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6:見過ごせない
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昼下がり。朱莉とランチの約束のために秘書課を覗く。朱莉は、まだPCの前で何やら書類を作っている。こちらに気づくと、声に出さずに『もうちょっと待って』と口をパクパクさせたあと、手を合わせて謝る仕草をした。こちらも口パクで『大丈夫』と答えた後、秘書課のオフィスの前で待っていると、扉を開けて出てきた女性と肩がぶつかった。
「あ、申し訳ありません‥‥」
ぶつかった人物の顔を見て、語尾が小さくなった。同じく秘書課の2つ上の先輩である桐谷秋穂といつも彼女にくっついている高梨木乃香が、不機嫌そうな顔で立っていた。
「あら、高辻さん、専務秘書になられたからもうこっちにはいらっしゃらないかと思ったわ」
この二人は、何かにつけて、綾香は社長の娘なので色々と融通されているというニュアンスの不満を漏らしている。表立ってわかりやすく嫌がらせをしたりはしないが、言葉尻だけを捉えれば嫌味ともなんともいえないような言葉を使って不快な話をするので、綾香はとても苦手なのだった。なるべく平坦な表情を崩さずに笑顔を浮かべる。
「同じ秘書課ですから、もちろんこちらのオフィスにも顔を出しますよ」
そう返すと、ふん、というように鼻を鳴らして去っていった。
「ごめん、ごめん。大島常務が急遽ハワイの新しいホテルのオープン式典に出られることになって、向こうの支配人と連絡のメールを取り合ってたの、ってどうした?」
綾香の憮然とした表情に朱莉が怪訝そうにする。
「ん? いや、なんでもない。さっき桐谷先輩たちと出会ったからさ‥‥」
「あー。仕事できるのに、損してるよね、あの人たち。仕事のための能力だけじゃなくて、上にも下にも心地よいコミュニケーションって大事よ。秘書としては」
彼女たちはすぐに妬んだり僻んだりする。容姿は整っているし、仕事のスキルもあるのに、なぜ妬む必要があるのかと綾香は思うが、自分がそんな発言をすれば、余計に火種を作ることはよくわかっているので、心の中で思うだけだ。
オフィスのあるビルを出て、通りを少し行くとお気に入りのイタリアンレストランがある。好きなパスタを選んで、飲み物と小さなデザート付きで1000円というリーズナブルでしかも本格的なお店だ。かなり混むが、回転も早いので少し待てばちゃんと昼休みの間に会社に戻れる。うちの会社が昼休みの時間を少し遅めにしてあって、他の周りの会社とかぶらないのもありがたい。
店の前で列に並んでいると、さっき出てきたなかりのビルの前に社用車が止まり、中から廉が出てきた。10時頃から打ち合わせの為に空港併設のホテルに行っていたはずだ。車からは、廉の手を取って、スタイルの良い女性が下りてきた。長身の細身で身につけているスーツは、体に沿うスタイルからフルオーダーだとわかる。
「あ、噂の水無瀬専務じゃない。うっわ、すごい綺麗な人。誰だろ、モデルかな。新しい広告塔? そんな話聞いてないけどね」
朱莉も出てきた女性に気づき声を上げる。車から降りて親し気に話す二人の様子に、綾香は目を離せなくなってしまい、朱莉の言葉にも反応できなかった。
「すみません、前進んでるんで‥‥」
二人ともぼんやりとそれを見ていたので、声をかけられ慌てて前へ進む。
ランチの間、朱莉は、新しく綾香の上司になった廉のことと、さっきの女性についての話で弾丸のように綾香に質問を投げ続けていた。昨日の今日なので、まだ何も廉との仕事についてはわかっていない。結局、さぁ、どうかなぁ~、と答える程度だった。しかし、さっきの女性のことについては、朱莉と同じくらい、誰だろう、どういう関係だろうと心に疑問が湧いて仕方なかった。
「あ、申し訳ありません‥‥」
ぶつかった人物の顔を見て、語尾が小さくなった。同じく秘書課の2つ上の先輩である桐谷秋穂といつも彼女にくっついている高梨木乃香が、不機嫌そうな顔で立っていた。
「あら、高辻さん、専務秘書になられたからもうこっちにはいらっしゃらないかと思ったわ」
この二人は、何かにつけて、綾香は社長の娘なので色々と融通されているというニュアンスの不満を漏らしている。表立ってわかりやすく嫌がらせをしたりはしないが、言葉尻だけを捉えれば嫌味ともなんともいえないような言葉を使って不快な話をするので、綾香はとても苦手なのだった。なるべく平坦な表情を崩さずに笑顔を浮かべる。
「同じ秘書課ですから、もちろんこちらのオフィスにも顔を出しますよ」
そう返すと、ふん、というように鼻を鳴らして去っていった。
「ごめん、ごめん。大島常務が急遽ハワイの新しいホテルのオープン式典に出られることになって、向こうの支配人と連絡のメールを取り合ってたの、ってどうした?」
綾香の憮然とした表情に朱莉が怪訝そうにする。
「ん? いや、なんでもない。さっき桐谷先輩たちと出会ったからさ‥‥」
「あー。仕事できるのに、損してるよね、あの人たち。仕事のための能力だけじゃなくて、上にも下にも心地よいコミュニケーションって大事よ。秘書としては」
彼女たちはすぐに妬んだり僻んだりする。容姿は整っているし、仕事のスキルもあるのに、なぜ妬む必要があるのかと綾香は思うが、自分がそんな発言をすれば、余計に火種を作ることはよくわかっているので、心の中で思うだけだ。
オフィスのあるビルを出て、通りを少し行くとお気に入りのイタリアンレストランがある。好きなパスタを選んで、飲み物と小さなデザート付きで1000円というリーズナブルでしかも本格的なお店だ。かなり混むが、回転も早いので少し待てばちゃんと昼休みの間に会社に戻れる。うちの会社が昼休みの時間を少し遅めにしてあって、他の周りの会社とかぶらないのもありがたい。
店の前で列に並んでいると、さっき出てきたなかりのビルの前に社用車が止まり、中から廉が出てきた。10時頃から打ち合わせの為に空港併設のホテルに行っていたはずだ。車からは、廉の手を取って、スタイルの良い女性が下りてきた。長身の細身で身につけているスーツは、体に沿うスタイルからフルオーダーだとわかる。
「あ、噂の水無瀬専務じゃない。うっわ、すごい綺麗な人。誰だろ、モデルかな。新しい広告塔? そんな話聞いてないけどね」
朱莉も出てきた女性に気づき声を上げる。車から降りて親し気に話す二人の様子に、綾香は目を離せなくなってしまい、朱莉の言葉にも反応できなかった。
「すみません、前進んでるんで‥‥」
二人ともぼんやりとそれを見ていたので、声をかけられ慌てて前へ進む。
ランチの間、朱莉は、新しく綾香の上司になった廉のことと、さっきの女性についての話で弾丸のように綾香に質問を投げ続けていた。昨日の今日なので、まだ何も廉との仕事についてはわかっていない。結局、さぁ、どうかなぁ~、と答える程度だった。しかし、さっきの女性のことについては、朱莉と同じくらい、誰だろう、どういう関係だろうと心に疑問が湧いて仕方なかった。
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