言ってみたが、小橋くんは柔らかく笑うだけだった。そして、私の手から資料を受け取り、中山さんの下へ持っていく。中山さんはその中からストレッチ法が書かれた本を一冊選び、早速読み始めた。

「今日はストレッチをするのかな? ストレッチは案外演劇には重要だからね」

 私の言葉に、新入部員たちがきょとんとする。

「そうなんですか?」

 みんなの疑問を、小橋くんが代表して尋ねてくる。

「本格的な演劇になれば体表現を行うわけだから、当然体を動かすよね。今みたいに朗読劇のような形でも、体の緊張をほぐしてやれば、声の通りも良くなるんだよ」

 私は昔教えてもらった知識を部員たちにレクチャーする。みんなは「なるほど」と頷きながら聞いていた。そのタイミングで「じゃあ、その大切なストレッチをやるよ」と部長が声をかける。

 ストレッチの重要性を理解した部員たちは、すぐに部屋全体に散らばる。そうして、上半身や下半身をゆっくり時間をかけて伸ばしていく。

「先生。部員の数が奇数なんで、僕の相手をしてくれますか?」

 部員たちのストレッチを眺めていると、小橋くんが私の下に来る。どうやら、2人1組のストレッチを始めたようだ。

「おっけー、任された。じゃあ、背中押すよー」

 足を前方に放り出した姿勢の小橋くんの背中を、ゆっくりと倒していく。

「いたっ、痛いですー」

 頭がひざに付いた頃、小橋くんが悲鳴を上げる。だが、そこでやめずに1……2……3……と、ゆっくり数えてから開放する。

「酷いですよ、せんせー。痛いって言ってるのに」

 小橋くんは拗ねたように言う。その様子がかわいらしくて、つい笑みがこぼれてしまう。

「じゃあ、次は僕が押す番ですね」

 しかし、立ち上がった小橋くんは次は自分が押す番だと、私の背中を押し始める。

「あいたっ。あー、無理無理」

 小橋くんが少し押したところで、私はすぐにギブアップする。小橋くんは私が冗談を言っていると思ったのか、そのまま押し続けた。誰かが「マジで体硬いんじゃねーの」と言ってくれるまで、それは続いたのであった。

「ごめんなさい。僕、てっきり冗談だと思って」

 案の定、小橋くんはそう言って私に謝る。まあ、全然曲がっていなかったので冗談と思われても仕方がない。今日から、お風呂上りにストレッチしようかなぁ……。
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