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31:爵位と褒章

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 短い秋があっという間に過ぎ去り、神聖祭の日にアビエルの即位が国民に公示された。

 国民の多くが新皇帝の即位を喜び、国全体が一年後の戴冠式に向けて祭りの気配に包まれた。妃の件については、ペイトン将軍やアーノルド宰相が何度かアビエルの執務室を訪れたが、皇太子の冷淡な態度もあって、不穏な空気が漂いつつも、表面上は沈静化していった。

 秋の初め、ホールセンで鉄道事業の工事が開始され、線路の埋設が始まった。ゴルネアからの鉄鉱石輸入はまだ話がまとまっていないため、ひとまず国内で生産できるところから事業が進められていた。

 同時に、機関車の開発も進行中で、レオノーラが寝泊まりしている研究棟では、人々の出入りが増え、夜遅くまで明かりが灯っていることも少なくなかった。

 機関車本体を製造する工場は帝都の端、予定された線路沿いに建設され、研究棟では主に機関部分の開発と設計が行われていた。レオノーラは何度か研究棟を訪れ、進捗を確認したり、西共和国やルーテシアから提供された文献の翻訳を手伝ったりしているうちに、研究者たちとも顔見知りになった。帝国での開発責任者は、学院時代にアビエルとよく政治の話をしていたホーウェン=クレイブライトだった。

「最初は建築をやるつもりだったけど、アビエルに誘われて、動くものを設計する方が楽しいと思ったんだ。とてもやりがいがあるよ」

 ホーウェンはすっかり名声ある設計士となっていた。

 幹線道路が完成し、道路事業がひと段落したかと思えば、今度は来年の戴冠式の準備が急がれることになり、レオノーラの仕事は一向に減る気配がなかった。



 現皇帝の退位式もアビエルの戴冠式も、どちらも大聖堂で行われるが、退位式は帝国内の高位貴族と皇族のみが参列するのに対し、戴冠式は近隣諸国からの来賓を招き、三日間にわたる盛大な式典となる予定だ。

 レオノーラは、戴冠式でアビエルが着用するマントや儀礼服について、宝物庫でダミアン宰相から教えを受けていた。宝物庫には祭事用の道具が保管されており、そこで衣装や装具を確認し、着用方法についても指導を受けていた。

「ヘバンテスさん、侍従や侍女たちの指揮はあなたが取るのですから、しっかり覚えてくださいね」

 ダミアン宰相は、皇帝陛下の二つ上とは思えないほど若々しく、快活な人物だった。

「ローブの下に着る儀礼服はいつ頃出来上がりそうですか?」

 ローブやマントは代々受け継がれたものを着用するが、その下に着る儀礼服はアビエルに合わせて現在作成中だ。ダミアン宰相が尋ねる。

「来月の下旬に、殿下に仮縫いしたものを一度合わせていただく予定です。手直しがなければ、三ヶ月後には完成するかと」

 アビエルの儀礼服は、以前レオノーラが贈ってもらった生地と同じ、羊毛と絹を織り込んだ製法で作られることになっていた。

「順調ですね。ヘバンテスさん、衣装が出来上がったら一度すべての品をトルソーに着付けてみましょう。ちゃんと覚えているか確認しますから、忘れないようにしておきなさい」

 ダミアン宰相は柔らかい笑顔の裏で、なかなか厳しいことを言う。レオノーラは後で今日聞いたことをすべて挿絵とともに整理しようと心に決めた。

 宝物庫を出て執務室に向かって歩いていると、ダミアン宰相が何かを思い出したように話し始めた。

「あぁ、そうだ、ヘバンテスさん。陛下が、さすがに皇宮騎士が皇帝の側近というのはおかしいだろうと言って、あなたに騎士爵を叙爵することになりましたよ」

 皇宮騎士とは、「騎士」と名がついていても、騎士団に所属する職業の一つに過ぎない。爵位とは別物で、騎士団に所属していなくても、レオノーラの祖父ガイアスのように国への貢献で騎士爵を授与されることもある。これは一代限りで継承できない、最も低い爵位である。

「あなたは外交や政務で大いに手腕を発揮していますからね。皇太子妃の件があったとはいえ、大きな反対もなく決まりました。皇帝の決断は絶対ですから。大出世ですね、ヘバンテスさん」

 ダミアン宰相は少しからかうような口調で言った。確かに、側近が爵位を持たないのは体裁が悪いものだ。

「有難き幸せです」

 レオノーラがそう答えると、ダミアン宰相は「あなたは本当に堅苦しいね」と半笑いで返した。

 それから二週間後、謁見の間でレオノーラの騎士爵叙爵式が行われた。式には皇帝とアビエル、ダミアン宰相、アーノルド宰相、そしてレオノーラのみが参加し、簡素なものだった。皇宮騎士の制服を身にまとい、皇帝からサッシュと勲章を授けられた。

「これからもこの勲章を誇りとし、国のために尽くします」

 レオノーラが誓いの言葉を述べると、授かった爵位の重さがずしりと胸に感じられた。叙爵式が終わり、執務室に戻ると、アビエルが入ってきた。

「本物の騎士になったね。騎士爵とはいえ、皇帝から爵位を受ける女性はレオニーが初めてなんだよ。分かってる?」

 アビエルの言葉に、レオノーラはあぁ、そうかと気づいた。自分がこんな風体なので、誰も気にしていないように見えるが、唯一アビエルはそれを嬉しそうに伝えてくれた。

「大出世です。ありがとうございます」

 レオノーラは胸についた勲章を眺め、照れながら礼を言った。

「褒賞が馬三頭というのも驚いたけどね」

 アビエルは笑って言った。皇宮の厩舎にいるイスカと同じ親を持つ馬を褒賞として受け取ったのだ。ダミアン宰相には何度も「それでいいの?」と驚かれたが、レオノーラが欲しかったのはまさにそれだった。住む部屋はあるし、アビエルからいろいろなものをもらっている中で、馬以外に欲しいものは浮かばなかったのだ。

「祖父が馬を飼い始めたので、時間を見つけてそちらに連れて行こうかと思います」

 もらった馬たちは決して若くはないが、祖父は馬を増やすのが得意だ。イスカの血統がさらに増えるかもしれない、そう思うと楽しみだった。

「さて、これでレオニーは名実ともに私の側近だね。今までもこの部屋で執務してもらっていたけど、こうして正式に認められると、誰も文句が言えない。皇帝の権力も使いようだな」

 アビエルは皇帝に対して不遜な言い方をしつつ、満足げな表情を浮かべた。その様子に、レオノーラも自然と嬉しくなった。

「今後もあなたの片腕として頑張って働くわ」

 そう笑いかけると、アビエルは優しく答えた。

「そんなに頑張らなくても、ずっとそばにいてくれたらそれでいいから」

 そう言ってアビエルはレオノーラを強く抱きしめた。その瞬間、何か一つ憂いが拭われたかのような気持ちになった。
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